未来へ続く、秘密の細道
第五隔壁が開き、その内側に到達し、静かに進む。 やがて斜行エレベーターは第六隔壁の前に到達するも、それより以前から滑り降りる速度は緩慢と成り、停止した。
第五隔壁までとは状況は一変する。 第六隔壁に到達するも、隔壁は開かない。 今は斜行エレベーターは完全に停止し、全ての物音が消えていた。 その場で足踏みをする様なモノだった。 しかし、鬼人殿と私は、慌てる事も憤る事も無い。 全ては予定通りなのだ。 この状況を打破する手順は教え込まれている。 サーバント族との約束通り、あの金属板を用い運搬車の荷台に積まれている通信機のアーカイブに接触し必要な情報を取得する。
サーバント族の執事が語った通り、脳裏に分厚いマニュアルの目次が投影された。 目的の頁は、一目でわかる様に刻まれている。 作業手順書だった。 間違いなく、寸分の狂いも無く、それは作業手順書だったのだ。
作業者として一度でも、実際に手を動かしたモノならば、容易く内容を理解できるよう、懇切丁寧に一つ一つの手順が網羅されている。 私は、その手順を順序通りに遂行するだけなのだ。 何も難しい事は無い。
通信機背後の巨大なドラムから、通信線を引き出し、繰り延べ、先端の接合器を所定の場所に接続する。 全ては脳裏に送り込まれる手順通り。 本当に驚嘆に値するな、この索引機能は…… 幾つかの接合器が複合されてはいたが、それに連なる『通信線』自体は思ったよりも細く軽い。 魔力線が何本も束ねられている様な物だった。 必要な作業は、幾つもの壁取り付け口に接合器を差し込むだけ。
——— 複雑な結線作業は必要無かったのだ。
緊急時を想定して、そういう風に設計されていたのだろう。 古エスタルが使用していた『魔導通信』の理論から知ろうとすれば、年単位の時間を要する事は明らかだが、実際の作業は、単なるコネクター接続作業だけ。 作業を指示する手順書が有れば、結線作業など誰でもできるものなのだ。 只必要な事は、作業自体に間違いが無いかどうかを『確認する事』が最重要となる。
私の成す事は、その確認のみ。 正しい位置に正しい配線を接続するだけ。
最後に所定の点検を実施し、指示された釦を押し込む。 低い魔道具の唸りが起こり、幾つかの確認灯が煌めく。 手順書の記載通りに、順を追って次々に釦を押し込み、円盤を回し、点灯する確認灯が赤色から緑色に変わるのを確認する。
何の問題も感じなかった。 ……順調と云える。
頭の中に、接続手順が逐次提示されている感覚がある。 まるで、初めて使う機械を、マニュアル通りに動かす初回起動の様に…… 記憶の中にある、何も成せずに周囲に流され、日々淡々と業務に追われていた老人の記憶が刺激される。 そうか、そういう事か。 なぜ、サーバント族が私に『この作戦』を提示したのか。 心を読む事等は、いかな高度文明であった古エスタルの保全人達でも出来る事では無いが、あれだけの接触で私の『個』としての資質を…… 初めての作業も、手順書通りに愚直に遂行できると云う…… 私の唯一の資質だったモノを…… あれだけの会話を基に、前世の人格すら読み取っていたのか。
これが『仕える者』として、作り上げられた存在の能力なのか。
主人の『心情』や『思い』『望み』を読み、一歩先を立ち回り主人の思う事を実現する。 そういう風に組まれている『人工生命体』の真骨頂なのだと感嘆する。 人を視る眼が有るのだ。 そして、私は選ばれたのだ。 面映ゆい感情が浮かび上がる。 冷徹で感情の無い筈の『人工生命体』に、特殊状況下ではあるが、人格を評価されたのだ。
承認欲求と云うモノが、前世の私の中にまだ存在するならば、初めての評価に…… 涙を流して喜んでいるのではないだろうか。 誰にも顧みられなかった『前世の自分』が、あの世界を離脱し転生してから初めて評価されたのだ。 ……胸の内に熱い塊が生まれ、いまやそれが私を支配している。
