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神殿の花は、公爵令息に攫われる  作者: あめとおと


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第6話:神託の裏側



「……本当に、最近は遠慮がなくなりましたね」


 リュシエンヌは額を押さえながら呟いた。


 深夜。


 神殿最上階の私室。


 そこに当然のような顔で立っている男がいる。


「護衛ですので」


「窓から入る護衛がいますか」


「正面からだと止められます」


「当たり前です!」


 小声で叱るが、ルヴァルトはどこ吹く風だった。


 最近の彼は特にひどい。


 神殿側の牽制など気にする様子もなく、半ば堂々とリュシエンヌへ会いに来る。


 おかげで神官長の機嫌は日に日に悪化していた。


「……また怒られます」


「俺が?」


「私がです」


「理不尽ですね」


 そう言いながらも、ルヴァルトはどこか不機嫌そうだった。


 リュシエンヌは首を傾げる。


「どうしたんですか」


「少し調べ物をしていました」


「調べ物?」


 彼は数秒黙り込み、それから静かに言った。


「“神子は恋をしてはいけない”という掟についてです」


 空気が変わった。


 リュシエンヌの指先が僅かに強張る。


「……それは、神殿の教義です」


「そう聞かされていますね」


「違うんですか?」


 問い返すと、ルヴァルトは真っ直ぐ彼女を見た。


「少なくとも、“神託”ではありませんでした」


 思考が止まる。


「……え?」


「王城の禁書庫を調べました。初代神子に関する古い記録も」


「禁書庫……?」


「少し強引に入りました」


「何してるんですか!?」


「必要だったので」


 必要なら何でも許されると思っている節がある。


 だが今はそこではない。


「……神託では、ない?」


「ええ」


 ルヴァルトは低い声で続けた。


「歴代の神託記録に、“神子の恋愛禁止”なんて記述は一切なかった」


 リュシエンヌは息を呑む。


「そんな……」


「むしろ逆です」


 彼の瞳が冷たく細められる。


「初代神子は、普通に結婚していました」


 頭が真っ白になった。


 そんな話、聞いたこともない。


 神子は生涯を神へ捧げる存在だと、ずっと教えられてきた。


 なのに。


「……嘘、です」


「嘘じゃない」


「だって、神殿は……!」


「神殿が作ったんでしょう」


 静かな声音だった。


 けれどその奥には、怒りが滲んでいる。


「神子を囲い込むために」


 リュシエンヌの背筋が冷える。


「神子が誰かと結婚し、子を成し、外へ出れば、“奇跡”は神殿だけのものじゃなくなる」


 ルヴァルトはゆっくり言葉を落とした。


「だから神殿は、“恋をすれば加護が失われる”という恐怖を植え付けた」


「…………」


「貴女を、逃がさないために」


 その瞬間。


 今まで積み上げてきたものが、音を立てて崩れた気がした。


 十年以上。


 ずっと信じてきた。


 怖かった。


 もし恋をしたせいで国に災いが起きたら。

 もし神の力を失ったら。


 だから自分を殺して生きてきた。


 なのに。


「そんな、こと……」


 声が震える。


「じゃあ、私は……」


 何のために。


 何を信じて。


 どうして、こんなにも。


 苦しんできたのだろう。


 視界が滲む。


 その時、不意にルヴァルトが片膝をついた。


 驚いて顔を上げる。


 彼は下から真っ直ぐ彼女を見上げていた。


「リュシエンヌ」


 優しい声。


「貴女は悪くない」


 その一言で、涙が溢れそうになる。


「騙されていただけです」


「……っ」


「貴女は、自由になっていい」


 自由。


 その言葉が、信じられないほど遠い。


 リュシエンヌは唇を噛む。


「……でも、怖いです」


 初めて、本音を零した。


「もし全部が嘘じゃなかったら」

「もし、本当に神の加護が消えたら」

「もし、私のせいで――」


「その時は」


 ルヴァルトの手が、そっと彼女の手を包む。


 大きくて、温かい。


「一緒に責任を負います」


 逃げない声音だった。


「貴女だけに背負わせません」


 心が揺れる。


 こんなにも真っ直ぐ、大切にされたことがない。


「……どうして」


 涙混じりの声で問う。


「どうして、そこまで……」


 ルヴァルトは少しだけ笑った。


「好きだからですよ」


 あまりにも自然に言われて、リュシエンヌは息を止めた。


「貴女が思ってるより、ずっと前から」


 胸が苦しい。


 幸せで。

 怖くて。

 泣きたくなるほど嬉しい。


 すると彼は、繋いだ手を軽く引いた。


 気付けば距離が近い。


「……ルヴァルト卿」


「まだ“卿”って呼ぶんですか」


「そ、それは……」


「そろそろ名前だけで呼んでほしい」


 低く甘い声。


 心臓がうるさい。


「無理です……」


「じゃあ練習しましょうか」


「今!?」


「今です」


 逃げ道がない。


 リュシエンヌは真っ赤になりながら視線を逸らす。


 だがルヴァルトは逃がしてくれない。


「リュシエンヌ」


 名前を呼ばれる。


 優しく。

 愛おしそうに。


「俺の名前、呼んでください」


 その声に抗えるほど、もう彼女の心は強くなかった。






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