平行線に角度を模索し、交点を見出す。
ゆっくりと執務机の上に肘を付き、マスクを覆うように口元に両の掌を当てる。 この状況を打破する為に、何が必要かを考え始めていた。何が問題か。
その中心に何が在るのか。膠着した問題に、一石を投じるのは、直接的対決をせず、傍観者としてこの場所に参加した私の役割なのかもしれない。 神により、無為に生きた罰としてこの世界に放り込まれた、その意義を今私は自覚した。 閉塞と諦観と闘争と絶望がこの場所に有るのならば、未来への道を見出す為に、私はこの場に呼ばれたのだと…… そう、自覚した。
考えろ…… 考えろ……
愛する者達の未来を護るために、神の恩寵たる私の『技巧』を駆使して…… 王都 魔法学院にて研鑽し得た幸運と知恵と知識を駆使し…… 前世に於いて、何の役にも立たなかった膨大な知恵と知識を背骨に…… 考えろ! 愛しい『我が佳き人』と産れ来る『我が子』が笑顔で暮せる未来を置く為にッ
最大の問題。 鬼人族が勇者一行を仕立て上げ、この地に遣って来たのは何故だ? 空間魔力濃度が高まり限界を迎え、鬼人たちの国が魔の森に飲み込まれる寸前となっている事が、事の発端。 彼等が信奉する神は、託宣を以て状況を打破する為に『勇者一行』をこの地に送り出した。 どうやって状況を打破するつもりだったのか。
この地に於いて汲み上げられる『イド』という『魔力』を大地の底から汲み上げている施設の破壊が目的か? そのためには、その施設を管理しているであろう、サーバント族の族滅が至上の命題となる。 しかし、勇者一行である鬼人族は、あまりにも少人数。 そして、サーバント族は、全にして個、個にして全であり、その個体数は伺い知れるものでは無い。 万を数える軍勢に、鬼人の彼を含めても四人でどうにかなると思っていたのか? 分からん…… その根拠と、戦力差を覆す論拠の在処が分からない。
「鬼人殿。 一つ伺いたい」
分らないままにしてしまえば、何の進展も望めない。 何をして、彼等は自身の望む結末を迎えられると考えたのか。 奈辺にこの過酷な場所に到達し、彼等の目的を達成する勝算を得ていたのか。 彼等の軍事的作戦案が知りたい。 少数にて大軍を討つには、相当に練られた作戦が有るに違いないのだ。 まして託宣を受けて来たと云うのだから、相当に準備していたと思って間違いない。 もし我等人族が同じ託宣を受けたならば、周到に準備を行う事、間違いないのだからな。
「差し出がましい口をきくが、貴殿等はたったの四人。 サーバント族の方々には、予見するに万を超す軍勢を用意する能力が有ると思う。 貴殿等は何をもって戦略的勝利を収める積りだったのか」
「あぁ…… そっちが気になるのか。 そうだな、この席に付いた俺だから、この場でこっちの事も話すか。 俺達は生還する可能性を最初から持っていないんだよ。 この場で未来の為の礎となる事を期待されている。 だから、係累のいない者達が、『賢き者』、『折れぬ心を持つ者』、『勇気ある者』が、神に選ばれた。 切り札は『賢き者』である女魔導士だ。 アレの魔導は…… 我等の中でも異端だ。 神は何故、アレにそこまでの力を与えたもうたのか。 アレは何故、従容として、この運命という理不尽を受け入れたのか。 俺にゃ分らん。 分かりたくもねぇ。
——— だがな、この魔王討伐に於いて、作戦は至って単純なんだ。
この地に於いて、魔王の手下をぶちのめしつつ、一番堅く守られている場所に到達し、最大規模の魔導術式を展開解放する。 術式名は…… 【夜空の彼方から、大地を穿つ、星を召喚】 三節級の大魔法だ。 天空に掛かっている、月の欠片を大地に引き寄せ、正確に一番堅く守られている場所に墜とす。 勿論、俺達も無事では済まない。 分かりやすく云うと『隕石落とし』ってやつさ。 空が落ちてくるような、そんな大規模魔導術式。 それを編めるのがあの女魔導士なんだ。 勇者と聖騎士は、彼女の『身体』と『心』をその時まで護り抜くのが仕事。俺は『真実を視ても尚、揺れぬ者』と名を与えられた。 いわば、水先案内人。 そんな所だ」
驚いた。 心底驚いた。 こいつ等…… 何も考えていないのだ。 それでいて、実に単純な解決策を現実化しようとしていたのだ。 周囲への…… この世界への影響すらも度外視し、今の状況を打破する為だけに…… これは軍事作戦などでは無い。 サーバント族から見れば、恐怖行動であるのだ。 個人のテロリストが、体中に爆弾を撒いた状態で、突入し自爆する…… 陰惨な情景が脳裏に浮かび上がった。
「決死隊と云う事か」
