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サラエボの丘  作者: はまゆう


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13/22

第12章 「包囲が解けた日」

1


その朝、サラエボは不思議な静けさに包まれていた。


砲撃の音がしない。

狙撃手の気配もしない。

空気が、いつもより軽い。


アミールは、

その静けさが逆に不気味で、

胸の奥がざわついた。


「……何かが、変わった」


彼は窓を開け、

街の通りを見下ろした。


いつもなら、

影から影へと走る人々の姿があるはずだった。


だが今日は――

人々が、

“歩いていた”。


走らず、

隠れず、

ただ歩いていた。


アミールは息を呑んだ。


2


外に出ると、

近所の老婦人ミレナが空を見上げていた。


「アミールさん……

 聞こえる?」


アミールは耳を澄ませた。


風の音。

遠くの犬の鳴き声。

誰かが笑う声。


そして――

砲撃の音が、どこにもない。


「……本当に、止まっている」


ミレナは震える声で言った。


「こんなの……何年ぶりかしらね」


その目には、

涙が溜まっていた。


3


街の中心部へ向かうと、

人々が集まり始めていた。


誰もが半信半疑で、

しかし確かめずにはいられなかった。


「丘の上に……誰もいないらしい」

「国連が正式に発表するって」

「包囲が……終わるのか?」


噂が噂を呼び、

街の空気が震えていた。


アミールは、

胸の奥が熱くなるのを感じた。


4


正午前、

国連の車両が街に入ってきた。


青いヘルメットをかぶった兵士が、

拡声器で短く告げた。


「――包囲は解除されました。

 サラエボは、自由です」


その瞬間、

街は静まり返った。


誰も叫ばない。

誰も泣かない。

誰も抱き合わない。


ただ、

沈黙が街を満たした。


長すぎる苦しみの後では、

喜びはすぐには形にならない。


アミールは、

その沈黙の重さに胸が震えた。


5


やがて、

どこからともなく拍手が起こった。


一人。

二人。

三人。


拍手は波のように広がり、

街全体を包み込んだ。


誰かが泣き、

誰かが笑い、

誰かが空に向かって手を伸ばした。


アミールは、

その光景を目に焼き付けた。


「……生き延びたんだな」


その言葉は、

誰に向けたものでもなく、

街そのものに向けた祈りだった。


6


夕暮れ、

アミールは丘の上を見つめた。


そこには、

もう狙撃手の影はなかった。


代わりに、

夕陽が街を黄金色に染めていた。


アディスが隣に立ち、

静かに言った。


「アミールさん……

 これで、終わったの?」


アミールは首を振った。


「終わったのは“包囲”だけだ。

 街の傷は、これから癒していく。

 でも……

 今日だけは、終わったと言っていい」


アディスは微笑んだ。


「じゃあ……

 今日だけは、喜んでいいんだね」


アミールは頷いた。


「今日だけは、な」


二人は並んで、

沈む夕陽を見つめた。


その光は、

長い闇を越えた街にとって、

初めての“未来”の色だった。


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