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私の知らない 秘匿命令

 


「この異常な状況下に於いて、皆の安全を確保する為に、この邸に逗留する事を決めた。 幸いな事に、この邸の密閉度は高く、構造体は外部の空間魔力を遮断できるようだ。 故に、『充魔器』を用い空間魔力を漉し取り、『蓄魔池』へと貯め込む事により、空間魔力の濃度を大幅に下げることに成功している。 【聖水召喚】の符呪紙を使用し、浴室の風呂桶に水を張り、沐浴を推奨する。 疲れが取れる絶好の機会でも有る。 衛生兵長、どうか」


「善き考えかと」


「では、皆に沐浴の許可を出す。 温石を造れば、湯にも成る。 輜重長、工兵長、可能か?」


「可能です」


「ならば、湯を湯船に張ってくれ。 衛生兵長、鬼人たちの容態はどうか」


「一命は取り留めました。 かなり消耗している事に変わりありません。 診察の結果、彼の者達の身体の構造は、我等とさして変わりない事が判明しております。 臓器も、臓器の配置も我ら同様でした。 ただ、筋肉の質が違い、まるで鋼の様でした」


「そうだろうな。 種族として、鬼人となっているのだからな。 あちらの医療事情は不明だが、此方の医療が適用できた事、神に祈りたい気分だ。彼等が命を落としていたら、今後の折衝がどうなるか…… 考えたく無いな」


「まさしく。 それに、此方の侍従侍女達も、魔法医療の心得があるようです。 一瞥でしかありませんが、あの者達が運び込まれた場所は、王宮治癒院とさして変わらぬような部屋でした。 しかし、手業や薬草に関しての知識は薄く、丸薬、水薬(ポーション)の知識はありませんでしたね。 大層興味深く医薬品を観察しておりました。 鬼人たちに付いては、安静にしなければ『傷口』が開いてしまう為、深い眠りについて貰っておりますが…… 侍従侍女により『あの部屋』には安息香が焚かれております。 あちらの介護様式かと思われます。患者たちは深く眠り、傷を癒しております。 ……それ一つを勘案しても、あちらの敵意は無いと思います」


「ふむ…… 取り敢えず、場は整えられた。 状況は均衡を得たと…… 云う事か」



 安堵の雰囲気が我等の間に落ちる。 が、衛生兵長だけは、纏う空気が堅く重い。心中に何かしらの危惧が有るのだろう。 魔の森中層域深部…… この異常な空間に於いて、安地を手に入れた事は真に喜ばしい事なのだが、それが未知の建造物と云うのは、私も気になる所だ。『探索隊』の健康面を見る事を第一義とする衛生兵長ならば、それを懸念点とする事は、想像に難くない。

 実際、衛生兵長は私に問い質す。 私の決定が何を準拠としたのかを。 意見具申では無く、純粋な疑問として口にした。 そう、そういう風に私は探索隊の面々に指導してきたのだから、何の不思議でも無く、不敬にすら当たらない。 衛生兵長の言葉が耳朶を打つ。



「……危惧する事の一つはこれで解消できたかと。 しかし、私には一つ解せぬ事が有るのです。 質問しても?」


「なんだろうか、衛生兵長」


「この邸を安地として認定されたのは、些か拙速に過ぎませぬか? 思慮深い指揮官の判断とは思えないのです。 私の知る指揮官殿ならば、少なくとも『探索隊』の半数は隔壁向こうに置かれる…… のでは、ないでしょうか?」


「確かにな…… そのつもりでも有った。 ただ、……な」



 私的な事柄が、私の判断の一部を成している。 今この場で、皆に告げても良いモノだろうか? 答えを逡巡する私に、各隊の長は怪訝(けげん)な表情を浮かべる。 その中に射手長…… 我が佳き人も含まれるのだ。 あの話を耳にしたのは、私だけでは無く彼女も聞いていた。しかし、その話が『判断』の基準となっているとは、思っていない表情だった。 あぁ、私は利己的であり、独善であり、観察したとは(いえど)も、可能性として皆を危険に晒す判断を下す『愚物(・・)』なのだ。 


 ——— しかし、衛生兵長の疑問にも答えねば成らない……


 意を決し、心情を言葉に変換する。 受け入れられ無くば、より善き考えを進言する者達なのだ。 故に、覚悟を固め皆に告げる。



「衛生兵長。 君の疑念は正鵠を射抜いている。 まさに、この判断は私の独善で在り、私の我儘でも有る。 先程…… 鬼人の彼が、一つの可能性…… いや、事実を口にした。 彼の目は、我等の索敵魔道具と同様に、周囲に溶け込む生き物を見出す機能を有している。 我々は魔力を貯める魔臓器を見るが、彼の目には違った物を捉えている。 『魂』と云う、天から降り来るモノだと彼は言う。 そして、告げたのだ。射手長の……


