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サラエボの丘  作者: はまゆう


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17/22

第16章 「喪失のかたち

1


包囲が解けてから半年。

街はゆっくりと再生していたが、

人々の心には、まだ触れられない傷が残っていた。


アミールは、

その傷を“記録する”ことが自分の役目だと感じていた。


街を歩くと、

瓦礫の隙間から草が伸びている。

だが、

その草の下には、

誰かの思い出が埋まっている。


2


■ 夫を失った女性・レイラ


レイラは、包囲中に夫を失った。

狙撃手の弾が、

彼が水を汲みに行った帰り道を奪った。


戦後、

彼女は毎朝、同じ場所に立つようになった。


「ここで……最後に彼を見たの」


アミールが声をかけると、

レイラは静かに微笑んだ。


「悲しいけれど、

 ここに立つと、

 “まだ一緒にいる”ような気がするの」


彼女は再婚しないと言った。

理由を尋ねると、

こう答えた。


「愛した人が一人いれば、それで十分よ。

 戦争は私から彼を奪ったけれど、

 “愛した記憶”までは奪えなかったから」


その言葉は、

喪失と誇りが同じ重さで混ざり合っていた。


3


■ 兄を失った青年・ニコラ


ニコラは、包囲中に兄を失った。

兄はボランティアとして食料を運んでいたが、

ある日、帰ってこなかった。


戦後、

ニコラは兄の部屋をそのまま残していた。


「片付けられないんです」

彼は言った。


「兄が帰ってきたとき、

 “おかえり”と言えるようにしておきたいんです」


アミールは、

その部屋を見せてもらった。


机の上には、

読みかけの本。

壁には、

兄弟で撮った写真。


ニコラは言った。


「兄がいないことは分かっています。

 でも……

 “いない”と認めたら、

 本当に終わってしまう気がして」


喪失とは、

“いないことを認める痛み”なのだと、

アミールは思った。


4


■ 子どもを失った父・サミル


サミルは、包囲中に娘を失った。

砲撃で家が崩れたとき、

娘は眠っていた。


戦後、

彼は瓦礫の中から娘の靴を見つけ、

それを大切に保管していた。


「この靴は……

 娘が最後に“歩いた証”なんです」


アミールは言葉を失った。


サミルは続けた。


「街は再生している。

 人々も前に進んでいる。

 でも私は……

 “前に進む”という言葉が、まだ怖いんです」


アミールは静かに言った。


「進まなくてもいいんです。

 立ち止まることも、生きることの一つです」


サミルは涙をこらえながら頷いた。


5


■ そして、街全体の喪失


アミールは、

市民一人ひとりの喪失を記録しながら気づいた。


街は再生している。

 だが、街の人々は“喪失と共に生きる”ことを選んでいた。


喪失は、

忘れるものではなく、

抱えて歩くもの。


それは重い。

だが、

その重さがあるからこそ、

人は優しくなれる。


6


夕暮れ、

アミールは丘の上に立った。


かつて狙撃手がいた場所。

かつて富裕層が笑っていた場所。


今は、

ただ風が吹き、

街の灯りが揺れているだけだった。


アディスが隣に立ち、

静かに言った。


「アミールさん……

 街は、もう大丈夫かな」


アミールは答えた。


「大丈夫じゃない。

 でも……

 大丈夫になろうとしている。

 それが大事なんだ」


アディスは頷いた。


「喪失って……消えないんだね」

「消えない。

 でも、消えないからこそ、

 人は前に進めるんだ」


二人は並んで、

街の灯りを見つめた。


その灯りは、

喪失の中で生きる人々の、

小さな、しかし確かな光だった。


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