未知なるモノへの執着
「そうですね。 我等が同様の傷を負っていたらならば、二、三度は死んでいたでしょう。 それ程の傷です。 瀕死と云っても過言では御座いません。 そちらの御仁は…… 重傷…… と云ったところかと」
“的確な説明痛み入る。 まぁ、なんだ、俺だけ助かっていたら寝覚めも悪い。 衛生兵長…… と云ったか。 感謝する”
「感謝ならば、指揮官殿に。 指揮官殿の命令無くば、私は祈りの言祝ぎ、一節も発しません」
“そう…… か。 ならばお前に感謝する。 仲間ともども救ってくれた。 何か有れば、呼べ。 この魔笛をお前にやるよ。 吹けば、俺の耳に届くから、森の中でなんかあれば、駆けつける”
「友誼の徴として?」
“命を救われた俺達からの、心からの贈物だ。 まぁ、お前の事だから、必要となる事は無いだろうがな”
「それは、分らない。 故に、確かにお受け取りする」
“何処までも、お前らしいな。 おっと、そろそろ魔王殿が遣って来たな”
その姿を視界の端に見つけた私は、大切な兵達を後ろに下がらせる。 背後に居るのは『我が佳き人』のみとする。目配せと、手合図を過たず読み取った衛生兵、輜重兵達は潮が引く様に隔壁近くまで下がる。 沈黙を貫く『我が佳き人』は、私の安全を担保する為に、私から離れはしない。 たとえ、私がそう命じても、『軍規』『軍令則』を盾に絶対に引かない。 無駄な時間を私は使いたくない。 そして…… 最も頼りにし、最も護りたい人ならば、わたしの傍を離す理由にも成らない。 つまり、『我が佳き人』は私の影と成るのだ。
沈黙と静寂がその場を包み込む。 足音もさせず、鬼人殿が『魔王』と呼ぶ一団が、我々の前に進み出て来た。 微かな水の流れる音。薄暗く頼りな気な魔法灯火が揺らぐ中…… 仕切り直しの初回邂逅が、始まったのだ。
——— § ———
「お待たせいたしました。 『義体』の生成に少々手間取りました。 この姿でお逢いできる事に、慶びを感じております。 我は『サーバント』。 “個にして全、全にして個” なる存在に御座います。 繭におわす主人を記憶と共に御守し、時を経て御帰還するまで、全てを保全し保管する義務を背負うモノです。 時の流れは残酷で在り、中核を除く都市の保全は儘なりませんが、可能な限り保全に努める存在。 お見知り置きを」
「ご丁寧なご挨拶、誠に有難く。 王国北方軍『探索隊』が指揮官です。 私と共に、この場に罷り越しましたのは、我が王の密命によるもの。決して害意や侵略の意図は御座いません。この世界の『理』を解き、魔の森最深部におわすエスタルの末裔との邂逅を期待すべく、『魔の森』中層域に足を踏み入れたる者であります。 重ねて申し上げる。 害意、侵略の意図は御座いません」
“俺らは…… 魔王が『イド』の過剰汲み上げを行って、『イド』が濃すぎるが故に、魔王を倒し『イド』の汲み上げを阻止する為に罷り越した。 武を用い、魔を用い、可能限り身命を賭して魔王とその都市を撃滅する為に、か…… 魔王討伐の任と云う事だが、本質は其方だ。敵対するのが魔王では無く、『サーバント』と云うのであれば、この星の心臓から『イド』の異常汲み上げの理由を述べて貰いたい。言葉で相対出来るならば、『落とし処』も見つかるやもしれん。我等が種族の命運は、この討伐行に掛かっている事をご承知願う”
三者が三様に己の立場を口にする。 サーバントと名乗る一団。 その先頭に立つ初老執事の様な姿をした、生ゴーレム。 正直、それがどれほどの技術かを考えると、胸が悪くなる。圧倒的な科学技術とも云える。 背後に控えるのは男性型、女性型の個体間には何の相違も見られない者達。 義体の生成と云う事は、鬼人殿達の治療の間にゼロから作り上げたと云う事か。 それは、ちょっと想像も出来ないな。 この者達が嘘偽りを口上する事は考え辛い。ならば、真実として受け取る他無いのだろう。 サーバントの長であるらしい初老の外見を持つ個体が口を開く。
