第17章 「証言台の影」
1
国際法廷の小さな部屋。
証言台に立つ男は、
かつて丘の上で双眼鏡を下げて笑っていたロバート・Sだった。
髪は白くなり、
背筋も少し曲がっている。
だが、その目だけは変わっていなかった。
“自分は悪くない”と語る目。
アミールは傍聴席から、
その目をじっと見つめていた。
2
裁判官が静かに言った。
「あなたは、サラエボ包囲中に“狙撃ツアー”に関与したとされています。
今日は、その事実について証言していただきます」
ロバートは喉を鳴らし、
ゆっくりと口を開いた。
「……私は、ただ案内された客に過ぎませんでした。
軍が用意した“体験プログラム”に参加しただけです。
私は戦争を作ったわけではない」
アミールは拳を握った。
“まただ”
彼は心の中で呟いた。
3
検察官が資料を掲げた。
「これは、あなたが署名した“料金表”のコピーです。
子どもと妊婦が高額、老人は無料。
あなたはこの制度に関与していたのでは?」
ロバートは眉をひそめた。
「……あれは、軍が勝手に作ったものです。
私はただ、説明を受けただけで……」
検察官が遮った。
「しかし、あなたのメモが残っています。
“動きの速い標的は高額にすべき”と」
ロバートの顔が引きつった。
「それは……
ただの“意見”です。
私は実際に何もしていない」
アミールは、
胸の奥が冷たくなるのを感じた。
4
裁判官が静かに言った。
「あなたは、民間人が撃たれるのを見て、何を感じましたか」
ロバートは一瞬だけ沈黙した。
その沈黙は、
彼が初めて“自分の言葉を選んでいる”時間だった。
そして、
彼はゆっくりと答えた。
「……私は、何も感じませんでした。
あれは“戦争”だったからです。
戦争では、誰かが死ぬ。
それが“普通”だと思っていました」
アミールは息を呑んだ。
“何も感じなかった”
その言葉こそが、
この男の罪の核心だった。
5
検察官がさらに問い詰めた。
「あなたは、娯楽として民間人を観察し、
その価値を金額で語った。
それについて、今どう思いますか」
ロバートは、
初めて視線を落とした。
「……私は、あの時……
“自分が何をしているのか”を考えなかった。
金を払えば何でもできると思っていた。
戦争を……
“自分とは関係のない舞台”だと思っていた」
アミールは、
その言葉が“反省”ではなく、
“老いによる弱さ”から出たものだと直感した。
ロバートは続けた。
「だが……
あの丘の上で見た光景は、
今でも夢に出てきます。
私は……
あの街の人々に許されるとは思っていません」
その声は震えていた。
だが、
その震えが“罪の自覚”なのか、
“自分の人生が崩れる恐怖”なのか、
誰にも分からなかった。
6
裁判官が最後に言った。
「あなたの証言は記録されます。
あなたが何をしたか、
何をしなかったか、
何を見て、何を見なかったか。
それを判断するのは、あなたではありません」
ロバートはゆっくりと席に戻った。
アミールは、
その背中を見つめながら思った。
この男は、
罪を認めたわけではない。
ただ“逃げ切れなくなった”だけだ。
だが、
それでも記録する価値はある。
人間の醜さは、
隠されるべきではなく、
記録されるべきなのだ。
7
法廷を出ると、
アミールは冷たい風を吸い込んだ。
アディスが隣に立ち、
静かに言った。
「……あの人、反省してたのかな」
アミールは首を振った。
「分からない。
でも、反省していようがいまいが、
あの人がしたことは消えない。
そして……
“消えないこと”を記録するのが、
俺たちの仕事だ」
アディスは頷いた。
「じゃあ……
僕もいつか、書くよ。
あの丘のこと。
あの街のこと。
あの人たちのこと」
アミールは微笑んだ。
「お前なら書ける。
あの街を生き延びた者としてな」
二人は並んで歩き出した。
その背中には、
戦争の影と、
未来への光が同時に宿っていた。
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