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サラエボの丘  作者: はまゆう


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18/22

第17章 「証言台の影」

1


国際法廷の小さな部屋。

証言台に立つ男は、

かつて丘の上で双眼鏡を下げて笑っていたロバート・Sだった。


髪は白くなり、

背筋も少し曲がっている。

だが、その目だけは変わっていなかった。


“自分は悪くない”と語る目。


アミールは傍聴席から、

その目をじっと見つめていた。


2


裁判官が静かに言った。


「あなたは、サラエボ包囲中に“狙撃ツアー”に関与したとされています。

 今日は、その事実について証言していただきます」


ロバートは喉を鳴らし、

ゆっくりと口を開いた。


「……私は、ただ案内された客に過ぎませんでした。

 軍が用意した“体験プログラム”に参加しただけです。

 私は戦争を作ったわけではない」


アミールは拳を握った。


“まただ”

彼は心の中で呟いた。


3


検察官が資料を掲げた。


「これは、あなたが署名した“料金表”のコピーです。

 子どもと妊婦が高額、老人は無料。

 あなたはこの制度に関与していたのでは?」


ロバートは眉をひそめた。


「……あれは、軍が勝手に作ったものです。

 私はただ、説明を受けただけで……」


検察官が遮った。


「しかし、あなたのメモが残っています。

 “動きの速い標的は高額にすべき”と」


ロバートの顔が引きつった。


「それは……

 ただの“意見”です。

 私は実際に何もしていない」


アミールは、

胸の奥が冷たくなるのを感じた。


4


裁判官が静かに言った。


「あなたは、民間人が撃たれるのを見て、何を感じましたか」


ロバートは一瞬だけ沈黙した。

その沈黙は、

彼が初めて“自分の言葉を選んでいる”時間だった。


そして、

彼はゆっくりと答えた。


「……私は、何も感じませんでした。

 あれは“戦争”だったからです。

 戦争では、誰かが死ぬ。

 それが“普通”だと思っていました」


アミールは息を呑んだ。


“何も感じなかった”

その言葉こそが、

この男の罪の核心だった。


5


検察官がさらに問い詰めた。


「あなたは、娯楽として民間人を観察し、

 その価値を金額で語った。

 それについて、今どう思いますか」


ロバートは、

初めて視線を落とした。


「……私は、あの時……

 “自分が何をしているのか”を考えなかった。

 金を払えば何でもできると思っていた。

 戦争を……

 “自分とは関係のない舞台”だと思っていた」


アミールは、

その言葉が“反省”ではなく、

“老いによる弱さ”から出たものだと直感した。


ロバートは続けた。


「だが……

 あの丘の上で見た光景は、

 今でも夢に出てきます。

 私は……

 あの街の人々に許されるとは思っていません」


その声は震えていた。

だが、

その震えが“罪の自覚”なのか、

“自分の人生が崩れる恐怖”なのか、

誰にも分からなかった。


6


裁判官が最後に言った。


「あなたの証言は記録されます。

 あなたが何をしたか、

 何をしなかったか、

 何を見て、何を見なかったか。

 それを判断するのは、あなたではありません」


ロバートはゆっくりと席に戻った。


アミールは、

その背中を見つめながら思った。


この男は、

 罪を認めたわけではない。

 ただ“逃げ切れなくなった”だけだ。


だが、

それでも記録する価値はある。


人間の醜さは、

隠されるべきではなく、

記録されるべきなのだ。


7


法廷を出ると、

アミールは冷たい風を吸い込んだ。


アディスが隣に立ち、

静かに言った。


「……あの人、反省してたのかな」


アミールは首を振った。


「分からない。

 でも、反省していようがいまいが、

 あの人がしたことは消えない。

 そして……

 “消えないこと”を記録するのが、

 俺たちの仕事だ」


アディスは頷いた。


「じゃあ……

 僕もいつか、書くよ。

 あの丘のこと。

 あの街のこと。

 あの人たちのこと」


アミールは微笑んだ。


「お前なら書ける。

 あの街を生き延びた者としてな」


二人は並んで歩き出した。


その背中には、

戦争の影と、

未来への光が同時に宿っていた。


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