「立場の違いと云うモノを、的確に言語で表して下さいました事、有難く存じます。 三つの種族の意見を持つ者達が集いしこの場を持てたこと、主人に成り代わり、主が宣う超越者に感謝申し上げたい。 さすれば、この場に於いて『協議』を実施する事も又、我サーバントに課された義務と勘案致します。 その前に、其方の襲撃者の方々に、先程申し上げました通り、言葉の問題を解決する一つの方策をお渡ししたくあります」
そう云うと、その初老の外見を持つ個体が一枚の金属板を差し出した。 表面に古代魔導術式が彫り込まれ、我々も使用している魔法術式に同期されていた。 読み取れるのは、触りの部分だけだが、研究すべき対象と私は認識した。 その金属板の材質は判らない。 しかし、ソレは隔壁に埋め込まれているモノと同等のモノである事はうっすらと理解できる。鬼人の彼に手渡そうとして、一瞬止まる。
「そちらの方。 両手が開く様に、耳元で保持できるように出来るとか、仰ってました。 可能ですか?」
「その大きさならば。 耳に密着せねば成りませんか?」
「いいえ、使用者に “思念” が、“声” として、認識できる道具ですので。 『イド』を波として扱い、脳の言語野に直接言葉として届ける機構なので、頭部であれば、耳付近で無くても結構」
「成程。 貴殿は、どういった形が良いか、御聞かせ願いたい」
“そうだな…… 一枚きりなんだから、片耳のヘッドセットか? そんな辺りが妥当か。 形は、モニターヘッドフォンの片耳バージョン…… って、分んねぇか”
「……暫し、待たれよ。 貴殿の頭部の大きさを目測し、頭部付近に落ちない様に固定できる方策を取る」
“ へぇ、出来んだ。 んじゃまぁ、頼んだ ”
初老の外見を持つ個体は、私にその金属板を渡す。 薄く軽いそれは、紛れも無く魔道具であった。 起動魔法陣も精緻に綴られている。頭部に装着さえすれば、対象を自動認識し、対象から魔力受けて自動起動する…… 余りにも…… 余りにも我等が使用する魔法術式とはかけ離れた高度な術式なのだろう…… 叶うならば、この場で羊皮紙に転写させて貰えないだろうか? 朋に見せれば、どんな反応を示すか…… いや、驚きと共に禁忌指定する事は間違いないのだ。 いや、それでは精度が足りない。 ならば、どうするか。 希うしかないだろう。 気持ちを込めて、私は言葉を綴る。 現物を、持ち帰りたいと。
「私にも『この魔道具』を頂けないだろうか?」
「必要で? 貴方方は既に現用レベルの道具として運用しておられるようなのだが?」
「高度な古代魔導術式なのです。 術式を研究している者が居ります。 彼に提示し、古代魔導術式を読み解きたく思います」
「……平和利用? ですかな?」
「朋は争いを嫌う漢ですので。 何らかの不安要因が有れば、禁忌指定として表には出ないようにするでしょう。人族には早すぎると判断すれば、必ずや。 王宮魔導院はおろか、国にすら隠蔽する事を辞さない、そんな漢なのです。 ですから、どうか」
「良いでしょう。 では、もう一枚」
初老の外見を持つ個体は手の中から、もう一枚金属板を私に手渡してくれた。 万が一、平和利用が行われなくても、何とでも対処できると、そう表情が物語っている。 高度な文明の継承者にして、絶対管理者の胸の内など想像する事も烏滸がましいが、それでも尚、この好意は受け取るべきなのだ。 これも一種の信頼の証と云うべきか。
……それとも
何処まで我等が過去の偉大な知恵と知識を保持しているかを視る為の方便か。 どちらでも私は構わない。 厳然とした事実として、朋に『この高度な魔導術式を提示』できるならば、その裏の思惑など何の問題にも成らない。 『世界の理』を得る為の一つの道なのだからな。 そんな思惑の外側で、私の心は酷く動揺もしていた。 理由は、たった一つ。
——— 鬼人の彼の言葉は、私の脳裏に……
前世の記憶を呼び覚まさせたからだ。




