合一する、私の『本懐』、彼の『神勅』
前世に於いて、思うがままに生きて来た彼にとって、この世界は牢獄も等しい筈だった。 しかし、彼自身、そんな事はどうでも良かったらしい。この世界に生まれた『彼』は、『この世界』でも、やりたい事を誰の掣肘も受けず、したいようにして来たと豪語する。それは、前世の生き様をなぞるがように。
……だが、行為は同じでも、精神や周辺状況はまるで違ったと、彼自身が語った。
前世での閉塞感を感じる事は無かったと云うのだ。 前世では、身分に縛られ、偏見に縛られ、模範とされる品行方正な人物に強制され、高度な教育を強いられたらしい。 自身が辿る道を最初から決められ、それから逸れる事を『悪』と決めつけられ、自我を否定され、自身が何者かを問う毎日だったと語った。
そんな生活を厭うが故に、自堕落で怠惰で享楽に満ちた人生を送っていたと『告白』したのだ。
その事に付いては、後悔は無いと言い切っている。 ただし、他者を貶める悪意はなかったと、彼は言う。 結果的に…… 他者の『善意』までも汲み取る事が出来ず、独善に陥り、他者を慮る事をしなかった。 ただただ、悶々とした自儘な日々を過ごしていたと……
「期待されてねぇ、其処に居るだけで皆に避けられる。 そんなの前世じゃ考えられねぇんだ。 誰にも強制されず、自儘に思うがままに生きる事は、爽快だろ! 俺の最大の幸運は『忌み子』だってところだ。 過酷な環境の中で生き抜ける『体力』も『魔力』も、何もかもが生れ落ちたその日から俺に備わっていたんだ。 普通じゃねぇんだ。 見ての通り、体躯だって強大だ。 生まれつきだぜ? こりゃ、何やっても構わねぇって言われたようなもんだ」
「他者を貶める事は無く?」
「いじめは嫌いだ。 なんで、他人と比べなきゃならん? 持って生まれたモノを、本人がどうしようもない事を、挙げ諂うのは、性に合わん。 そいつが生来持っていたモノでは無く、自身で獲得したモノが邪悪ならば、容赦なく叩くがな」
「成程、そういう事ですか」
「そういう事だ。 自身の行いは信賞必罰、自業自得。 前世の行いでそれは魂に刻み込まれている。だから、神より受けし『神勅』を素直に受けたんだ。 この世に生まれた『理由』とやらが、ストンと腑に落ちたってところかな」
「故に、私は前世の記憶を基に、鬼人殿の役割を『賢者』と見ておりますよ」
「『遊び人』から『道化師』、そして至るは『賢者』への道? なんのRPGだっけかな?」
「忘れました。 しかし、その様に考えると、これも神の御心かと」
「他の世界から流れ着いた魂に与えられる神命と…… 言えるのか?」
「分かりません。 分かりませんが、そう云った側面もあるやもしれませんね」
「ちげぇねぇな。 まぁ、おいらは未だ『賢者』には成ってねぇな。 だから『道化師』で十分だ。 それだけでも、気が楽になる。 世界を背負わされるには、俺は『ちっぽけ過ぎる』んでな、カッカッカッ!」
カラカラと朗らかに笑う鬼人殿。 この達観は何処から来るのか。 それすらも、掴み切れないが、一つ確かな事が有った。 この 『全てに於いて行動の自由を封殺する、全く違う世界』は、彼にとっても『福音』とも云える世界であった。 誰にも祝福されず、誰にも期待されず、誰にも顧みられないと云う事は、彼にとって『魂の自由』を手に入れたと同義だったのだ。
生きる意味。
生きる意義を見出す為だけの生。 そして、この世界の神より授けられし『神勅』が、彼の『行動の指針』と成った。鬼人族の異端として、神より名付けられた『真実を視ても尚、揺れぬ者』として、自身が『道化師』の役割を得たと、そう認識したらしい。