「俺達は個体数が少ない。 大軍を作り上げる事は、現実的では無いんだ。 大人達が挙って戦端を開けば、何とかなるだろうが…… 子供等だけで生きていける様な場所じゃねぇんだ、俺が棲む場所は。 神は…… 魔王討伐の資質を持った者が生まれてくるのを…… 揃って生まれてくるまで、時を待ったって事だ」
「そして、使い捨てる」
「そうだ。 それが、俺達が生まれ来た理由でも有る」
「成程…… 分からん。 いや、理解はした。 状況も察するに余りある。 が、その精神性は理解の範疇を越える。 逃げる…… 生活の場所を移すと云うのは、選択肢には無いのか?」
「ねぇな。 逃げて、逃げて、逃げた後なんだぜ? 俺達の故郷は、終焉の場所と定めた。 もう、森の何処にも行く事は出来ねぇんだ」
「浅層域は、空間魔力濃度が薄く…… 血が湧き狂う。 奥地は空間魔力濃度が濃すぎて身体大変容が引き起こされる。 その合間の、安寧の地と云う事か? 選択肢は失われ、鬼人殿等が魔王討伐を失敗すれば、族滅も受け入れると?」
「……だな。 追い詰められ過ぎて、まともな判断が出来ねぇんだ。 神官も、巫女も、もう神に縋るしかねぇってさ。 長達もそれで納得している」
「……罪深いな」
「全くな。 なぁ、サーバントのおっさん。 どうしたもんかね。 女魔導士が目覚めたら、きっとやらかすぜ?」
軽口にも似た、そして、重い一言が鬼人から齎される。 唸るのはサーバント。 彼をしても、星を勧請する魔導に対処する事は難しいのかも知れない。 その様な力を持つ個体が存在する事も、理解の範疇外なのかもしれない。 しかし、鬼人が口にした事は、紛れも無い事実でしかない。 肚を割った話し合いの場に臨む彼には、嘘を吐く理由など、何処にもないのだ。 今は、治癒の為に深い眠りに入っている鬼人族の女魔導士。 『賢き者』とは、魔導を熟知してもなお、己が生存を一顧だにしない者の事を指すのだと、鬼人は語った。
——— 厄介だ。
前世の記憶は言う。 理を理解し、感情を有し、言を尽くせば、何らかの合意に到達する。 しかし、思考を放棄し、信仰に全てを委ねる者達には道理は効かない。同じ言語、同じ現象を見ても、そこから導き出される『最善』の形は、一般人と狂信者の間には隔絶した距離が有るのだ。 理と理想。 現実と観念。 思考し前に進む力と、思考放棄し信仰と云う名の狂気の元に進む力。
何方に正義が有ると云うのか。 正義…… などと言うのは、立場によっては、名が変わるのだ。 一方から見れば正義でも、それに対する者から見れば邪悪の一言に尽きてしまう。 よしんば、冷徹で周囲を見る眼が有る者が統率者として、一団を率いていたとしても、個の陥穽に陥るのは容易い。 それが故に、己を客観視できる者は、古来稀であり稀有なる存在でも有る。
鬼人族の神は、そんな陥穽を避けるために、彼を授けたのだと思った。
『真実を視ても尚、揺れぬ者』
何が問題で、何が原因かを見極め、破滅的な出来事を避け得る存在。 女魔導士が『隕石召喚』を使って、この場所を破壊し尽くしたとしたら…… それ程の大規模な魔導を行使したら、誘発される数々の問題は、この星が崩壊する規模となる可能性すらあるのだ。止めるべきなのは、事実でも有る。 しかし、鬼人族は族滅の瀬戸際。 更に深い信仰を持つ者達。 狂信的ともいえるその精神性。止める事は難しいかも知れない。
ならば、反対側を考えてみる。
「サーバント殿。 魔力を大地から汲み上げていると云うのは、事実でしょうか?」
「はい。 『繭』を維持する為に要求されているのです」
「それでは、何故に空間に大量の魔力が放出されているのでしょうか? 施設や魔道具を保持する為に必要とされる『魔力』は正常に消費され、力から現象に変換される筈です。 魔法術式も魔導術式も、その根源たる術式に変わりはありません。 余力となる魔力も、術式に内に留め置かれるか、術の強度を高める事になります。 外部に漏れるとなると、何らかの異常が引き起こされていると思われるのですが。如何か?」
「…………主からの要求ですので」
「では、問い合わせをしては如何かと。 これだけ濃密な空間魔力濃度では、本来保守点検に使用されている魔道具にとっても、異常な状況と云えませんか? 魔力共振により、小さな【発火】が【業火】となり、【破裂】が【爆撃】にも成り得ます。保守するつもりが、破壊に成ってしまう。 尊き主人格の方の要求なれど、その主人格の帰還に際し、施設を保守し守護しているのに、此れでは矛盾と云えませんか? 尊き主人格の方々に、このままで良いのかと、指示を仰ぐ事はサーバントの行動規範に抵触してしまわれるのですか?」
私の考え方と言葉は、予想だにしなかったのか、
酷くサーバント族の漢に動揺を与えた様だった。




