指揮官の決断
人と、人成らざる者。 その間には深淵にも似た、断絶が有るのだ。 鬼人殿は『人』であると、そう思う。 だが、それは私の主観なのだ。 客観的な証左が必要だ。 もし、人成らざる者に医薬品を使用しても、その効果は無きに等しい。 そして、その医薬品は我等『探索隊』の命綱なのだ。
状況を鑑み、鬼人殿とその仲間を救おうとしても、効果が無ければ無駄に消費するのだ。私は『探索隊』の指揮官である。何よりも優先せねば成らないは『探索隊』の面々なのだ。 よって、もし『試し』により、鬼人殿が人成らざる者であった場合は…… 切り捨てるしかないのだ。 命を失う可能性が大いにある鬼人達を見捨てなくてはならない。 下手に希望を持たせ、出来ぬとなれば、絶望は更に深く昏く…… 恨みすら買いかねない。
鬼人殿の戦闘力は計り知れない。
只人である我等人族が徒党を組んだとしても、瀕死の鬼人殿に相対して、只ですむ筈もなし。人員の半数は、彼岸に渡る。 そんな危険を回避する為の『試し』行為なのだ。 しかし、彼だけを、その『試し』により危険に晒す事はしない。 これは私の矜持でも有る。 敏感に私の『覚悟』を感じ取った『我が佳き人』は、更に私に近寄り、側から離れない。 苦笑と共に、それを受け入れるしか無かった。 小さく言葉を紡ぎ、鬼人殿に宣言する。
「最初に試さねば成らない事が有るのだ」
“試す? 何をだ”
「君達に私達が生成した薬剤が効くかどうかだ。 こうやって、意思を交歓する事は出来るが、生物としての根幹が違うならば、我等が作った薬剤の効果は無い。私も指揮官である。 探索隊を危地から救い出す方法を、投げ出す訳には行かない。効かないモノに、この場では貴重な薬剤を割く余裕などないのだ。 だが、『試し』に於いて、生物としての根幹が同じだと分かれば、我等が作り出した薬剤は間違いなく効く。 この日、この場に於いて邂逅した、異人種の君達をむざむざ死なす訳には行かない。 希望を持った後で、出来ませんでは貴殿の気持ちの持って行き様が無くなる」
“おまえ…… 相当、苦労してるんだな。 そこまで、こっちに心を砕くか?”
「私の在り方だ」
“そうかよ。 分かった。 で、何をすればいい?”
「この特殊弾の弾頭を、何処でも良いが生身の部分にぶつけて欲しい」
“ほう…… 視た所、榴弾だな、これ”
「初見で看破するか、貴殿は」
“俺以外じゃ無理だがな。 あぁ、そうか、そういう事か。 対魔獣魔物戦闘に特化した特殊弾頭って事か? 誤射した場合、何らかの安全装置的な回路が働くってところか。 ソレの反応で、生物的に同根かどうかを判別するってのか?”
「貴殿は…… 洞察力に優れているな。 その、下地の知識が何処由来のモノかは、痛く興味を刺激する。が、今は時間が惜しい。宜しいか」
“何時でも。 自分でやるか? お前がするか?”
