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サラエボの丘  作者: はまゆう


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15/22

第14章 「再生のはじまり」

1


包囲が解けてから数週間。

サラエボの街は、まるで長い冬から目覚めたように、

ゆっくりと動き始めていた。


瓦礫の山はまだ残っている。

弾痕の残る壁もそのままだ。

水道は不安定で、電気も途切れがち。


それでも――

街には、確かに“音”が戻ってきていた。


子どもが走る音。

誰かが窓を開ける音。

遠くでハンマーが瓦礫を叩く音。


アミールは、その音を聞きながら思った。


「街が……呼吸している」


2


市場跡では、

久しぶりに“店”と呼べるものが並び始めていた。


木箱に並べられたリンゴ。

手作りのパン。

どこからか運ばれてきた缶詰。


売り手の男がアミールに気づき、笑った。


「見てくれよ、アミールさん。

 今日はリンゴが手に入ったんだ。

 包囲の間は影も形もなかったのに」


アミールはリンゴを手に取り、

その重さに胸が熱くなった。


「……これだけで、街が戻ってきた気がします」


男は頷いた。


「そうだな。

 食べ物が戻れば、人も戻る。

 人が戻れば、街も戻る」


その言葉は、

戦争を生き延びた者だけが言える重みを持っていた。


3


廃墟になった学校では、

教師たちが瓦礫を片付けていた。


「授業を再開するんですか?」

アミールが尋ねると、

教師の一人が笑った。


「ええ。

 教室は半分壊れてますけどね。

 でも、子どもたちが“学校に行きたい”と言うんです。

 それだけで十分ですよ」


アディスもその場にいた。

まだ痩せているが、目は以前よりずっと強かった。


「僕、黒板を掃除する係になったんだ」

誇らしげに言うその声に、

アミールは胸が熱くなった。


戦争は子どもたちから多くを奪った。

だが、

学びたいという気持ちだけは奪えなかった。


4


街の中心部では、

国連の車両が瓦礫を運び出していた。


青いヘルメットの兵士が、

市民と一緒にスコップを動かしている。


「ここに道路を作るんだ」

「病院への道を広げるらしい」

「電線も張り直すって」


人々の声には、

久しぶりに“未来”の響きがあった。


アミールは、

その光景を見つめながら思った。


「戦争は終わった。

 でも、再生はこれからだ」


5


夕暮れ、

アミールは丘の上に登った。


かつて富裕層が笑い、

狙撃手が市民を狙っていた場所。


今は、

ただ風が吹き、

草が揺れているだけだった。


アディスが隣に立ち、

静かに言った。


「ここ、怖い場所だったのに……

 今は、ただの丘だね」


アミールは頷いた。


「街が取り戻したんだよ。

 この丘も、

 この景色も、

 この未来も」


アディスは夕陽を見つめながら言った。


「じゃあ……

 これからは、僕たちが作るんだね。

 この街を」


アミールは微笑んだ。


「そうだ。

 街は壊されたけれど、

 人は壊れなかった。

 だから再生できる」


6


その夜、

アミールは机に向かい、

新しい原稿を書き始めた。


“包囲は終わった。

 だが街は、まだ傷だらけだ。

 それでも人々は歩き始めた。

 瓦礫の上に未来を積み上げるように。

 この街は、生き延びただけではない。

 再び、生き始めたのだ。”


ペン先が紙を滑る音が、

静かな部屋に響いた。


それは、

戦争の記録ではなく、

再生の記録の始まりだった。


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