奇妙な関係
サーバント族の侍従達の姿が消えた。 運搬車は完全に地面に対し固定され、動力は一切を切られた状態と成った。 厳重に幾重にも動力部分は、膜の様な物で覆われ、外気と遮断されていた。 きっと、サーバント達は、此れから向かう場所が如何に魔導技術に対して危険な場所なのかを熟知しているのだろう。 私達も気合を入れ直さねば成らない。 全ての準備は整ったようだった。 サーバントの執事が言葉を紡ぐ。 脳裏に刻まれる言葉だった。
「このまま、車両ごと地下連絡道へと侵入します。 車両は固定しておりますので、車両を動かす必要は御座いません。と云うよりも安全上、決して作動させないでください」
「卿は…… どこまで随伴されますか?」
「私は、この進入路に入る職権を有しておりません。 こちらのモニター室にて待機します。 通信は、第六隔壁直前までは届きます。 それ以遠は……」
「理解しました。 第六隔壁から、第十隔壁までは、卿とは違うサーバントが職掌と云う事ですね。 最大限の注意を払うのは、第六隔壁以遠。 そして、『繭』は、第十隔壁の向こう側と云う事ですね。 つまり…… ここから、『繭』までは十隔壁。最後の隔壁を抜けたところが最終目的地と云う事。 その様に理解しましたが?」
「正しい認識です。 第十隔壁の向こう側は、『繭』の最上部と成ります。 其処が管理棟と成ります。 幾本かの立て坑があり、其処から『繭』の居住区に向かう事が出来ます。 しかし、それを使用する必要は御座いません。 内部の主人達を観測する為だけならば、床面が『繭』内部への『観察用窓』となっている部分も御座いますので。 内部を見る…… 状況を理解するにはその窓を利用すれば宜しいかと存じます」
「了解しました。 通信機の接続は、その管理棟にて行うのですか?」
「いえ、違います。 第五隔壁を抜けた後、其の区画に有る接続点に接続して頂きたい。 お渡しした索引手順書に従い、通信機と接続して頂ければ、問題は御座いません。それより後は、この通信機により通信を確保致します」
「あのドラムは……」
「簡易設置型の通信線を巻き取っております。 第五隔壁内側から、第十隔壁を抜けた制御フロア迄届く長さを有しております。 手順としては、第五隔壁を越えた場所で、一旦止めます。 所定の場所に接続して頂き、あちら側で生き残っている補器の承認が取れ次第、下降して頂きます」
「……隔壁が閉まれば途切れてしまいませんか?」
「仮構築です。 仮接続した後は、こちら側の要望と指示で各隔壁は開けたままと成ります。 制御フロアに於いて、彼方の主幹装置と会話出来れば、本来の通信線を使いますので、問題は御座いません」
「成程。 理解しました。 仮線の設営と云う事ですか。 それならば、問題は御座いませんね」
「ご理解が早く、有難いです。 さて、準備が整いました。 私はこれで…… 御安行を」
サーバント族の執事が私達から離れる。 鬼人殿はその場にドカリと腰を下ろす。 頭上を仰ぎ見て、巨木の樹冠が大空を覆い、緑のドームとなっているのを見詰めていた。 大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。 吟味するようかの表情だった。
「『イド』が濃いな。 耐えられない訳ではないが、此れから徐々に濃度が上がる。 この先…… 耐えられるか、分らん」
「マスクの予備は在るが、使用するか?」
「俺に使えるか?」
「その辺は、まぁ。 機能、機構は理解しているので、仕立てるのは難しくはないな」
「なら、頼む。 狂戦士化は避けたい」
「承知した」
ゴウンと、大きな音がした。何かが外れる音がする。 静かに沈み込む地面。 このまま垂直に降りるのか? そう思っていたが、数メルテ下がったところで、地面は止まる。 トレーラーの前方の壁が前に移動し始める。
——— 其処からの光景は、圧巻そのもの。
斜め下に向かって、黒々とした穴が口を開ける。 暗闇は、両方の側壁に埋め込まれた魔法灯が次々と点灯して、明るい道となった。 ただし、其処には、道らしきものは無く、巨大な軌条が有るのみ。 歩いて上り下りする事は想定されていない…… 唯一の移動手段と云う事か。
魔法灯に照らし出された道がずっと地下深くまで続いている。 遥か先を全て見通す事は出来ない。 隔壁と云う名の壁が有る事は判っていたが、そこまでの距離を、この場所から見通す事は出来なかったのだ。
地下へと続く光の道。
