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サラエボの丘  作者: はまゆう


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9/22

第8章 「丘の上の客人」

1


アミールは、ミロシュからの情報を頼りに、

サラエボを見下ろす丘の麓に立っていた。


そこは、包囲が始まってから“立入禁止区域”になっていたが、

軍関係者と一部の外国人だけは自由に出入りできる場所だった。


アミールは、胸の奥で静かに燃える怒りを押し殺しながら、

瓦礫の影を伝って丘を登った。


風が冷たい。

だが、それ以上に冷たいのは、

この丘に漂う“異様な空気”だった。


まるで、ここだけが戦争ではなく、

別の“娯楽空間”であるかのように。


2


丘の上に着いたとき、

アミールは信じられない光景を目にした。


軍のテントの前に、

外国製の高級車が数台並んでいた。

車体は泥一つついていない。

まるで戦場に来たのではなく、

リゾート地にでも来たかのようだった。


テントの中から、

笑い声が聞こえる。


アミールは息を呑んだ。


この丘の下では、市民が影を縫って走り、

水を求めて列を作り、

生きるために祈っている。


だが丘の上では、

まるで別世界のように、

富裕層たちが“戦争を楽しんでいた”。


3


テントの中に入ると、

そこには三人の外国人がいた。


スーツ姿の男、

ブランド物のコートを羽織った女、

そして、双眼鏡を首に下げた中年の男。


彼らは、

アミールが入ってきても驚かなかった。


むしろ、

“客ではない者が来た”という程度の興味しか示さなかった。


「あなたたちは……ここで何をしている?」

アミールは震える声で言った。


スーツの男が、

ワイングラスを回しながら答えた。


「見ての通りだよ。

 戦争を“体験”しに来たんだ」


アミールは言葉を失った。


4


ブランドコートの女が、

軽い調子で言った。


「あなた、街の人?

 ここから見る景色、すごいわよ。

 あの通り、昨日“動きの速い標的”がいたの。

 すごくスリリングだったわ」


アミールの胸に、

冷たい怒りが走った。


「……標的?

 あなたが言っているのは“人間”だ」


女は肩をすくめた。


「もちろん人間よ。

 でも、ここでは“ゲーム”みたいなものじゃない?」


アミールは拳を握りしめた。


5


双眼鏡の男が、

料金表のコピーを手に取りながら言った。


「これ、君が持ってきたのか?

 いや、違うな……

 街の誰かが外に漏らしたんだろう」


アミールは一歩前に出た。


「子どもと妊婦が高額。

 老人は無料。

 あなたたちは……

 そんな“価格表”を見て、何も感じないのか」


男は笑った。


「感じるさ。

 “高い金を払う価値がある”ってことだろう?」


アミールは息を呑んだ。


男は続けた。


「妊婦は動きが遅い。

 だが、当たったときの“達成感”は大きい。

 子どもは動きが速い。

 だから高額なんだ。

 老人は……まあ、ボーナスだな。

 どこにでもいるし、簡単だから」


アミールの視界が揺れた。


この男たちは、

人間の命を“難易度”で語っている。


6


アミールは震える声で言った。


「あなたたちは……

 人間の皮を被った怪物だ」


スーツの男は、

ワインを飲み干しながら言った。


「怪物?

 違うよ、記者さん。

 金があるから、できることをしているだけだ。

 それがこの世界のルールだろう?」


アミールは、

胸の奥で何かが崩れ落ちる音を聞いた。


この丘の上には、

倫理も、罪悪感も、

人間らしさも存在しない。


あるのはただ、

金で買える“スリル”という名の地獄だけだった。


7


アミールは静かに言った。


「……あなたたちの名前を、

 世界に伝える」


スーツの男は笑った。


「好きにすればいい。

 どうせ戦争が終わる頃には、

 私たちは別の国で別の“体験”をしているさ」


アミールはテントを出た。

外の空気は冷たかったが、

彼の胸の中は燃えていた。


この狂気を、

必ず記録し、

必ず暴く。


丘の下では、

市民が今日も影を縫って生きている。


丘の上では、

富裕層が“死を娯楽に変える”ために笑っている。


アミールは、

その断絶を胸に刻みながら、

ゆっくりと丘を下りていった。


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