命を救い、友誼を結ぶ
鬼人殿の仲間の眠りは深い。 そう、神に嘆願したのだ。 良く祈りが通ると云う事は、正しく、彼等は『人』であった。
衛生兵長は神職を得ている。 教会に於いて階位を授けられてさえいる。 かつての世界の軍でもいた筈だ。 『従軍牧師』 歎願と祈りより、『神の御業』をこの世界に勧請する存在。 魔術とは体系の違う神聖系の魔法を良く使う兵だった。 衛生兵長は診察、治療する前に、神に嘆願し鬼人達を深き眠るに誘ったのだ。
——— 下手に暴れられると、診察すら出来ない。
その判断からであろう。 生き物としての強度がまるで違うのだ。 用心するに越した事はないのだ。 全身麻酔下の治療と成るのは、疲れ切ったモノが心内を曝け出すより遥かにましだ。 傷を負い、疲れ果てていたら、機嫌は悪くなるのは道理なのだ。 そんな状態の患者に、我等の大切な衛生兵を充てることは出来ない。
つまりは、人事不省の状態に持ち込まねば、危なくて近寄れなかったのだ。 安全に近寄るには他の方法が無かったとも言える。事医療に関しては、状況を素早く観察し、最適解を導き出す事に特化している衛生兵長の能力に、私は全幅の信頼を置いているのだ。
“……しかし、その『難儀な使命』のお陰で、俺の仲間達の命は繋がれる。 礼を云う。 この過酷な場所で、仲間達の命を繋ぐために用意した医薬品を、見ず知らずの我等に使ってくれる事に恩義と感謝を。 俺を堕とした神にすら、感謝を捧げたい。 すまない、ありがとう”
「互いに…… 深い事情もある様だな。 この死地に、何らかの目的を持って集った我等だ。 幾許かの融通は必要だと思う。 それに、それに『甘んじて』ばかりの貴殿たちでは無かろう?」
“全くだ。 しかし、恩義は恩義。 それも、『命』と云う一度失えば二度と手にする事が出来なくなる『貴重な宝』を無くさずに済むんだ。傷は癒える、得物は取り戻せる。時間が有ればな。 その時間を呉れたんだ、感謝しかない”
「貴殿も又傷付いているように見える。 我等が衛生兵長の診察と治療を受けることを推奨する」
“ったく…… お前は、そういう奴なんだな”
「少なくとも、敵意が無き者に対する行動としては、真っ当なものだと思うのだが?」
“そういう所だ。 お前の仲間達も、見た目が大きく異なる俺達に畏れを抱く事も無いんだな。 良く統制が取れていると云うか…… 肚が太いと云ういうか…… 何というべきなんだ?”
「異常な場所で、自分達と違う種族と相対した時、その種族が敵対的か友好的かが、一番の問題となると考えている。 少なくとも、敵意無き相手は友好的な種族に成る可能性は捨てきれない。 ならば、その可能性に賭けるのも『探索隊』の一員として、考慮に入れるべきモノであり、それを投擲する事は生残性を著しく損なうと、理解しているのだ」
“すべては『理詰め』ってこったな”
「この災厄に満ちた場所では、僅少の希望でも捨ててはいけない。身に染みて、我等は理解しているのですよ。故に彼等は指揮官たる私の言葉に従うのです。 納得できる条件を彼等に示し、その上で行動を命じるのです。 私が、彼等に対し全幅の信頼を置いているのはお分かりでしょう。 それは、貴殿が仲間を思う気持ちと同じであろう?」
“信頼の積み重ね…… か。 俺には難しいぜ。 だが…… お前の言葉に従うよ。 ちょっと疲れた”
「それが宜しかろう。 衛生兵長! こちらの方にも診察と治療を願う」
『ハッ!!』
衛生兵長は、鬼人の仲間達の所から此方に足を向けた。相当に厳しい状況だったのか、雰囲気は暗い。 それでも、自身が観測した状況が今後の『探索行』にとって、極めて重要な事柄である事を感じてくれている様だった。 そう判断できるのは、記録の中にしか存在しない、『極めて狂暴』と記述の有った魔鬼と相対しても、平常心を失わず、神に『癒し』と『治癒』を祈って呉れたからだ。
