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サラエボの丘  作者: はまゆう


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12/22

第11章 「終わりの気配」

1


1995年の秋。

サラエボの空気は、これまでとは違う重さを帯びていた。


砲撃は続いている。

狙撃手もまだ丘にいる。

水も食料も足りない。


だが――

街の人々の表情が、どこか変わっていた。


それは希望ではない。

諦めでもない。


ただ、

「この包囲は永遠には続かない」

という、

根拠のない確信のようなものだった。


アミールは、

その空気の変化を肌で感じていた。


2


ある日、アミールは市場跡で、

老婦人のミレナに声をかけられた。


「アミールさん、聞いた?

 最近、丘の上の兵士が減っているらしいよ」


アミールは驚いた。


「本当ですか」

「ええ。あの丘を見張っていた人が言ってた。

 夜になると、車の音がするんだって。

 “撤退”かもしれないって」


アミールの胸がざわついた。


撤退――

その言葉は、

この街では長い間、禁句のように扱われていた。


だが今、

それが現実味を帯びている。


3


その日の夕方、

アミールは丘の方角を見つめた。


いつもなら、

夕暮れの光の中に、

狙撃手の影が見えるはずだった。


だが今日は――

影が少なかった。


「……本当に、減っている」


アミールは呟いた。


だが同時に、

胸の奥に不安が広がった。


“撤退”は、

 必ずしも“平和”を意味しない。


包囲側が追い詰められているなら、

最後に何をするか分からない。


街の人々もそれを理解していた。

だからこそ、

希望と恐怖が入り混じった奇妙な空気が漂っていた。


4


夜、アミールは病院を訪れた。

アディスはもう歩けるほどに回復していた。


「丘の兵士が減ってるって、本当?」

アディスが目を輝かせて聞いた。


「本当だ。

 でも……まだ油断はできない」


アディスは頷いた。


「分かってる。

 でも、なんか……

 街が“息をしてる”気がするんだ」


アミールはその言葉に、

胸が熱くなった。


この少年は、

戦争の最中に“希望”という言葉を忘れなかった。


5


翌朝、

街に新しい噂が広がった。


「国連が動くらしい」

「停戦の話が進んでいる」

「包囲が終わるかもしれない」


アミールは、

その噂を聞きながら、

胸の奥で静かに祈った。


どうか、

 この街がもうこれ以上傷つきませんように。


6


その日の夕暮れ、

アミールは丘の上を見つめた。


夕陽が赤く染まり、

街の瓦礫が黄金色に輝いていた。


そして――

丘の上の狙撃手の影が、

完全に消えていた。


アミールは息を呑んだ。


「……いない」


その瞬間、

街のどこかで誰かが泣き、

誰かが笑い、

誰かが祈った。


包囲はまだ正式には終わっていない。

停戦も発表されていない。


だが、

街は“終わりの気配”を確かに感じていた。


アミールは静かに呟いた。


「ここまで……よく持ちこたえたな」


その声は、

街そのものに向けた言葉だった。


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