床面はトレーラーを乗せたまま、その斜行路を滑り降りていく。ある程度の加速が有り、その後は等速で降りていく。重量物が動いているとは思えない程静かで滑らかで…… 私が知る王国の技術水準を遥かに凌駕した光景。 古エスタルの『技術の粋』を見た気がした。 鬼人殿が言葉を紡ぐ。 サーバント族の執事の姿はない。 明け透けな、彼の言葉が脳裏に響く。 それは、何かを私に伝えようとしているかのように。 よって、私も、それに応える。 もはや秘匿するべきではないのだ。
「かぁ~ マジか。 マジで、まんまじゃねぇか」
「超能力戦でも始まるのでしょうかね」
「ちげぇねぇ。 下の住人は、全部バラバラになってて、ホルマリン漬けになってるってか?」
「若しくは、肉体を捨てて電脳の中に存在しているとか。 復活の日には、原形質から再構築しその中に入るとか?」
「おめぇ…… この世界以外の記憶持ちなのか? 当たりを付けるのに、こんな会話を挟んだのか?」
「そういう、鬼人殿もでしょう。 度々口にされる言葉が、この世界のモノとは異なります。 ……自身の事は、『愛しき妻』以外には、話すまいと思っておりましたが…… ここは、腹を割って話しておいた方が良いかと勘案します」
「ちげぇねぇな。 ここから先は、神のみぞ知る。 いや、この世界を何とかしたくて、こっちの神様が誘ったと云えるのか。 それが、『使命』であり、『神勅』であり、あっちの神様が与えた『罰』でも有る…… 」
「貴方も私と同じように、『罪』に問われたか?」
「前世の神とやらにな。 と云う事はオメェもか?」
「……話をしましょう。 どのみち、到着するまで、時間が掛かるのですから」
「そうだな。そのようだ。 それじゃ、俺の事情から…… 話すか」
動く斜行エレベーターの端に立ち、行く先を見詰めつつ、鬼人殿は自身の過去を語り始めた。 長くも有り、短くまとめたモノであり、その内容は驚嘆に値した。 まさに、波乱万丈とも云える……
———『前世』の話であった。
鬼人殿の話は、第一隔壁から第三隔壁の間…… 私はその話を聞きながら、鬼人殿の顔に合うマスクを造っていた。 手を動かしながらも、頭に響く鬼人殿の声。 彼の前世は私には『理解しがたい』とも言えた。 前世の鬼人殿は、栄耀栄華を約束された人物であり、そのくせ傍若無人を体現した人生でも有ったと理解出来た。 長くもあり、何処かで聴いた様な話でも有り、そして、最後の時は『私の事情』と酷似していた。
違う所は、私が無為に過ごした為にこの世界に墜とされたのと違い、彼の場合は己の欲望に溺れ、『魂』が汚れ切っていた為に墜とされたと云う所。 大層な家柄であると同時に、凄まじい資産家であったのに、全てを無為に使い、権力によって他人を支配し、女性関係は淫猥と乱交を極めたとか。 それが故に、元の世界で輪廻するには罪が重すぎ、 『全てに於いて行動の自由を封殺する、全く違う世界に、産まれて貰う』と神に告げられたと云う事だった。 この世界で『重ねた罪を償う為』に墜とされ来たと……
彼の場合は、この世界に生まれた時に、更なる罰則を与えられていたと云う。 『忌み子』として、この世界に生を受けたのだと。 庇護される事も無く、蔑まれ、社会から疎外される生まれであったと、そう鬼人殿は語る。 権力も権能も資産も何もなく、ただ、生存本能のままに生きるしか無かったと、笑っておられた。
——— 何故笑えるのか、私には理解出来なかった。
しかし、その苦難の連続の様な生き様を、この御仁は楽しんでおられたのだ。 まさに、驚嘆に値する。 何故に腐らず、自暴自棄に成らず、己の生立ちを恨まず…… この様な真っ直ぐな漢と成ったのか。
振り返り、私はとても…… 今世では、とても恵まれていた。 家族を愛する父上と母上。 難しい性格をした私を心配して呉れる兄上達。 慕ってくれる兵達。 慈しんでくれた爺。 笑い合える街の者達や、幼少期からの友人達。 それに貴族社会の中にも、知己を得る事すら出来ている。 『朋』が居る。 なにより、私には帰るべき場所としての『我が愛しき佳き人』が居るのだ。 それも、我が子をその身に宿しているのだ。 皆を愛しているのだ。 そして、愛されても居たのだ。 これ程の幸運は無い。 鬼人殿とは大きく違う所でも有るのだ。
最悪の中での最善を得た私
最悪の中での最悪を与えられた鬼人殿。
その差異が何処に有るのか。 私達をこの世界に追放した前世の世界の神は何を望んでいたのか。 そして、この世界の神は私達に何を期待しているのか…… 分からないことだらけだ。 だが、私はこの鬼人殿の為人を好ましく思う。 逆境を逆境と感じる事無く、逆境こそが魂の開放であると、そう捉える事が出来る性格は、私が知る前世の者達とも違っていた。 そんな御仁にとても強く興味が湧いた。
多少、おかしく思えるかもしれないが…… 事情を知る全ての者が眉を寄せるかもしれないが…… 私は少なくとも私はこの鬼人殿との……
——— 友誼を望む。