相手が人族と呼べる者達ならば、その祈りは通じる。私が特殊弾を用い、人族に準じる存在である事を証した。それでも尚、相当な胆力の持ち主だと云える。 そんな衛生兵長だから、この鬼人への『診察』も頼めるのだ。
『探索部隊』の衛生兵長は、畏れる事無く鬼人の彼の手を取る。 魔力の流れが、衛生兵長の手から紡ぎ出され、口から紡がれる【神聖浄化】。 祈りの祝詞に合わせ、鬼人の身体を包み込んでいく。 状況は悪いのだろう。 衛生兵長の紡ぎ出した碧緑の魔力の波動が、ビクリビクリと脈動していた。 幾許かの刻を消費し、口から紡がれる『祝詞』が変化する。【治癒】の祈りのようだった。
手から紡ぎ出される魔力の波動は、碧緑から紺碧に色を変える。 この術式を駆使できるのは、北部王国軍に多数在籍する衛生兵達の中でも数人しかいない。 強靭なる戦士であり、優秀なる神官であり…… 掛け替えのない『探索隊』の仲間なのだ。
大きく息を吐き、衛生兵長は言葉を紡ぐ。
「隊長、終わりました。 この御仁の傷は、祈りにより危機は脱しましたが、体力や体内保有魔力などは未だ危険域に有ると云えます。 一級水薬一本と、回復薬の三単位の投与を推奨します」
「わかった。 治療を継続する。 医薬品を渡し、治癒せよ」
「承知しました」
付き従っていた輜重兵に合図を送り、必要な医薬品を持ってこさせ、鬼人に手渡す。 身振り手振りで、其の医薬品を飲めと、そう鬼人に伝えていた。 鬼人の彼も、その意を過たず受け取り、その場で適切と思われる、回復薬である水薬を、喉の奥に流し込んでいた。うっすらと発光する鬼人の巨躯。 ようやく、命の危機を脱したと云えるのだろう、衛生兵長はあからさまにホッとした雰囲気を浮かべていた。
“……良く効くな、コレ。 俺達が持参したのは、薬草や薬だが、これ程は…… 効かねぇもんな。 俺達の邑じゃぁ、医療って奴は、既に失われて久しいから、外縁世界でこの技術が残っていたとは思ってもみなかったぜ“
「いや、そうじゃない。 コレは私の憶測だが、我等は独自でこの文化を築き上げたのだと思う。 古代エスタルを祖先としない我等は、エスタリアンの技能技巧、知識知恵を受け継いでいるわけでは無いのだ」
“…………別種と云う訳か。 いや、なんだ…… そうか…… 悪い”
「悪くは無い。もっと、遠くに起源を辿れば…… 人種として、根源を『一つ』とするかも…… 知れないからな」
鬼人の瞳には深色が浮かび、何かを思い出そうとする知識の光が灯った。 こう見ると、恐ろし気な風体だが、結構愛嬌も有る様に感じのだ。 慣れ…… と云うモノか。 彼の仲間達は、輜重隊が組上げた簡易寝台の上に寝かされ、もう既にその役目を果たさないであろう、装備を寝台の側に並べ、深い眠りについていた。 『魔法の杖』も、『強固な盾』も、『強弓』や『聖剣』も、同じように整然と並べられている。 屋外では有るが、簡易寝台の上で彼等は、只々、静かに深い眠りについていた。
一瞥をそんな彼等に向けた鬼人。 安堵の表情らしいモノが、顔面に浮かんでいた。
“礼を云う。 すまんな、ありがとう。 回復して、防具を修理出来たら、故郷に帰る事も出来そうだ”
「元来、頑健な身体なのだろう? 中層域の森の中を渡るのだから、個人の強大さは容易に想像できるが、苦難の道程だったのだろ?」
“まぁな。 俺が、眠りに付かないのは、あっちよりも、軽傷だったからか?”
「多分、そうなのだろう。 命の危険はあったが、あちらは『この世との繋がり』が切れそうだったのだろう。 そうだろ、衛生兵長?」
衛生兵長が重い口を開き、私の問いに控えめに状況を説明しようとしてくれた。 そう、なにから話せば良いか、その答えすら混沌とした状況の中では、糸口を見つける事も難しい。 それでも尚、衛生兵長は、状況を細大漏らさず、応えてくれた。
——— 感謝しかない。




