「古エスタル」の大都市
「接続方法は、わたくしの知識から、貴方に直接お渡し致します。 通信機の制御部分の一部に、アーカイブを仕込みました。 何時でも参照できる筈です」
「貴殿は、私の不安を読み取ったか? コレは…… 『記憶の鋳型』を造ったのか?」
「貴方が有していた、“ 意識を『イド』の波に変換する魔導術式技術 ” です。 貴方に操作方法を伝える手段を考察した結果、最も簡易で、最も効率的手段だと、決しました。 これで、貴方が惑う事無く手順を遵守し、臨時緊急接続を成して頂けると、我等は考えました。 コレは、その手順書と思って頂いて結構です。 機構の全てでは無く、その操作方法の索引のみを『記録』したモノを用意しました。 使い方は、御自身がご存知の方法と同じです。 此方の技術に落とし込みました。 ……この魔導板をどうぞ」
手渡される一枚の『金属板』。 緻密な魔導回路と一緒に、記憶術式がびっしりと綴られていた。 これと意識を共有するのか? 直接頭と接続するのか? 一気に知識と知恵が流れ込んできて、私の頭が持つのか? 対応できず、脳が破壊されはしないのか? その様な危惧を持つような、シロモノであった。 私の困惑を見て取り、サーバントの執事は薄く嗤う。 何も問題も無いと云うように、言葉を紡ぐ。
「索引手順書として、整備しております。本体側の膨大な資料は、通信機側に収められております。 こちらは索引となるだけ。 必要となる箇所には、手順通りに最初から付箋を入れております。 我等の作業用義体も、高速通信と大容量短時間記憶に対応していない者も多数おりますので。 本を読む様に、目次から必要と思われる場所を開けるようにしてあります。 それをそちらの技術に落とし込みました。一気にすべてでは無く、手順に従う作業のみが開示されます。でありますので、順次作業できます。必要な部分のみを『読む』と云う感じでしょうか…… 願えませんか?」
「ふむ…… それならば、何とか出来るかもしれません。 承知しました」
「宜しく、ご対応の程を…… 我等が希望ですので」
私達はそのまま歩を進め、透明な壁面に設えられた扉を抜け外に出た。 魔の森の中と同様に、鮮烈な空気を感じた。 何処までも均一に舗装された美しい道が左右に続く。ゴミ一つ落ちていない、生活感に欠ける…… 街並みと云える。 何処までも人工物が続くのだ。 その街路の間々に天を突く巨木が立ち、強い日差しを和らげている。 なんともちぐはぐな印象を受けてはいた。 前世をしても、此処までの都市を私は知らない。 前世に於いて、私は山の中の廃れた工場とその寮の間で人生の大半を過ごしたのだ。 雑誌や書物でしか大都会を知らぬのだ。
促されるまま、トレーラーに乗る。
運転席は高く見晴らしがよい場所であった。 鬼人族の彼は、その巨体故に荷台の方に乗り込む。 改造された【念話機】のお陰で、隣に座っているも同じだ。 サーバント族の執事は、実に滑らかにトレーラーを運転し始める。 大きな排気音はしない。 まるで電気モーターの様な音がする。 これも又、一種の魔道具と云う事か。 内燃機関も捨て去っていたと云う事か。
——— 古い異界の記憶にある技術ツリーなど、一つも役に立たないと事が此処に確定した。
トレーラーは、私達を沈黙ごと運んで行く。 道の両側にある建物は高層建築物から徐々に中層、そして、低層へと移り変わっていく。 やがて一軒家の街が出現し、見渡す限りの家々が視界を覆い尽くして行く。巨木は其処彼処にあり、樹冠を並べ巨大な緑のドームを形成している。 遠目に見れば、森に沈んでいる様に見えるだろう。 良く計画された都市景観と云えた。 人工物に覆われた大地を、森と云える巨木の下に隠していると…… 遠望しても、全ては森の下に隠されていたと云う事だ。 千年の時の重みが、目の前にあったのだ。
「凄まじい光景です」
「主人の帰還を待ち続ける我等がこの環境を作り出しました。 外敵の脅威は、其の目を欺く事で躱す事も可能なのです。 何事も…… 準備と計画と試行錯誤の連続です」
「でありましょうな。 自然との共生が実に良く体現されている」
「そう云って貰えると、管理者の矜持を擽られますな。いや、誉め言葉として受け取りましたが?」
「実際、驚嘆に値します。 これ程の街並みが樹々の樹冠の下に有ったとは…… この光景を確認できただけでも、探索の甲斐はあります」
「左様ですか…… そちらの生活も、我等の知識には御座いません。 いずれ…… お教え願えたくも有ります」
「個人的に?」
「ええ、個人的に」
諧謔味を覚える。 群体の中の一個体が、個人的に興味を覚えると云うのだ。 私が話す事柄は、いずれサーバント族全体に共有され、何らかの意思決定の糧となるのだろう事は間違いない。 下手な事は言えない。 私の口は自然と重くなるのだ。 トレーラーはそのまま郊外へ続く道へと走り込んで行く。 周囲には他の乗り物は無い。 無人の街を行く、運搬車両。 この様な情景の中に自身が居る事自体が、未だ信じられずにいる事も、確かなのだ。 此れでもまだ都市の中枢部を出ていないらしい。 鬼人殿の小さな呟きが知らせてくれる。
“ こうなっていたのか……。 いやはや、どんだけデカいんだ、この都市は。 俺達がこの地を目指して、地上でのたうっていたのは、もっと遠い場所だったんだな。 なんつう奴に、喧嘩を吹っかけてたんだ。 クソッ! こんなんなら、受けなきゃよかった。 ……なんかもう、どうでもよくなって来たぜ ”
私達を乗せる運搬車が直線路を走り続ける事おおよそ一刻。 目の前に、巨大な施設が見えて来た。 外観は…… 『闘技場』 何らかの競技施設とおぼしき建物。 咲き誇る文化の息吹を感じる様なその様な建物だった。 いや、巨大な施設なのだ。 此れと同じようなモノを我等が得るには、どれ程の刻が必要なのか…… 少々、胸が悪くなる。 その時、小さくサーバント族の執事が言葉を綴る。
「そろそろ、到着します。 唯一、『繭』に繋がる道の端に」
サーバント族の執事が、実直そうな声が脳裏に刻まれる。 大きく『闘技場』を廻り込む様にトレーラーは進み、地面に対し、地上に描かれた円形の地上絵とも云える場所に到着する。幾人かのサーバント族の侍従達の姿が見える。 周囲の建物と比べると、小さな建物中にも幾人も居た。 急いで準備をしている様子が手に取る様に判った。
やがてトレーラーは所定の位置に停止する。 やはり無言でサーバント族の執事が運転席から降りる。 周辺に居た侍従達がトレーラーを地面に固定し始めた。
私も運転席から降り、執事の隣に佇む。 鬼人殿も同じように荷台から降り、我等の側に立つ。 周囲を見渡した鬼人殿は、小さく呟く。
「これで、斜行エレベーターなら、あのアニメとおんなじだな」
思わず苦笑が漏れる。 意図的に発した言葉なのだろうか? それとも、私に何かを伝える為に発した言葉なのだろうか? 奇しくも、私をして『同じような感想』を持っていたのだ。 勿論、サーバント族の執事は、そんな感想を持つはずも無く、此方を不思議そうに見ていた。
コレは、一度、本気で鬼人殿とは対話しなくてはならない。 彼のこの世界での『立ち位置』を確定し、私の本懐と擦り合わせねば……
——— 将来の憂いとなる事は必定である。




