12.
騎士に案内されながら、エドガーは黙って歩く。
長い廊下。
磨かれた床。
高価な絵画。
豪奢な調度品。
どれも視界に入っている。
だが興味はない。
どの城もさほど変わらないな。としか思わなかった。
「こちらです」
騎士が一枚の扉の前で立ち止まる。
エドガーは頷きもしない。
ただ扉を見る。
予想はついていた。
領主。
その妻。
そして、ジークヴァスト。
面倒な顔ぶれだろう。
扉が開く。
まず見えたのはリナだった。
部屋の隅で小さくなっている。
案の定だった。
エドガーは小さく息を吐く。
「馬鹿者」
開口一番、それだった。
リナの肩が跳ねる。
「おじいちゃん!」
その瞬間。
グリゼルダが吹き出しそうになる。
ジークヴァストが目を閉じる。
領主が何とも言えない顔になる。
エドガーがりなに見せる顔はなんとも優しい顔だった。
そして、
「久しいな」
ジークヴァストが言う。
エドガーは一瞥する。
「そうか?」
なんともあっさりとした答えだった。
「おじいちゃん、ジークヴァスト様とお知り合いなの…?」
リナの問いに、部屋の空気が一瞬止まった。
エドガーの視線がゆっくりと上がる。
その先にいるジークヴァストも、わずかに目を細めた。
互いに何かを確かめるような沈黙だった。
長い年月を挟んだはずなのに、その間の取り方だけは妙に自然で、まるで次に相手が何を言うか知っている者同士のようだった。
エドガーは答えない。
ジークヴァストも表情を崩さない。
領主は咳払いをひとつした。
グリゼルダは面白そうに様子を見ている。
誰もすぐには口を開かない。
視線だけが静かに行き交い、重たい空気が部屋を満たした。
その張り詰めた時間がしばらく続いたあと。
「知り合いだ」
エドガーが答えた。
それだけだった。
「知り合いって……」
リナは戸惑う。
それで終わりなのだろうか。
だがジークヴァストが静かに補足した。
「少々、縁がありまして」
リナはますます混乱した。
「そう……なんですか?」
「ああ」
「そうだ」
二人とも同じような返事しかしない。
全く分からない。
が、エドガーかなり高位の貴族ではないか?と思われた。
「さて」
グリゼルダが楽しそうに手を叩いた。
「積もる話もあるのでしょう?」
「ありません」
エドガー。
「あります」
ジークヴァスト。
返事が綺麗に重なった。
領主が額を押さえる。
グリゼルダはとうとう笑い出した。
「相変わらずね」
「変わっていませんので」
エドガーが答える。
「そういうところよ」
エドガーは深いため息を吐いた。
面倒だ。本当に面倒だ。
「それで」
エドガーの視線が領主へ向く。
「孫を返していただきたい」
単刀直入だった。
リナが目を瞬く。
領主も少し驚いた顔をする。
「まだ話は終わっていない」
「終わっています」
「終わっていない」
「終わっています」
即答だった。
領主とエドガーの視線がぶつかる。
「息子の命を救われた」
オルフェンが言う。
「礼をする義務がある」
「礼なら受け取った」
「受け取っていないだろう」
「城で寝泊まりさせてもらっただろう」
「それは礼ではない」
「十分です」
領主は黙った。
頑固だ。
予想以上に頑固だった。
グリゼルダがくすりと笑う。
「エドガー殿」
「何でしょう」
「あなた、昔からそうだったの?」
「昔を知りません」
即答だった。
その瞬間。
ジークヴァストの口元が、ほんの僅かに動いた。
笑ったのかもしれない。
誰にも分からない程度に。
だがエドガーだけは知っていた。
――面倒なことになった。
弟を見る兄の顔になっている。
それが一番厄介だった。
「もう、よろしいでしょう。孫と森へ帰ります。」
エドガーが言う。
「話は終わっていません」
今度はジークヴァストだった。
静かな声。
だが部屋の空気が変わる。
「エドガー」
久しぶりに。
兄が弟の名前を呼ぶ。
「その娘のことで話があります」




