安全の確保
サーバント族の女官、侍従達の後に従い、館の各所を確認する。 成程、館は密閉されている。 豪華な窓は『嵌め殺し』とされ、開くことは無い。 【探知】系統の魔法を駆使する工兵の一人が、驚きに口を開けている。
——— さもありなん。
我等が王国内での建材には無い、高強度の材質。壁も天井も床も継ぎ目一つ無く、一連なりになった構築物。 表面的には、床には絨毯が敷き詰められ、白く輝く壁、天井自体が発光する照明…… 私達の常識から逸脱するような、そんな仕様の邸内の様子に、圧倒されていた。 しかし、そうも言ってられない。 濃密な空間魔力濃度を下げなくては、この場に留まる事は身体に多大な負担を与える事は間違いないのだ。空気が流れていない分、濃密な魔力に暴露される累積時間は加算され続けていく。
「『充魔器』を設置する。 侯爵級の『蓄魔池』に接続せよ。 予備が無くば、私が作る」
「ハッ!」
「外部からの魔力が壁などを透過するかどうかは、いまだ不明なれど、彼方がこの場所が密閉されていると告げられた。 各部屋、廊下に『充魔器』を設置する。十分な数は無いが、効率的な場所に設置せよ。 吸気口、及び、排気口の位置は彼方の侍従から伺った。 開口部…… 特に吸気口には、予備の『下着』を以て、魔力濾過器とする。 魔力濃度計を各部屋、特に兵舎として割り当てられた場所の濃度測定を厳とせよ。 また、現濃度の五割と成った時に、廊下、共用部の『充魔器』は停止。 兵舎への再配置を行う。 行動開始」
「「「ハッ!」」」
工兵達は直ぐに行動に移す。 適正な場所に、適正な魔道具を設置し稼働させた。魔道具はその効果を遺憾なく発揮し、室内の空間魔力量は、劇的に低下。 侯爵級の『蓄魔池』に貯め込んでいく。 さらに、『魔術の心得』の有る者が、初級結界の術式を編み、兵舎として示された部屋其々に設置し起動。
【結界】【魔物除け】などが複合された、初級魔法が展開された。 大きく魔力消費を伴う術式では有るが、此処には侯爵級『蓄魔池』が存在する。 魔力の供給元をその『蓄魔池』に求めた。 外部からの空気を取り込む場所に設置された濾過器代わりにしている『下着』や、その近くに設置している『充魔器』により、常に魔力は回収され『蓄魔池』に充魔され、それを基に術式の高強度連続稼働を実現している。
つまりは、無尽蔵の魔力を手に入れている訳でも有るのだ。
術式の強度は魔力量に比例する。 たとえ、初級魔法の術式なれど、膨大な魔力を供給する事により、【重結界】相当の強度を持つ事となる。 魔術の心得の有る者も、その事は知って居る筈だ。 そして、行動している。 皆が、おのおの考える事を放棄しない。 探索隊の面々ならでは仕儀でも有る。 私が深く満足を覚えたのは言うまでもない。
邸内で指揮していた私の隣に鬼人の彼が遣って来る。大層な傷を負っていた筈だが、既に何も問題も無い程に回復している。 その様を見るに、我ら人族と鬼人族が如何に隔絶した存在かを見せつけられた。 鬼人の彼は装具を解いても居る。 既に、この邸内は安全な場所と認知したかのようでもあった。 私の隣に立ち、薄っすらと首を垂れてから、言葉を紡ぐ。 耳からでは無く、脳内に正しく言葉が再生される不思議な感覚だ。
「……楽になった。 礼を云う。 しっかし、こんな道具まで、作って来たんだ」
「必要なのですよ、我等には。 高濃度魔力下における行動は、命に係わるのです。 より遠く、より深く、この魔の森を縦走し、『世界の理』を求めるにはどうしても必要な装備でも有るのです」
「成程な、『世界の理』を解く……か。想像もつかんよ、その思考は」
