『提案』の行方
広大な下水処理施設の壁面。 何の変哲もない灰色の壁の前に立つサーバント族の執事。 振り返り、私達に向かって神妙な面持ちで言葉を紡ぐ。 機密にも等しい事項なのだろう。 彼の権限の限界を超えた行動なのかもしれない。 決断は彼だけのモノでは無く、群体の意思を示していた。
「この場所は、上部地上部へ続く道です。 この場所を利用できる者は、我等だけなのですが、今回は特別に許可を出します。 我々の提案を了承して頂いて誠にありがとうございました。 我々だけでは、完全に手詰まり状況でしたので、貴方達の存在が状況を推し進める『鍵』と成りました」
「理解しております。 それなりの覚悟は決めております。 私も、探索隊の指揮官としてでは無く、人族としてサーバント族の提案に首肯したのです」
「鬼人族としては…… まぁ、無駄な命の遣り取りが無くなれば、御の字だし、族滅の危機を回避できるのならば、此れに勝る『魔王討伐行』は無いんだ。 別に、魔王…… いや、サーバント族に対し、何が何でも死滅して貰わなきゃならん…… と、云う訳じゃない。 冒険譚としては、いささかクライマックス感が無くなるがな。 しかし、真の目的を考えりゃ、『イド』の汲み上げを緩和して、時間と共に『空間のイド濃度』が、ちと下がれば、言うことは無いんだ。 生活圏が安定する事と、身体大変容が、その辺の魔物やら魔獣が起こさなきゃそれで十分なのさ。今なら、まだ間に合う」
『真実を視ても尚、揺れぬ者』と神より名を与えられた鬼人殿。 まさしくその様を見せつけてくれた。 もし、此れが『賢き者』、『折れぬ心を持つ者』、『勇気ある者』ならば、その使命、神よりの託宣、自身の矜持から、サーバント族との最終決戦を決断していたであろう事は明白。 真実を見ても尚、自身の目的を忘れず、この世界の綻びを正すのだと云う強い意志を感じた。 それは、正しく『賢者』の立ち位置。 前世の記憶の中でのファンタジー小説の中にあった、ある特別な職種について思い浮かべる。
『遊び人』から『道化師』を経て『賢者』に至る道筋。
俗にいう『トリックスター』。古き常識、固まった通念を打破し得るのは、そういった類の精神構造を持っている者が必要だからだ。 鬼人殿は、自身の事を『忌み子』だと言う。 鬼人族の中でも異端なのだろう。だからこそ、彼等の社会の中で、彼等の常識を常に疑う姿勢が出来ていたのだろう。 それにもう一つ……
彼の言動から、私は特殊な可能性を見出していた。
灰色の壁の前に立つサーバント族の執事。 壁に掌を当て、口の中で言葉を紡ぐ。 古代魔導言語とおぼしき響きが、頭に響く。 発動は密やかに。 両開きの二枚の扉が、突如として現れ開く。 中は、さして広くはない。 ただ、我等三人が入るのには十分な広さが有ったと云うべきか。誘われる様に、その小部屋に入ると、扉の傍らに立つサーバント族の執事。 壁面に並ぶ釦の中央部を押し込む。 上下には数字らしきものが並んでいるが、其処だけは文字列だった。 目聡く、私の意識を向けた方に気が付いた鬼人が小さく呟く様に語り掛けて来る。
「高速エレベーターって奴か。 地上階への『ご案内』ってこった。 多分、ありゃ『ロビー』とか『エントランス』って書いてあんだろうぜ。 つくりは、同じなんだよなぁ…… 俺の知っている世界と」
「そう…… ですか。 ではコレはどれ程、高みに登りますか?」
「想像するとだな、まぁ、この街の管理区域に直通だろうし、かなり…… 高い場所まで行くんじゃねぇか?」
「『塔』の上層部…… でしょうか?」
