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閑話 王太子の憂鬱

 

 後宮、王太子殿下の居室空間に於いて、巡幸からの帰還とその後のアレコレを遂行した王太子殿下は、酷く疲れた顔をしてソファにもたれかかるように座していた。弟である第二王子の醜聞が彼の立場を確立させ、順序的には逆となるが予備として存在していた第一王子。そんな彼が“王太子”となってから、気が休まる暇も無く追い立てられるように、至高の階を登る為の“研鑽”に努めていた。


 魔法学園での成績や、その後の王宮での教育は、第二王子が王となる事を前提とした、国の舵取りの補助的な事柄ばかりでは有ったが、それでよいと思っていた。彼自身、国政からは身を引き、いっそ『学究的な事柄を専門とする事』すら視野に入れていた。妻帯せず、自身が興味を覚えている『生物学上の分類やその生態に関する研究』を成せればよいとも。


 遠く、北辺の者達が魔物魔獣に付いて散文的ながら、王都では測り切れぬ程の経験則を貯め込んでいるとも聞き及んでいた。彼はその知恵と知識を体系的に落とし込めば、他の辺境域や『魔の森』の生活を脅かされる地域の救済の一助になると、そう考えていた。食物連鎖やそれに連なる事柄は、拡大すれば『国民の腹を満たす為の方策』とも云える。


 農業に関しても、狩猟や採取に関しても、「魔の森」の脅威は未だ払拭できているとは言えない。自身が王族として、学究的にその問題と関り、一つでも解法を見つけ出す事が出来れば、この世に生まれて来た『価値』が有ると思っていた。



 ——— しかし、状況がそれを許さなかった。



 第二王子は、自身の能力と地位に甘んじ、『研鑽』を忘れ『王命』を忘れ『臣下への配慮』すら蔑ろにした結果…… 王位継承権を失い、『毒杯を戴く』ことでしかその醜聞を払拭できぬ事を起こしてしまった。(ひとえ)に王妃陛下の御宸襟を忖度して…… その一点により、第二王子は『命』は救われたが、王領の小領に於いて男爵位を賜り生涯逼塞する事に決した。


 第一王子としては……想定外だった。


 しかし、自身が王位継承権を持つ者であり、第二王子に何かが有った場合の予備である事を強く求められていた事も熟知していた。決して軽くは無い決意を基に、この国の屋台骨を背負う決意を固め、大公家令嬢との婚約を基に王太子への道を歩んできた。


 北域に於いての戦役に於いて、その実力を発揮せねば、国を纏める事など出来ぬと、父親たる国王陛下に叱咤された。戦役自体には勝ったが外交的には暗中模索状態の北辺交易都市に向かったのは『第一王子』としてであった。今考えると、軍務卿継嗣が策略に乗せられていたとも云える。それ程までにお膳立てしなくてはならなかったのかと、忸怩たる思いが心を鞭打つ。


 終戦協定は、恙なく終わり、この先少なくとも自身の代では和平は覆らぬ程に盤石と成した。周囲の思惑とも合致したのか、王国の貴種貴顕の主だった者達からも賞賛の声が上がる。必死で状況を制御しつつ、纏められるモノは纏め、刺すべき釘や、荒ぶる者達への頸木(・・)は付けた。

 しかし、その絵を描いたのは王太子自身では無く、宰相府の英才たち。そして、直接現場に足を踏み入れ、軍務政務外交の全てに於いて、宰相府の意図を実現可能な施策に落とし込んだのは軍務卿継嗣。


 ———その事実はどうやっても変わりはしない。


 彼等が驕慢ならば、反発もあるだろう。傲慢ならば、その鼻っ柱をへし折る事も出来よう。しかし、彼は第一王子を常に立て、その側背を万全に護ったようにしか振舞わない。特に軍務卿継嗣は、長年の友人の様な気軽では有るが、真摯な苦言を何度も自身に呈する。 その姿は、さすが宰相閣下が見出された男であると思うのだった。故に第一王子であった頃の懊悩は深かった。


 そして今回の巡幸。


 明かに何らかの意図をもって、この巡幸は企画された。その証左が北部辺境域を除かれた事。あまりにも政治状況が複雑な為、まだまだ研鑽が足りぬ自身には荷が重いと判断された結果だと、そう認識している。東北部の交易都市ならば『現在の王太子である自分』にも影響力はある。事実東方辺境域への巡幸に於いて、そこまで足を運んだ事実は有る。が、北部辺境の実効支配領域には一切入り込む事は差し控えられた。自身の意思では無い。そう膳立てされていた。ささやかな抵抗として、北部辺境域への『施策』を示しても、帯同した文官共が、やんわりと『拒否(・・)』した事が、事実として横たわる。


『そう、私は未熟なのだ。未だ王となる資格は無いのだ』と、深く諦観が身を包む。


 巡幸の報告を国王陛下に奏上した時、満足そうな慈愛に満ちた表情を浮かべられた国王陛下。表情は変わらぬが、微かに温みを見せた宰相の視線。 全てがお膳立てされ、それを全うに走り抜けた感が感じられた。呈せられた事実に対し、どのように対処するかを見詰められていたと、そう感じもしていた。故に国王陛下の満足そうな表情は、一定の評価を戴けたと云える。研鑽に明け暮れる一つの道標と知るべきだった。


 ——— 故に


 大いなる『疲れ』を感じても居た。 身を任せたソファ。 豪奢な宗教天井画を仰ぎ見ながら、王太子は深い溜息を吐く。


 ———


 側には王太子妃。 深い気遣いを浮かべた視線を王太子へと投げ掛ける。 傍付の者達は排除し、二人きりと成った居室。誰憚る事無く愚痴すら言い出せるように、王太子妃が手配していた。未だ王太子である彼だから許さる特別待遇。 これが国王陛下ともなれば、何時、如何なる場合でも、護衛は付く事になる。


 そう、寝所はおろか厠ですらも……


 護るためとはいえ、私的空間に他人の目が有る事は、今の王太子には負担が大きすぎるとの判断だった。王太子妃が今考えなければならない事は、王太子の心を護る事。 常に晒される、心理的負担を如何に癒すか。 その為の策でも有った。 しかし、ソレだけでは無い。 言わねば成らぬ事も有った。 ただ、それは、二人きりの場所で告げたかった。 そう、慮るは王太子の心だけでは無く、王太子妃自身の事情もあったのだ。



「お疲れのようですね、殿下」


「あぁ、とても疲れた…… 君が居てくれて本当に良かったと思うよ」





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― 新着の感想 ―
お膳立てに気づかない程愚鈍ではなく、お膳立てされている意味を察しない程傲慢でもないが故に見えない糸に操られるしかないのはしんどいなぁ。 最終的に都合の良い傀儡にする気なら死ぬ気で振り解くだろうが、自力…
王太子はマトモすぎる。 そのうち気休め用の美姫さえ、お膳立てされるぞ。
>しかし、その絵を描いたのは王太子自信では無く、宰相府の英才たち。 →しかし、その絵を描いたのは王太子自身では無く、宰相府の英才たち。
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