「遠く、魔の森の果て。魔物の影が薄い場所。 よって立つ土地柄により、世界の見え方が違う。 ……そういう事なのでしょう」
「ほう…… まるで、色々な違う世界を知って居るような口振りだな」
「……」
「まぁ、いいや。 それで、どうすんだ?」
「長い探索行となっている。 兵達を休ませてやりたい。 体力は温存しているが、気を張っている。 疲れない筈はない。 身体を休め、気力が充実した後…… 我が佳き人と共に故郷に一旦『帰還』する。 ……もう少し、貴方達と話さねば成らないがな」
「そうか…… それがいいだろうな。 まぁ、魔王たちは…… 知らんがな」
共用部の空間魔力量が五割を切った所で、再配置を実施。 兵舎となる場所へ、【充魔】の魔道具を移動。 更に稼働させ、『森の端』ほどの空間魔力量まで落とした後、『探索隊』全員の収容を開始。 大休止…… 野営準備を命じた。
兵舎として指定された部屋には寝床もあり、別の部屋には厨房すら存在する。 さらに、厨房の倉庫には、この魔の森の奥地で採取されたであろう、肉や野菜も備蓄されており、それを自由に使う事すら許可された。
「わたくし共が知る“食事”と、貴方達の知る“食事”では、味も調味料も異なります上、何が禁忌に成って居るかもわかりません。誠に申し訳ない事では有りますが、食材として幾許かの食料を採取、保管しましたので、其方で調理してください。 お互いの為に、口にするモノをご自身で御作り戴きたい。 そう、互いに疑心暗鬼に陥らぬ様に」
「御心遣い、忝い。 この邸に逗留する事を許可して頂き、有難く存ずる。 兵達を休ませてやりたい」
「どうぞ。 干渉はしません。 ……では、少々話をしたいのですが、後程、執務室へ御足労願いたい」
「承知した」
「そちらの準備が整い次第、お越しください」
私は幕僚達を集め、状況を説明する。 何故、この邸に皆を入れ、此処を野営地としたか。 何故、得体の知れない異種族の言葉を信じたか。 何故、鬼人を治療したか。 状況は混迷を深め、一手読み違えたら取り返しの付かない状況となるのだ。 周知し、理解を求める事も又、『探索隊』の指揮官の在るべき姿なのだ。
「猟兵長、人員の配置、及び、周辺の索敵は」
「歩哨を立て、周辺監視に当たらせています。 今の所、強大な魔物の接近は有りません。 また、重大な危険を孕む状況では無い事を確認しました。 工兵隊有職者により『結界』を敷設。 宿営地設置の『軍規』により歩哨人数は二名。 練度の高い曹長を充てました。 事前の周辺索敵は、射手隊観測手に命じ、おおむね安全は確保しました」
「射手隊観測手。 どうだ」
「中、遠距離観測に於いて、危険度の高い魔物魔獣の接近は御座いません」
「うむ…… 輜重隊、物資の搬入は」
「輜重そのものの搬入は終了しております。 それにしても…… この邸…… 魔法ですか?」
「分からない。 が、此方の御仁の侍従方が展開していたのは古代魔導術式である事は確かだ。 元に成る、純白の直方体が、何かはわからないが、私が工人の『技巧』を用い、何かを作り出す時に、その原材料として魔鉱を使うのと同じと思う。 かなりの強度の古代魔導術式なのは理解できるのだが、詳細は不明だ」
「成程……」
深く思案の海に没入する輜重長。 我等の中では古代魔導術式に明るい彼を以てしても、全く未知の古術式だったのだ。朋がこの場にいれば、あの『初老の外見を持つ個体』を質問攻めにする事は容易に想像出来るな。
これにより、まずは安全を確保したと云える。
安地として、彼等が『この場』を提供してくれた事に深く感謝したい。
——— が、それも……
これからの折衝に依存るのだ。




