真摯なる祈り
金属ゴーレムは囁くような声で語り始める。 現状を行動により前進させる意思を持っていると云う事だった。 鬼人もそれには同意する。このまま膠着状態を維持していても、何の解決にも成らないからだ。 当然、私も同意見だった。
「さて、この筐体も回収せねば成りません。 そして、貴方達に相対するために、新たな筐体も用意せねば成りません。 主人と相対する時に使用するべき筐体を使用しようかと思います。 貴方達の目から見れば奇異と感ずるかもしれませんが、遠い過去に於いて、我等は主人を模して筐体を造られました。 ……いわば『主人の影』。かつてエスタルと呼ばれた場所に生きて暮らしていた方々の姿です」
「それは、歴史を学んだ者としては、実に興味深い事だ。……ここで、待てば宜しいか」
「そうですね。多くの時間は必要ありません。この筐体を回収する為に、別の筐体が来ますが恐れないでください」
「分かった」
“しゃぁねぇな”
鬼人と私が二人で頷くと、金属ゴーレムは、一瞬『青い光の流れ』を、眼に相当する部分に走らせ…… 崩れ落ちた。 我等の沈黙は、周囲の静寂さを際立させる。 落水の水音が此処がどういった場所なのかを明確に定義するとともに、妙な空白の時間が我等を押し包んでいた。 遠く、壁際にあった円形の排気口らしき場所。 そのうちの幾つかが内側から開き、金色を帯びた球形の物体が出現する。
滑らかな床面を微かな機械音を響かせ転がり来て、動かなくなった金属ゴーレムの側で球形の筐体を変形させた。不格好なロボットと云う印象だった。 だが、単純化された機能で組上げられた機械人形である事は、間違いは無い。数個のそれらの機械人形は躊躇う様子も見せず、半壊している金属ゴーレムを持ち上げると、壁際に向かって去っていく。我等に対し、何の感情も見せない。 いや、敵対するような素振りすら無いのだ。
“良く躾けられていると見える”
「単に命じられて動く機械人形である可能性は?」
“ここに付く前に、散々遣り合ったんだ。 手強いぞ、アレは”
「成程、先程のゴーレムが完全に支配していると云う事か」
“支配…… か。 どちらかと云うと、同一個体と云う奴だな”
「同一個体?」
“ありゃ、群体を模してはいるが意思の在処は、ただの一か所。 中央演算室あたりに、その本体があるんだろな。 まぁ、聞いてみればいいだけなんだが、今となっては、それが一番の早道だ”
「同意する。 しかし、中央演算室? 何とも、不思議な名称だな」
“あぁ、俺らの方でも違う名で呼ばれている。 『魔王の執務室』ってな。 そんな御大層な名前、可笑しいだろ。ありゃ、どう見たって忠実な機械人形ってのが、俺の私見だ。”
「貴殿の私見? 貴殿の知識は何処から…… 来たモノなのだ? 書籍や記録、伝書等で説明が付かない」
“中央演算室って聞いて、『不思議な名称』で済ますお前も大概だがな。 思うに、貴様も……”
その後に続く言葉は、鬼人から発せられなかった。 なぜなら、彼の連れが苦痛の呻きを上げたのだ。 この場所に到達するまでの連続する戦闘に、相当消耗していると見た。 目の前の鬼人は、そんな彼等に視線を移し、暫し憐みを有した視線を投げ、ある種の諦観すら見せていた。 彼の随行員は三名。皆、巨躯を誇り、単体での戦闘力は一個『増強中隊』に匹敵するやもしれない。 高度な魔法術式を展開していた魔導士。 重厚で重量の在りそうな盾を持ち、仲間の前の鉄壁の壁となる重戦士。我等の基準で云えば完全鎧並みに固めた重装を纏い、弓らしきものを背負った戦士。
——— 皆一様に傷付き、倒れ伏している。
