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サラエボの丘  作者: はまゆう


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16/22

第15章 「それぞれの帰り道」

1


包囲が解けて数ヶ月。

街には少しずつ色が戻り始めていた。


だが、

人々の心は、街よりもゆっくりとしか戻らなかった。


アミールは、

市民たちの“その後”を記録するため、

街を歩き続けていた。


2


■ 老婦人ミレナ


ミレナは、包囲中に息子と連絡が途絶えたままだった。


包囲解除後、

彼女は毎週、国際赤十字の掲示板を見に行った。

そこには、

行方不明者の名前がびっしりと貼られている。


ある日、

彼女はアミールに言った。


「息子の名前はまだないの。

 でもね……

 “名前がない”ということは、

 まだ希望があるってことよ」


その言葉は、

悲しみと希望が同じ重さで混ざり合った、

戦後の市民の典型だった。


ミレナは、

息子の帰りを待ちながら、

市場で小さな店を再開した。


「待つことも、生きることの一つだからね」


彼女はそう言って、

リンゴを磨いていた。


3


■ パン職人のマルコ


包囲中、マルコは店を失い、

自宅の地下で細々とパンを焼いていた。


戦後、

彼は瓦礫の中から古いオーブンを掘り出し、

店を再建した。


「パンの匂いが街に戻れば、

 人の心も戻ると思ってね」


彼の店には、

毎朝、長い列ができるようになった。


ある日、アミールが尋ねた。


「どうして、そんなに頑張れるんです?」


マルコは笑った。


「包囲の間、

 “明日焼くパン”のことだけを考えて生きてきたんだ。

 それが俺の生き方なんだよ」


パンの香りは、

街の再生の象徴になっていた。


4


■ 教師のエミル


エミルは、

包囲中に学校を失い、

教え子の何人かを失った。


戦後、

彼は瓦礫の中に残った黒板を拾い上げ、

校庭に立てかけて授業を始めた。


机はない。

椅子もない。

教科書も足りない。


それでも子どもたちは集まった。


「先生、今日は何を教えてくれるの?」


エミルは微笑んだ。


「今日は……“未来”の話をしよう」


その授業は、

街の誰もが忘れられない光景になった。


5


■ アディス


アディスは、

戦争で大人になりすぎた少年だった。


だが戦後、

彼は少しずつ“子ども”に戻っていった。


友達とサッカーボールを蹴り、

学校で笑い、

時々アミールの家に来ては、

「宿題を手伝って」と言った。


ある日、アディスはアミールに言った。


「僕、将来は“記者”になりたい。

 だって……

 僕を助けたのは、アミールさんの“言葉”だったから」


アミールは胸が熱くなった。


「アディス……

 お前はもう、街の記者だよ。

 生きて帰ってきた時点でな」


6


■ そして、アミール


アミール自身もまた、

戦争で何かを失い、

何かを得た市民の一人だった。


彼は毎日、

市民たちの“その後”を記録し続けた。


悲しみも、

再生も、

喪失も、

希望も。


ある日、

彼は原稿にこう書いた。


“戦争は街を壊した。

 だが、街は人を壊しきれなかった。

 人が立ち上がる限り、

 街は再び歩き始める。”


その言葉は、

彼自身への慰めであり、

街への誓いでもあった。


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