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任務の行方

 

 敬礼と答礼を交わし、万感の思いを交わした後、帰還部隊の指揮官に選出した猟兵長に、重ねて命じる。この『探索』任務の最大の目的は、森の情報を持ち帰る事。 個人個人が感じ、そして得た森の情報を、細大漏らさず持ち帰る事。 王国より頂きし密勅の任務は重い。



「よいか、全員を無事に帰還させよ。 誰一人欠ける事も無く、誰一人見捨てる事も無く」


「重き任務です。 ですが、御信頼に応えねば成りますまい。 今一度、射手長と交わされたお約束、帰還命令に従う全ての『探索隊』の者達と交わして頂きたい」


「……必要か?」


「必要です」


「是非もない。 よかろう。 私は、皆の元に、何が何でも帰還する。約束を違える予定は無い。 神に誓ってこの誓約を遵守する事を誓おう」


「有難く。 皆、良いか。 進発は三刻後。 既に策はある。 輜重長、準備は宜しいか?」


「応!」


「衛生兵長、射手長を頼みます」


「承った」


「指揮官殿。 隊をお預かりいたします」


「頼んだ、猟兵長」


「ハッ!」


 皆の帰還準備と共に、私もまた進発準備を始める。 指定された部屋に戻り、輜重隊が運び込んだ輜重荷駄を開梱する。 ……念には念を入れねば成らない。 予備の装備装具を手に、これからの作戦に思いを馳せた。 ……どのくらいの時間が掛かるかわからない作戦行動となる。 装具も装備も手探りでしかない。 宛がわれている部屋に付属する、浴室で湯を浴びる。 下着を付け直す。 予備に持っている新品だ。 まだ、この場所の魔力の猛威には触れていない。 ふと、『死に装束』などと言う不穏な単語を思い出してしまった。 黙々と装備装具を点検していると、傍らに『我が佳き人』が居た。



「深き場所に潜られるのですか?」


「そうなると思う」


「辺境伯様の作り上げられた下着は二重に。 面体の濾過紙は三重に。 (メティア)は、試験的に魔力遮断塗料アンチマジックペイントを塗ったモノで。 手甲(ガントレット)軍靴(ブーツ)も同様のモノを…… 獲物は貴方にと特別に打たれた長剣を。 背嚢は第一種行軍形式に。 追加で腰鞄(ポーチ)は、私が使っているモノを」


「有難い。 それに…… 君が肯定して呉れなければ、意見は割れていた」


「『世界の危機』と言葉にされました。 貴方がどれ程、故郷をそして『この世界』を愛しているかは存じております。 故に折れました。 しかし、お約束はお約束です。 守って下さい」


「分かっている。 『善処する』などとは言わない。 必ず帰る」


「私は…… 貴方さえいれば、この世界などどうなっても良いのですよ。 本当の所、このまま貴方に付いていきたい。でも、私には重大な任務が課せられた。 次代を産み育てる…… 貴方が生きた証を私は宿したのです。 だから、折れました。 でも、諦めてはいません」


「……」


「……我欲だけで動かれるのでは無いのでしょ? 貴方の愛は、大きく深く遠いのです。 それは、最初から知っております。 だから、貴方の邪魔はしない。 ただ、側にずっといたいだけなのです。 私は…… 欲深で、我儘な女なのです」


「知って居る。 だからこそ、愛おしい。 護りたい者に護られねば成らない不甲斐ない漢で済まない」


「その様に思って頂けるだけでも、私は幸せです。 さて、いってらっしゃいませ。 世界を救いに…… そして、晴れやかな笑顔での御帰還、お待ち申し上げます」


「分かった。 では、行ってくる」



 互いの顔をじっと見つめ合う。 今生の別れ…… などとは言わない。 私は、帰ると誓約を奏上した。 ならば、それは必然となるのだ。 どちらともなく、手を差し伸べ…… 互いをそっと抱きしめた 口付けを交わす。 ついばむような軽いモノであっても、『無限の愛情』が其処には……


  『願い』と『決意』が、込められていた。



        ———— § ————



 探索隊の面々を遺し装備装具を整え、もう一度、執務室(オーバルルーム)へと踵を返した。


 残置兵達も後に続く。 この邸を、今回の探索行の『最終到達地点』として拠点化する事をサーバント族に告げるために。 そして、私が『(コクーン)』とやらから帰還するまで、十名の北部王国軍探索隊の分隊が此処を死守すると、そう告げるために。 兜と面体は外し、代わりに第一種戎衣の制帽を戴く男達。


 ——— マスクのみの着用で、共用区を闊歩する。


 その歩む姿は、儀仗兵が如く。 見栄と矜持を漲らせ、前を向いて歩む彼等を私は誇りに思う。 きっと彼等なら、この『魔の森』中層域最深部に於いても、人としての矜持を忘れず、どんな事が起ころうとも、北部王国軍の兵としての矜持を持ち、誉れ高く行動するだろう。