常識を疑い、状況の全てを疑う『道化師』の役割を認識した彼は、『魔王討伐行』の中で、自身が成すべき事柄、最終目的だけは忘れる事が無いようにと。 『決して揺れない目標』を心内に持った。 故に鬼人族の彼は、正に最強とも云える。芯が振れないのだ、どんな状況に於いても。 世界の趨勢を視、最善を模索し、種族の常識すら無視しながらも、大義を忘れぬ強大な個性。
——— それが、この世界の神が彼の鬼人殿に願った事柄。
この世界が過酷なのは神様ですら認めておられる。 故に、この魔物魔獣が闊歩する、魔法と剣の世界に於いて、生きとし生けるこの世界の住人の全てが少なくとも『生きる場所』を持てるようにする事が、この世界の神様にとっての願いそのもの。
共存とか、共栄とか、繁栄とかは、少し横に置いておいて、少なくとも生活圏を確立できるようにする事が、私にとっても、彼にとっても『本懐』であり『神勅』であり、存在意義と成った。 私とは、生立ちや、前世の記憶では隔たりが有る。 前世では、何も持たず、何にも成れず、ただ無為に生きていた私とは大きく違う。 が、この世界に於いて、自身の生存の意義、存在の意義を模索していた事は、ほぼ同一と云っても良い。
——— ならばと、私も前世を開陳する。要する時間は隔壁一枚分。何も成し得なかった私に語る前世など、多くは無いのだ。
「私の話もしましょうか」
「おうよ。 同じ流された魂なんだ、こんな珍しい事は有るまいて。 同じ様な魂の持ち主に『話』を傾聴するよ。 それによ、どうやら…… オメェは俺とは、同じ国、同じ時期から、放逐されたらしいじゃねぇか。 言葉の端々に、それが感じられるからな。 さて、話してもらおうか。 オメェの隠している事、全部をな」
「敵いませんね。 分かりました。 言葉を飾る事無く、私の魂が記憶する全てを御話しましょう。 我が佳き人に話せなかった生立ちも含めて」
「なんだか、不穏で過酷らしいじゃねぇか。 まぁ、そう云った奴らは前世の仲間にもいたしな。 拝聴するぜ」
鬼人殿は『殊の外 真摯に』私の語る前世の物語に耳を傾けてくれた。 鬼人殿の前世との相違は…… 多々ある。 いや、土台が全く違うと云える。 がしかし、己の存在と本懐の在処は、何故か似通っていた。この世界で自由に生きている彼と、この世界で真摯に自身の役割を熟そうと努力している私。 その二人が、望んでいる世界の在り方が『ほぼ一致』している事は、『諧謔』の一言に尽きる。 個人の体験から来る『大いなる差異』は、同一の『大いなる目的』の前に些末な違いとしかならないのだ。
——— そう認識した。
だからこそ、私はこの異種族の鬼人殿と手を取り合い、『無明の闇』を前進する。 私は『本懐』に従い、この世界に人族の生存圏を確立する。 少なくとも私はそう思う。 鬼人殿も、きっと同じだ。 鬼人族の子等が生きていける場所を護るために。 故に、この先の行動も同一となる。 サーバント達の提案を受け入れ、『繭』の中の彼等の主人が、不必要なまでの大地からの『魔力』の汲み出す事を止めて貰う。 旧に復する…… 必要なモノを必要なだけとして貰いたいのだ。
さすれば、時間と共に『問題となる事柄』の、多くの部分が解消できるのだ。
手業で作り上げた『マスク』を鬼人殿に手渡す。 形状を見て、一発で理解した鬼人殿は、『マスク』を想定通りに着用してくれた。鼻と口を覆う。 鬼人殿の体内に入る『魔力』は激減する筈。 よって、彼の『凶戦士化』の危険は大いに減じる事となったと思う。 そして、それは即ち、この世界に生きとし生ける者達に、未来と云う『光』が置けると云う事なのだ。
だから、この状況下に於いて私は…… 恐ろしさよりも強い使命感を持って事柄に対しているのだ。
——— 此れこそが、私の『本懐』なのだから。