 ——— 『我が佳き人』の中に魂が複数存在すると。


 そして、この魔力濃度の高い場所に於いて、魂はそのままに受け皿である『胎児の肉体』は変容すると。 母体に危害を加える様な、危険な変容だと。 彼の暮らす場所では、魔力濃度を制御する為に、子を宿した女性達は、水辺近くの産屋に集団生活を余儀なくされると。 それでも尚、完全に変容は抑えきれていないと…… 私は…… 愚物だ。 こんな場所に迄『我が佳き人』を、連れて来なければならない程の無能なのだ。 だが、無能が故に心から望む事がある。 私の帰る場所、私の心が帰還する場所を何としても護らねば成らないと。 極私的な…… 理由だ。 そうだ、『我が佳き人』は、私の子を宿した。 母体の安全を鑑みるに、『魔の森』中層域の奥地は、死地にも等しい。 『サーバント』と自称する種族が用意したこの邸であれば、魔力濃度の制御が可能となる。故に、皆の安全も鑑み彼等の提案を受け入れた。 ……すまない。 これが皆を邸に引き入れた最大の『理由』でも有る。……なにか、他の良き方策あれば、進言して欲しい。 いいかな?」



 沈黙が私の周囲を押し包む。 魔力濃度が限界まで下げられた兵舎の中では、面体やマスク兜を外している。 皆の顔に様々な表情が浮かび上がる。 話を理解していない訳では無い。 その証拠に、状況を理解しようと指折りながら一つ一つ判断に至った条件を咀嚼している者がいた。 猟兵長は目を輝かせる。 射手長は…… 我が佳き人は、表情を強張らせる。 輜重長は満面の笑みを浮かべる。 工兵長は顔を紅潮させ魔法糸の準備を始めている。観測長は私と射手長を交互に見て頷いていた。衛生兵長は…… 



「……はぁ、自身の能力に疑問を覚えます。 神より授かった『技巧』、神官としての研鑽は、何故に私をして『その事実』を、我等が敬愛する指揮官殿にお知らせする事が出来なかったのかッ。異種族の鬼人殿が、何故にその様な重大な事実を看破できたのかッ! 我等が神の御意思を問いたい。 ええ、ええ、わたくしの力不足だからでしょうねッ! しかし、その様な事実を耳にした限り、万全を期したく。 射手長殿。 貴方は今この時より、射手長の職務権限を副長に委譲してください。


 秘匿命令、第九〇〇一の発令の条件成立を確認。 


 衛生兵長として、秘匿命令を遂行します。 前駆軍命により行動開始。 射手長どの、貴方は只今を以て、わたくしの重監視、管理下に入ります。 工兵長、邸の外に出て魔法糸を繋ぎ、大地溝の前哨拠点に対し緊急報を発しなさい。 秘匿符牒、九〇〇一 〇〇〇一 『北部領域に光輪が降りる』 を発信。 即時、動け。 輜重隊工兵は、兵舎として割り当てられた一室を、指揮官殿と射手長お二人の個室として整備。 こちらの侍従へも最速にて通達。 協力を求めよ。 お二人の部屋を最重要魔力濃度管理区域として設定。 以後、工兵長、貴様が直接管理する事。 輜重長、猟兵長は、射手長殿の速やかなる後送の作戦立案。 少なくとも大地溝拠点までは即時後退、出来るだけ速やかに、拠点(ポンティス)さらには北部辺境伯領都へ至る経路の設定せよ。 必要な通信には、必ず先程の符牒を先頭に。 コレは最優先事項であり、北部国軍最高司令官殿 及び、北部辺境伯様よりの厳命(・・)でも有る。 良いか!!」


「「「「ハッ!!!」」」



 い、いや、まてまて…… 私のあずかり知らぬところで、衛生兵長は軍最高指揮官殿と『朋』に何かを命じられていたのか? 衛生兵長の、急に引き締まった…… いや、鬼気すら纏うその姿にたじろぎすら覚えてしまう。 テキパキと、私が発する軍令以外の…… 圧倒的な優先度を有する密命が発動されたような気がした。 私の権能を大きく上回る階位の統率者からの、絶対的命令。 衛生兵長の口から漏れる、秘匿符牒…… 



 ——— 私は…… 知らないぞ? そんな符牒。




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― 新着の感想 ―
辺境伯からしたら森で孕ませちゃうのは想定の内かと(棒
月の女神に明けの明星の光輪降り、世界の理に陽が射すか。 今回は例になく口数が多かった。 言い訳めいた口上が面白い。
以前の告白発光弾パーティで思い知って無かったようですね、指揮官殿www(゜∀゜)
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