 執務室も前に立つと、侍従が待っていたかのように、扉を大きく開く。 中には武具を付けた鬼人の彼と、執事の装束によく似た服に身を包んだサーバント族の初老の外見を持つ漢。 こちらを見詰めていた彼等に口上を述べる。



「人族の代表として、同行いたします。 準備は整いました。 これらは、此方の邸にて、私の帰還を待つ者達。 お見知り置きを。 この地を、今回の探索行の最終到達地として、設定したく。 疑義、疑問有れば、今この場でご質問に応じよう」


「口上、痛み入ります。 最終到達地点として、営地…… として、設定されると云う事で宜しいか?」


「そのつもりでは有ります。 邸内の兵員宿舎は、御恩情により快適に過ごすだけの設備、施設が整っております。 指揮官たる私が離隊せねば成らぬ状況下。 残置兵には、十分安全な場所を提供してもらう事が条件です。宜しいか」


「三者、三様に『理』が有ります。 そちらには、其方の様式と云うモノが有るのでしょう。 理解しました。 邸内に限りですが、ご自由にお過ごしください。 ただし、外部の施設群に対しては、如何なる干渉も、コレを禁止致します」


「承知しました。 干渉の内に観測は…… 含まれるのでしょうか? 兵達は、常時索敵魔道具を使用し、周辺の警戒に当たっておりますが、それは、干渉に当たりますでしょうか?」


「……《攻撃》せねば、干渉と致しません」


「承知しました。 ……各員、営地を守備。 死守命令を発令する。 交代で休息を取り、周辺警戒を厳とせよ」



 背後に居た分隊の皆に伝える。 『攻撃的』な行動は厳に慎むべし。 ただし、周辺の警戒は怠るな と。 観測兵も居る、射手も居る。猟兵も輜重兵も衛生兵も…… 彼等は、『探索隊』の任務を熟知している。 手を出すなと命じられても、周辺の探索は至上命題。 そして職務に実に忠実な面々なのだ。 言わずとも周囲の状況を観察し、記録を取る者は取り、大系をたてて整理し報告書に纏める能力も有る。 そして、報告の集まる場所は司令官職を戴いている私だ。 私が離隊している間に、私が成すべきを成してくれる。


 過去の英知の塊のようなこの場所。 下水機構の中枢とも云える場所。 王都は知らずとも、領都は知って居る者達。 大規模な土魔法を駆使して、領都の地下に埋設した下水機構もまた、領都防衛の要とも云える場所。 すなわち、北部王国軍の書庫には精細な下水機構の図面が存在する。 そして、探索隊の面々は、練兵するにあたり、その辺りの資料も座学にて読み込む事を任務としている。


 相手は、古代国家。 そして、征く道はその古代国家が連綿と保守点検している下水隧道なのだ。 『知らない』では済むはずも無し。 他の王国兵とは違うのだ。 探索隊の面々には座学として、様々な文献の読み込みも任務として課せられているのだ。 知識と知恵は彼等に無限の可能性を提示する。 故に、自身が行うべき任務を心得ている。緊張した表情を浮かべる面々には申し訳ないが、此処は頼むしかない。そして、その望みは十全に果たせられると、私は信じている。



「では、全てに於いて合意が取れたと認識してよろしいでしょうか?」


「同意いたします」


「うん、いいよ。 じゃぁ、出発するか。 途中まで、同道してくれるんだろ? その『唯一の道』ってのは、オメェらしかしらんのだからな」


「承知しております。 私がご案内申し上げます。 通信機の方は此方でご用意いたしますので、緊急通路入口にて『使用権限』を、お渡しいたします」


「承知した。 では、参ろうか」



 世界の趨勢を決める、重大で小さな一歩が此処に刻み込まれる。 迎賓館の様な邸は、今や我等が拠点ともなった。 話し合いと、面通しの間に、帰還部隊は進発していて、既に、この邸から帰還の途に就いた。 邸の玄関を出て外に出ると、其処には予想された情景があった。 我等『探索隊』が侵入してきた隔壁扉は何事も無かったかのように閉じられ、私が穿った穴は、サーバント族の作業用ゴーレムにより補修されて埋まっていた。


 人族が『魔の森』に刻んだ最深部への足跡は、今や我等が故郷とも切り離され、孤塁を護るばかり。 私が失敗して未帰還と成らば、私を含め十一人が魔の森中層域最深部で骸を晒す事に成り…… 世界の混沌は避けられなくなる。 責任の所在と云う事ならば、きっと私の双肩にかかっていると云う事なのだろう。 十人の部下の命が、今の私にとって何よりも重く心に圧し掛かる。 約束も有る。


 私は、気合を入れて歩き始めた。



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― 新着の感想 ―
ふと疑問に思ったんだけど、 帰還組だけで大隧道の途中にある隔壁を操作できるんかな
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