最後に、一番大きな接続器の開閉器を引き下げる。 ブンッ と云う機械音が響き、頭の中にサーバント族の執事の声が響いた。 ざらついた声が脳裏に響く。 遠く離れた場所からの通信と云う事。 通話品質が距離と共に落ちている事を考えると、当然の事だった。
「接続、確認しました。 あちら側と、簡易通信機により交信を開始しました。 これにより、あちら側の状況が判明しました。 全ては、交信の手順を遵守した上で遂行した、確認作業が終了した事を意味します。 貴方達の事は、規定通りの承認過程を経て、あちらの主幹装置の補器に、『認証』が通りました。 貴方達は『監察官』と云う立場で、これより先は進んで貰う事に成ります」
「監察官? どういう事だろうか?」
「通信が仮復旧した今、あちらの主幹装置が機能を大きく喪失していた事が判明しました。 こちら側と同じく『三位一体』が管理しておるはずなのですが、その内二体が励起状態と成り、機能停止状態となっております。 再起動の必要性が生じているのです。 最後に残った『一体』は、過負荷状態の為、一時的に自閉症モードに移行。こちらからの呼びかけに答える事が出来なかった事が判明しました。 通常、『三位一体』の権限は委譲される事はありません。 ですが、機能停止中の『三位一体』では、通常の職務が遂行できませんので、一体何が『繭』で起こったのかを、『人の目』を通し監察して頂きたいのです」
「……よくわからないが、あまり良い状況ではないのだな」
独り言のように、そう口にする。 作業を見ていた鬼人殿が、再開された会話に乗って来た。 巨大な得物を肩から降ろし、臨戦態勢を整え周囲に警戒の視線を投げつつ言葉を綴る。
「敵対してくんのか?」
「あちら側の周辺端末が、貴方達を『監察官』として認識しました。 外部保全機構の私達が送り込んだ、別種の種族だと云う事も理解しております。 排除対象からは除外されている事も確認しました。 不測の事態が起こらない限り、敵対行動はしないと思われます」
「狂った機械が相手だ…… まぁ、せいぜい気を付けていくぜ」
「よしなに」
第六隔壁はそれまでの隔壁と同じく、音も無く開いていく。 私達が乗っている斜行エレベーターは完全に隔壁が開き切った後、ゆっくりと動き出す。 通信線はドラムから送り出され伸展して行く。 命綱の様な物だと苦く笑う…… 鬼人殿も同様の感想を持ったのか、その引き出されて、伸びていく通信線を見詰めつつ、言葉を紡ぐ。
「細い、『蜘蛛の糸』だなぁ、おい。 我欲を出して切らんようにせにゃならん」
「お釈迦様からの救済ですか?」
「この世界に当て嵌めたら、この世界の神様からの『神勅』と『加護』って事かな、アハッハッ! まぁ、これも金床野郎の手の内なんだろ? 提案に乗ったんだ、抗う事は出来ねぇ。 さて、また『イド』濃度が上がってきやがった。 まさか、『イド』が飽和して固まって浮かんでるところ目にするとは思ってなかったぜ……」
『魔力濃度計』は振り切れていた。空間に含有できる含有可能密度を越えていた。状況を私が知る事柄に比較すると…… 夏の暑い日の日中、石畳が熱く熱せられた所に通り雨が過ぎたあと、まだ日が天空に有るならば、降った雨が直ちに蒸発して、身体にまとわりつく様な湿気となる。 アレは相当に不快だ。 雨など降っても居ないのに、ただ歩くだけで着衣がしっとりと濡れてしまう様な、むっとした盛夏の昼下がりの街中。 感覚的には……
似ていると言えば言える…… そんな感じか。
目前の空中にに漂う…… 鮮やかな紅き『輝点』。 魔道具を通してみれば、周囲よりも際立って赤い。 実際に目にすれば、白いのだろうが、今の私の視界には、赤く輝き発光しているが如く映し出されているのだ。
これが、魔力が飽和して凝縮した形なのだろう。
今、私達を包み込む空間魔力量がどれ程のモノなのか……
———想像もつかない。




