表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サラエボの丘  作者: はまゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/22

第10章 「ささやかな光」

1


アディスが救われ翌朝、

アミールは久しぶりに、

街の空気が少しだけ柔らかくなったように感じた。


砲撃は続いている。

水は足りない。

食料も乏しい。

検問は増え、兵士の目は鋭い。


それでも――

街のどこかに、

“生き延びた少年がいる”という事実が、

人々の心に小さな火を灯していた。


アミールは、

その火を確かめるように街を歩いた。


2


市場跡では、

昨日まで沈黙していた人々が、

少しだけ声を出していた。


「アディスが戻ったらしい」

「国連が助けたんだって」

「本当に……よかった」


売り手の男は、

いつもより少しだけ多くのパンを並べていた。


「今日は、特別に安くするよ。

 祝い事だからな」


アミールは驚いた。


「祝い事……?」

「そうさ。

 この街で誰かが生きて帰ってきたら、

 それはもう“祝い事”だろう」


男は笑った。

その笑顔は、

戦争が始まってから初めて見るような、

柔らかい笑顔だった。


3


廃墟になった学校の前では、

子どもたちが小さな輪になっていた。


アミールが近づくと、

一人の少女が言った。


「アディス、帰ってきたんでしょ?

 また一緒に遊べるかな」


その言葉に、

アミールは胸が熱くなった。


この街の子どもたちは、

“遊ぶ”という言葉を

ほとんど忘れかけていた。


だが今、

その言葉が戻ってきた。


それだけで、

この街は少しだけ救われたように思えた。


4


夕方、アミールは病院を訪れた。

アディスはまだ眠っていたが、

顔色は昨日よりずっと良かった。


ベッドの横には、

母親が座っていた。


「アミールさん……

 本当に、ありがとうございました」


アミールは首を振った。


「ありがとうと言うべきは、私の方です。

 アディスは……この街のために動いた。

 彼がいなければ、

 真実は外に届かなかった」


母親は涙を拭いながら言った。


「この街は、

 あの子に何もしてあげられなかったのに……

 あの子は街のために動いたんですね」


アミールは静かに答えた。


「街は……アディスに希望をもらったんです」


5


病院を出ると、

空は薄い桃色に染まっていた。


砲撃の音は遠くで続いている。

だがその音よりも、

アミールの耳には別の音が聞こえた。


それは、

街のどこかで誰かが笑う声。

誰かがパンを分け合う声。

誰かが「明日も生きよう」と言う声。


戦争は終わっていない。

包囲も続いている。


それでも――

この街は、まだ生きている。


アミールは、

その事実を胸に刻んだ。


「希望は……

 大きなものじゃなくていい。

 こういう小さな光が、

 人を生かすんだ」


彼はそう呟きながら、

ゆっくりと家路についた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