第10章 「ささやかな光」
1
アディスが救われ翌朝、
アミールは久しぶりに、
街の空気が少しだけ柔らかくなったように感じた。
砲撃は続いている。
水は足りない。
食料も乏しい。
検問は増え、兵士の目は鋭い。
それでも――
街のどこかに、
“生き延びた少年がいる”という事実が、
人々の心に小さな火を灯していた。
アミールは、
その火を確かめるように街を歩いた。
2
市場跡では、
昨日まで沈黙していた人々が、
少しだけ声を出していた。
「アディスが戻ったらしい」
「国連が助けたんだって」
「本当に……よかった」
売り手の男は、
いつもより少しだけ多くのパンを並べていた。
「今日は、特別に安くするよ。
祝い事だからな」
アミールは驚いた。
「祝い事……?」
「そうさ。
この街で誰かが生きて帰ってきたら、
それはもう“祝い事”だろう」
男は笑った。
その笑顔は、
戦争が始まってから初めて見るような、
柔らかい笑顔だった。
3
廃墟になった学校の前では、
子どもたちが小さな輪になっていた。
アミールが近づくと、
一人の少女が言った。
「アディス、帰ってきたんでしょ?
また一緒に遊べるかな」
その言葉に、
アミールは胸が熱くなった。
この街の子どもたちは、
“遊ぶ”という言葉を
ほとんど忘れかけていた。
だが今、
その言葉が戻ってきた。
それだけで、
この街は少しだけ救われたように思えた。
4
夕方、アミールは病院を訪れた。
アディスはまだ眠っていたが、
顔色は昨日よりずっと良かった。
ベッドの横には、
母親が座っていた。
「アミールさん……
本当に、ありがとうございました」
アミールは首を振った。
「ありがとうと言うべきは、私の方です。
アディスは……この街のために動いた。
彼がいなければ、
真実は外に届かなかった」
母親は涙を拭いながら言った。
「この街は、
あの子に何もしてあげられなかったのに……
あの子は街のために動いたんですね」
アミールは静かに答えた。
「街は……アディスに希望をもらったんです」
5
病院を出ると、
空は薄い桃色に染まっていた。
砲撃の音は遠くで続いている。
だがその音よりも、
アミールの耳には別の音が聞こえた。
それは、
街のどこかで誰かが笑う声。
誰かがパンを分け合う声。
誰かが「明日も生きよう」と言う声。
戦争は終わっていない。
包囲も続いている。
それでも――
この街は、まだ生きている。
アミールは、
その事実を胸に刻んだ。
「希望は……
大きなものじゃなくていい。
こういう小さな光が、
人を生かすんだ」
彼はそう呟きながら、
ゆっくりと家路についた。




