表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殿の花は、公爵令息に攫われる  作者: あめとおと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/10

第9話:神より大切なもの




 神殿の騒動から数日後。


 王都は未だ混乱の中にあった。


 神殿による虚偽。

 神子への監禁。

 “恋愛禁止”という教義が偽りだったこと。


 長年絶対とされてきたものが崩れ、人々は戸惑い、貴族たちは慌ただしく動いている。


 そしてその中心にいるのが、リュシエンヌだった。


     ◇


「……また眠っていませんね」


 夜。


 王城の一室。


 窓辺に立っていたリュシエンヌへ、ルヴァルトが静かに声を掛けた。


 神殿を出た彼女は現在、公爵家の保護下に置かれている。


 最初は王城側も難色を示したが、ルヴァルトがほぼ脅しに近い勢いで押し切った。


『今さら神殿へ戻せと?』

『正気ですか?』


 あの時の騎士団長の胃痛は相当だったらしい。


「……考え事をしていました」


 リュシエンヌは小さく微笑む。


 だがその笑みを見て、ルヴァルトは眉を寄せた。


「また無理してる」


「していません」


「しますね、その顔は」


 即答される。


 最近、本当に誤魔化せない。


 彼はリュシエンヌの小さな変化を、すぐ見抜いてしまう。


「……怖いんです」


 ぽつりと零れた声に、ルヴァルトは静かに近付いてきた。


「何が」


「もし……今は加護が残っていても」


 胸元をぎゅっと掴む。


「後から、何か起きたらどうしようって」


 王都に災厄が起きたら。

 魔物が暴走したら。

 誰かが傷付いたら。


 きっと人々は言う。


 “神子が恋をしたからだ”と。


「私があなたを選んだせいで、国に何かあったら……」


 最後まで言えなかった。


 怖かった。


 幸せになりたいと思ってしまった自分が。


 ルヴァルトはしばらく黙っていた。


 やがて彼は、静かにリュシエンヌの前へ片膝をつく。


「顔を上げてください」


 優しい声だった。


 促されるまま視線を向ける。


 灰青の瞳が真っ直ぐ彼女を映していた。


「もし何か起きたとして」


 彼はゆっくり言う。


「それが、貴女が恋をしたせいだと、誰が決めるんです」


「……でも」


「人は、都合よく理由を探します」


 静かな声音。


「不安だから。怖いから。誰かのせいにしたくなる」


 その通りだった。


「けど、だからって」


 ルヴァルトの手が、そっと彼女の頬へ触れる。


「貴女が幸せを諦める理由にはならない」


 涙が滲む。


「リュシエンヌ」


 名前を呼ばれる。


 何度呼ばれても、胸が熱くなる。


「貴女は、十分苦しんだ」


 その一言で、張り詰めていたものが揺らぐ。


「これ以上、自分を罰しないでください」


「……っ」


「俺は、貴女に笑っていてほしい」


 優しくて、苦しい。


 こんなにも大切にされることが、まだ少し怖い。


「……あなたは、ずるいです」


「よく言われます」


「絶対わかって言ってますよね」


「ええ」


 即答だった。


 思わず涙混じりに笑ってしまう。


 するとルヴァルトは、少しだけ安堵したように目を細めた。


「その顔です」


「え?」


「やっと自然に笑った」


 胸が跳ねる。


 彼は本当に、ずっと見ている。


 リュシエンヌのことを。


 神子ではなく、一人の女性として。


     ◇


 その翌日だった。


 王都全域へ、突如として神聖力の波が広がったのは。


 淡い金色の光が空を覆い、人々がざわめく。


「なんだ……!?」


「奇跡だ……!」


 王宮も騎士団も騒然となった。


 だがリュシエンヌは、その力の正体を理解していた。


 苦しくない。


 むしろ、今までで一番自然だった。


 まるで長年閉じ込められていた力が、ようやく自由に呼吸しているみたいに。


「神子様!」


 駆け込んできた神官が、震える声で叫ぶ。


「浄化の力が……以前より強くなっています!」


 室内が静まり返る。


 誰もが理解した。


 “恋をすると加護が失われる”という教義は、完全に嘘だったのだと。


 リュシエンヌはゆっくり目を閉じた。


 温かな光が身体を包む。


 その優しさは、どこか祝福みたいだった。


「……神様」


 小さく呟く。


 もし本当に神がいるのなら。


 きっと。


 人を幸せから遠ざける存在では、なかったのだ。


     ◇


「つまり」


 夜。


 公爵家の庭園で、ルヴァルトが腕を組む。


「神にも認められたわけですね、俺たち」


「そういう言い方をしないでください……」


「事実でしょう」


 否定できないのが悔しい。


 リュシエンヌが視線を逸らすと、ルヴァルトはふっと笑った。


「これで、もう逃げられませんね」


「逃げませんよ……」


 小さく返した瞬間。


 彼がぴたりと動きを止めた。


「……今、なんて?」


「え」


「もう一回」


 妙に真剣な顔をしている。


 リュシエンヌは恥ずかしくなって俯いた。


「だから……逃げません、って」


 次の瞬間。


 ぎゅっ、と強く抱き締められる。


「ル、ルヴァルト!?」


「無理です、嬉しい」


 声が完全に隠せていない。


 珍しく余裕が崩れている。


「ちょ、ちょっと苦し……」


「すみません。今かなり限界です」


「何の限界なんですか……!」


「理性の」


 即答だった。


 リュシエンヌは真っ赤になる。


 そんな彼女を抱き締めたまま、ルヴァルトは低く囁いた。


「もう二度と離しません」


 その言葉に、不思議と恐怖はなかった。


 ただ胸が、幸せでいっぱいになっていく。


 ようやく。


 ようやくリュシエンヌは、“愛されること”を信じ始めていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