「そんな所じゃね? 俺達が足を踏み入れていい場所じゃねぇらしいし、其処に『ご案内』って事はねぇだろうし。 まして、俺は金床野郎に一度“敵対した鬼人”だろ? 安全を考えても、入れねぇって」
「そうですか。 この都市を一望できる場所ならば、後学の為にこの目に焼き付けたかったですね」
「無理を言いなさんな。 まぁ、『繭』との接触が出来りゃ、その報酬に見せてくれるかも知んねぇけどな。 あてにしなさんな」
「期待はしませんが、望みは繋いでおきます」
「それくらいが、いいんじゃね」
小声での戯言は、サーバント族の執事の耳にも入っている筈だが、軽口に乗ることは無かった。 扉が閉まり、軽い上昇感覚に捕らわれる。かなり速いと体感できる。周囲に窓一つ無い為、完全に感覚でしか無いが、揺れる事も無く、酷い音がする訳でも無く、滑る様に上昇している感覚が続く。 加速が均一で有り、素晴らしく制御されていると云っても過言ではない。
王国ではこのようなモノは実用化されていない。 王城の様な巨大な建物でも、荷物用に昇降機が実用化されたのですら、近年になってからだ。巨大構築物に関して、まだまだ加工精度が高くない王国の現実。 人が乗り、安全に事故なく運用するには程遠いのだ。 もし『朋』が同席していれば、制御盤をばらし始める事は…… 想像に難くない。 面体の下で、思わず笑みが零れ落ちる。
やがて上昇する感覚が鈍くなる。 速度を落とし始め、そして停止する。 上下の運動に対しての加減速が、滑らかに統一されている。コレはきっと魔導術式による制御なのだと理解する。 あの金属板…… あれが、全ての基本となっているのだろう。
私達を乗せた小部屋は、止まるべき処に止まり、扉は開くべくして開いた。 眩しい陽光が、飛び込んで来る。 広く開けた場所に我等は到着した。磨き抜かれた床は漆黒の黒曜石の様。立ち並ぶ柱は純白の大理石の様。一片のゴミも、埃すらも見当たらない。 周囲を見回し、何故か安堵が心内を占める。 ……もっと、廃墟となっていると思っていたからだ。
「へぇ…… 綺麗じゃん。 保守点検が行き届いているってこったよな」
「はい。 この場所は、退避から御帰還される主人が一番に入られる場所です。 『繭』に退避される時も、この場所から出発されました。 故に、この場は最重要管理区域となっております」
「成程ね。 千年以上も『ご苦労』なこった。 劣化も崩壊も見られない、『古代エスタル』の施設なんざ…… 奇跡としか言いようがねぇな」
「……不断の努力と勤勉と…… 想像を絶する知識と知恵の産物なのでしょう。 古代エスタルとは…… 偉大な国家であった証左でしょうね」
「……それでも、滅んだがな。 肥大した欲望に飲み込まれ、愚策を弄した結果の自業自得で…… だがな。 だが、その世界を脅かす『愚策』は、今も続いている。 ……はぁ、遣り切れんな」
鬼人殿は大きく溜息を吐き、背負った得物を無造作に揺する。 視線は前を向き、硬質なガラスを思わせる透明な壁面の外に固定されていた。 私もその方向に視線を向け、透明な壁面の向こう側に鎮座するモノに意識を向けた。
一台の運搬車。
前世の記憶の中にある、重量物を運ぶ大きな車と酷似したモノが鎮座していた。 荷台には巨大とも云える箱状の物体が乗っている。 その後ろ側に、ドラムに巻かれた電線らしきものも観察できた。 そうか、此れが彼の云う『通信機』と云う訳か。 どちらかと云うと移動式の変圧器に酷似している。 捌く通信量が途轍もなく大きいのだろう。
コレを…… 簡易的に通信線と繋ぐ…… だと? 良く云うな。
基幹配線との接続と成るのだろう。
要望は理解したが、技術的側面は、私の手に余るぞ?