「貴殿に特装弾を渡す。 貴殿の推察通り、この特装弾は我等には効力が無い。ただ聖水が濡らすだけとなる」
“そうかよ。 その特装弾とやらを俺に渡すってのは、『試し』なんだな。 でもよ、コレは榴弾だろ? もし、俺らとお前らが根本的に違う生物種であるとすると、コイツは爆発的な反応を示すんだろ? この距離じゃ、お前だってただじゃ済まねぇ…… そうか、ある種の『信頼の証』ってこったな。 義理難いねぇ~ 分かった、分かった。 じゃ、始めるか”
対魔物戦用の榴弾として開発したモノだ。万が一、彼が神から『人』と認知されて居なかったら…… そう、確実に爆発的な【聖水】が生成され、少なくとも彼の左の下腕は吹き飛ぶ。 近くに居る、私も只では済まないがな。 我が佳き人は、そんな私を不安気に見詰めながらも、わたしの傍にピタリと寄添い、不測の事態に備えていた事は、私にとって心苦しくも有り、そして、慶びでも有った。
ある程度、確信は持っていた。なぜならば、『エスタリアン』を護り待って居る者だと、あの金属ゴーレムは口にしていた。そして、目の前の鬼人は、祖先を同一とする種族だとも。 北の帝国に捕らえられていたエスタリアンの末裔は、確かに『人』であった。言葉も通じ、意思も明確に疎通できる彼女も同じなのだ。だから、鬼人も同じくエスタリアンの末裔なのだと。
彼は、左手の手甲を外し、右手で特装弾を持ち、弾頭部を何のためらいも無く素手の左手に打ち付けた。 そう、なんのためらいも無くだ。 私が有る程度、確信している様に、彼もまた確信していたのかも知れない。 無駄な戦いを一時的に収め、仲間の命が儚くなる寸前に止めたのだ。 この御仁、飄々と対処しているのだが…… 感謝しているのだろうか。 特装弾の弾頭に組み込まれた魔導術式は、魔物に接触した時に発動する『触発の術式』では無く、人族に接触した時に発動する『自壊術式を』発動。 段階的に【聖水】を生成し、彼の左手を…… 半身を濡らした。
「貴殿は『人』です。ならば、我等が医療品も衛生兵が『治癒の祈り』も効果が有るでしょう。 直ぐに手配します」
“そうか。 ……まだ、希望はあるんだな。 頼む、仲間達を救ってくれ”
「我が名誉にかけて。 衛生兵長、直ぐに彼等に『治癒の祈り』を、提供できる医療品を用い、彼等を現世に繋ぎ留めよ」
「ハッ!」
「輜重長! 聞こえるか」
〈ハッ!〉
「『鍵』の使用を許可。 隔壁の扉を開けろ。こちら側の安全は確認した。 医療器具の持ち込み準備。 重傷者三名。 衛生兵達の追送が可能なように」
〈承知しましたッ!〉
暫しの沈黙。 やがて背後の隔壁扉が開き始める。輜重長は上手く隔壁を開いてくれた。 これで、私が帯同しなくても、元来た道を引き返す事が可能なのだと検証も出来た。 選択の幅が広がったのだ。 この事態に於ける、『善き事』の一つに数えられる。 私がこの世界から彼岸へ渡ろうとも、兵達は故郷に帰還できるのだ。 ならば、この先の探索行に於いての隊列では、輜重長の位置は是非とも後方とせねば成らないな。 隔壁を抜け、此方に遣って来る兵達を見て、深い満足を覚えた。
——— ☆ ———
“……お前等、そんな準備までしてたのか?”
呟く様に鬼人が、そう口にする。 我々は北部王国軍の所属なのだ。 探索隊として、この地にやってきているのだ。 万全を期さねば、兵達に要らぬ負担を掛けるし、想定外の事柄が常のこの場に於いては、準備を怠る事は死に直結するのだ。 私にとっては『当然』の仕儀なのだが、今一つ 鬼人殿には伝わっていないようだな。 常識の擦り合わせは、異文化との接触に於いて、必要不可欠な情報交換でも有る。 依って、殊更丁寧に説明を実施した。
「私の任務なのですよ。 仲間を安全に帰還させる為の方策なのです。 積み重ね、模索し、準備を重ね、検証し、そして、前進する。『世界の理』を求める探索行は、常に危険と背中合わせなのです。 勅任遂行の義務を戴く私なれど、義務遂行に対し万全を期する事は、私の責務と成るのです」
“……堅いなぁ。 けど、見事なもんだな。 見通せない状況を『えいやッ!』 ッて訳には行かんのか? 色々と足枷が有る様にも見えるな。 いや、いい悪いじゃねぇんだ。 俺らの背景情勢とは違うってのか”
「『勇者が導く、討伐行』では無いのです」
“ おっ、やるか? まぁお互い…… 『難儀な使命』を天より与えられたんだな”
「……その様です」
互いに顔を見合わせ、治療が始まった鬼人殿の仲間達。 衛生兵長が神に【治癒】を嘆願し、光粒が彼の仲間を覆い尽くしているのが観測できた。 やはり…… 彼等は神から見たら『人』なのだな。 医薬品も水薬も有効だろう。 工兵隊の兵が、衛生兵長の指示に従い、半壊している彼等の防具を外しにかかっている。
【治癒】の効果か、深い眠りに誘われている鬼人殿の仲間三人は、目覚める事無く、成すがままに治療を受けているのが見て取れた。