苛烈な戦闘を物語る様に、その装具は彼方此方が剥がれ落ち、既に防具としての機能すら失いつつある。さらに、その装具の下の身体も傷付き、赤黒く傷の周囲を染め上げていた。 どう見ても重傷者にしか見えない。 穿った見方、既に瀕死とも云えるだろう。 私の目から見て、既に遠き時の輪の接する場所へと旅立ちの時を迎えていると云っても過言ではない。
「治療をせねば、命を失うぞ」
“わかっちゃ居るさ。 荷物持ちとして、この魔王討伐行に参加したんだ。 勇者御一行って訳さ。 でもよ、此処まで来る間に、薬草やら液薬なんざ、粗方使い切っちまった。 アイツ等もそれを知って居るんだ。 最後の戦いだと思っててな…… もう、奴等を救う手段がねぇんだ”
「あの方々は?」
“天啓に使命を授けられ、名を与えられた。 『賢き者』、『折れぬ心を持つ者』、『勇気ある者』…… 俺からいわせりゃ、『女魔導士様』、『聖戦士様』『勇者様』ってな感じだ“
「貴殿に授けられた役割は?」
“『真実を視ても尚、揺れぬ者』…… トリックスター、『道化』の役割だな。 どんな現実を突きつけられても、受け入れ平然と対処し、初志や目的を思い出させる役割ってな感じだ。 主役じゃねぇよ、こんなのは。 ただの補助者だ。 俺には、これ以上何も出来ん”
「貴殿の状況認識は…… 私の目から見ても、それは正しい。 が、それでも、仲間は救いたいか?」
“手が有ればな。 此処までの道を共に進んだんだ。 出来れば助けたい。それが出来ないなら、せめて安らかに逝かしてやりたい”
「そうか。 貴殿たちは、ギリギリでの行軍を行ったと。準備も完了せず、不測の事態にも対処を怠っていたと。引き際を見出す事も出来ず、徒に命を投げ出し前に進んだと云うことか」
“ ……耳が痛ぇな。”
「私は探索隊の指揮官だ。 軍組織の一部にして、国王陛下より密勅を受けた身。 だが、それが故に、行動を共にする者達は必ず彼等の故郷に還さねば成らない義務を負う。 準備は万全に、不測の事態への対処は可能な限り。 装具装備は出来る限り。 それが、私だ」
“成程ね。 ならば、そんな心優しき軍人に願おう。 奴等を、俺達を…… 救ってくれ”
「神が出逢わせて下さった奇跡。 打ち捨てるには、あまりにも惜しい。 ……衛生兵長聞こえるか!」
〈ハッ!〉
「輜重長に願い、薬箱薬缶32番を持って、この場に。 輜重長、輜重兵を一人付けてくれ」
〈〈ハッ!〉〉
兜に内蔵されている、近距離【念話】は常の如く機能する。輜重兵一人を帯同した衛生兵長が穴を穿った隔壁を潜り抜け、わたしの傍に遣って来た。 しかし、一つ懸念も有る。 それを払拭するには、ある種の行動を実行せねば成らない。 そして、それを実行する為には、射手長が持つ特殊な武装を使わなくてはならない。
「射手長、此処に」
「はい。 如何なさいました」
「君の腰鞄に入っている特装弾を一発、欲しい」
「はい…… いえ、その、対魔物戦ですか? 周囲には危険な赤点はありませんが?」
「いや、前に君が私に成した事を、あの御仁にする。 医薬品が彼等に薬効を出せるかどうか、それが知りたいのだ。 希望を与え、それを否定すれば、絶望は深く重く黒くなる。 このギリギリの状況では、どれだけ状況を悪化させるか判ったモノでは無いからな」
「承知いたしました。 ……コレを」
『我が佳き人』は、そう口にしつつ、私に特装弾を手渡した。 私が生きてこの場に立っていられるのも、彼女の咄嗟の判断が正鵠を得ていたから。その行動はこの場に於いて重要な意味を持つ事になる。 悲しみに満ちた視線を仲間達に送っている鬼人に私は近寄り、声を掛ける。既に賽は投げられているのだ。
——— 後は川を渡るのみ。
その川が彼岸へと続く川では無く、
光り輝く世界へと続く渡河である事を、
——— 神に祈った。 ———




