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サラエボの丘  作者: はまゆう


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8/22

第7章 「報復の影」

1


“料金表”が世界に報じられた翌日、

サラエボの空気は、いつも以上に重かった。


アミールは街を歩きながら、

人々の視線がどこか落ち着かないことに気づいた。

誰もが、何かを恐れている。


「内部に裏切り者がいるらしい」

「情報が漏れた。軍が怒っている」

「検問が増えた。外に出るな」


そんな声が、

瓦礫の間をすり抜ける風のように広がっていた。


アミールは胸の奥が冷たくなるのを感じた。


“真実が届いた”という希望は、

同時に“報復が始まる”という恐怖でもあった。


2


午後、街の中心部にある広場で、

軍関係者が市民を集めていた。


「最近、外部に虚偽の情報が流されている。

 内部に協力者がいる可能性がある」


その声は冷たく、

広場に集まった人々の背筋を凍らせた。


アミールは群衆の中に紛れながら、

その言葉の裏にある意図を読み取った。


――“犯人を探す”のではない。

――“街全体に恐怖を植え付ける”のだ。


軍は、誰が漏らしたかを本気で探しているわけではない。

“誰でも疑われ得る”という空気を作ることで、

市民同士を分断し、沈黙させようとしていた。


3


その夜、アミールの家のドアが激しく叩かれた。


「アミール、開けてくれ!」


声の主は、元情報員のミロシュだった。

彼は息を切らし、顔色を失っていた。


「……アディスたちが、戻ってこない」


アミールの心臓が止まりそうになった。


「まさか……捕まったのか」

「分からない。だが、軍が“子どもたちを探している”という噂がある」


アミールは壁に手をつき、

深く息を吸った。


アディスは、

街のために命を賭けた少年だ。

その彼が、今どこにいるのか分からない。


「……私のせいだ」

アミールは呟いた。


ミロシュは首を振った。


「違う。あんたは真実を外に出した。

 だが、軍はそれを許さない。

 今、街全体が“見せしめ”の対象になっている」


4


翌日、街の検問はさらに増えた。

兵士たちは市民の荷物を乱暴に調べ、

通りを歩く人々を無言で睨みつけた。


「誰が漏らした?」

「誰が裏切った?」

「誰が外と繋がっている?」


そんな言葉が、

街のあちこちで囁かれた。


アミールは、

自分が持ち帰った“料金表”のコピーを

床下の板の下に隠した。


真実は武器だ。

だが、武器は持つ者をも傷つける。


5


夕暮れ、アミールは廃墟の屋上に登った。

丘の上――

富裕層が“観光”として訪れた狙撃地点が見える。


そこに、

軍の車両が集まっていた。


「……動き出したな」


アミールは呟いた。


世界が知ったことで、

軍は焦り、怒り、

そして“誰かを罰する必要”に駆られていた。


その“誰か”が、

アミールである可能性も、

アディスである可能性も、

街の誰かである可能性もあった。


報復は、

“特定の誰か”に向けられるのではない。


街全体に向けて、

恐怖という形で降り注ぐのだ。


6


夜、アミールは机に向かい、

震える手で日記を書いた。


“真実を外へ出した。

 だが、街は今、報復の影に覆われている。

 私は恐れている。

 しかし、後悔はしていない。

 この街の人々の命に値段がつけられたことを、

 黙って見ていることはできなかった。”


ペン先が震え、

紙に小さな点が落ちた。


それが涙なのか、

インクなのか、

アミールには分からなかった。


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