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『聖剣リコール ~その聖剣、次に振れば折れます~』  作者: 心瑛タケハル


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第7話 兄は盾を捨てなかった

 旧街道の石畳が途切れ、草に覆われた細い道へと変わる。


 王都の北にある、旧北方詰所。


 三年前、兄ジークは、ここから帰ってこなかった。


 兄の部隊は壊滅し、兄の遺体も見つかっていない。


 軍の記録には、兄が聖盾を捨て、仲間を置いて逃げたと残されていた。


 けれど、手紙には書かれていた。


『お前の兄は、盾を捨てていない』


 それでもルノアは、崩れた詰所の奥に兄の姿を探してしまう。


 倒れた石柱。


 崩れた外壁。


 冷たい風が、誰もいない廃墟を吹き抜けている。


「……ルノア」


 アレンに呼ばれ、ルノアは足を止めた。


「すみません。兄がいるはずなんてないのに……」


「まだ何も分かっていない。手紙を書いた者に会おう」


「はい」


 アレンは、壁に残る無数の爪痕へ触れた。


 その近くには、折れた槍が何本も転がっている。


「少なくとも、軍の記録とは違う」


「どういうことですか?」


「こんなに戦った跡が残っている。まともに戦えないまま壊滅したという記録とは合わない」


 アレンは廃墟の奥へ目を向ける。


「兄さんたちは、ここで戦っていたんだ」


 その時、崩れた建物の奥で、石を踏む音がした。


 アレンが剣の柄へ手をかける。


 二人は音のした方へ進み、瓦礫に埋もれかけた階段を見つけた。


 階段の先は、暗い地下倉庫になっていた。


 暗がりから、人影が現れる。


 ルノアの胸が大きく跳ねた。


 けれど、現れたのは兄ではなかった。


 継ぎはぎだらけの服を着た、痩せた男だった。


 男はアレンを警戒したが、ルノアの検査鞄を見ると目を見開いた。


「……その鞄。お前、ジーク隊長の妹か?」


「はい。ルノア・フェルトです」


 ルノアは一歩、男へ近づいた。


「あなたが、手紙を書いたんですか?」


「ああ。バロンに預けてから、ここで待っていた」


「兄のことを知っているんですか?」


「俺は三年前、第一盾兵部隊にいた。ジーク隊長の部下だった」


 男は、ルノアの検査鞄へ目を落とす。


「王都で、隊長の妹がE-731に赤札を貼ったと聞いた。今なら、真実を託せると思ったんだ」


 ルノアの指が、胸元の手紙を強く握る。


「兄は……生きているんですか?」


 男は答えなかった。


 苦しそうに顔を伏せると、床板の隙間へ指をかけた。


「その前に、見てほしいものがある」


 腐りかけた床板を外し、その下から古い布包みを取り出す。


「これは……?」


「三年前、ジーク隊長が使っていた聖盾の破片だ」


 ルノアの息が止まった。


 男が布を開く。


 中から現れたのは、黒く焼け、大きく歪んだ金属の破片だった。


 盾の握りに近い、分厚い部分だけが残っている。


「詰所が崩れたあと、瓦礫の中から拾った。軍に見つかれば取り上げられると思って、ここへ隠したんだ」


「どうして、この部分を?」


「出撃の前夜、隊長に頼まれていた。『もし盾が壊れたら、握りの近くだけは残してくれ。いつかルノアに渡してほしい』ってな」


 ルノアは、震える手で破片を受け取った。


 重く、冷たい。


 それは、三年前まで兄が持っていた盾だった。


 破片を裏返した時、ルノアは細い傷文字に気づいた。


 《異音あり・再検査要請》


 《使用可判定後も異音消えず》


「これは……兄さんの字です」


「盾を調べ直してほしいと軍へ頼んだあと、隊長が自分で刻んだ。盾に異常があったことを残すためにな」


 ルノアは検査鞄を開き、小さな検査槌を取り出した。


 兄の盾へ、そっと振り下ろす。


 チィン――。


 澄んだ音が響く。


 そのすぐあと。


 ギィン……。


 金属の奥から、濁った音が返ってきた。


「この音……」


「どうした?」


 アレンが尋ねる。


「王都で折れたE-731の聖剣と同じです」


「だが、これは三年前の盾だぞ」


「はい。E-731とは別の武具です。それなのに、同じ濁った音がします」


 ルノアは男を見る。


「教えてください。三年前、この盾に何があったんですか?」


 男はしばらく俯いていた。


 やがて、重い口を開く。


「出撃の前、隊長は盾から変な音がすると気づいた。それで軍に、もう一度調べてほしいと頼んだんだ」


「軍の返事は?」


「《異常なし・使用可》。問題なく使えるという返事だった」


「代わりの盾はなかったのですか?」


「なかった。盾を置いていけば、仲間を守れない。だから隊長は、あの盾を持って戦うしかなかった」


 男の声が震え始める。


「魔獣の襲撃が始まると、盾にはすぐに亀裂が入った。それでも隊長は盾を下ろさなかった。俺たちの前に立って、何度も魔獣を押し返したんだ」


 男は拳を強く握る。


「仲間が一人ずつ倒れて……最後に残ったのは、隊長と俺だけだった」


 地下倉庫に、男のかすれた声が響く。


「最後の一撃で盾が砕けた。防ぎきれなかった魔獣の爪が、隊長の身体を深く裂いた」


「兄さん……」


「それでも隊長は、俺を退路へ突き飛ばした。『逃げろ!』って叫んでな」


 男の目から涙がこぼれる。


「俺は戻った。隊長を助けようとした。だが、もう息をしていなかった。その直後、魔獣の一撃で壁が崩れ、隊長を呑み込んだ」


 ルノアは、盾の破片を握る手に力を込めた。


「……兄さんは、そこで」


「ああ」


 男は俯いた。


「あの日、あの詰所から帰れたのは、俺一人だ」


 胸の奥に残っていた小さな期待が、静かに消えていく。


 それでもルノアは、兄の盾を手放さなかった。


「俺は軍に、本当のことを話した。盾が壊れたことも、隊長が最後まで戦っていたことも」


「それなのに、なぜ兄さんは逃げたことになっているんですか?」


「俺が話したことは、全部消された」


 男は唇を噛んだ。


「代わりに出されたのが、《ジーク隊長は戦う前に盾を捨てて逃げた》という記録だった。署名しなければ軍法会議にかけると脅された」


 男はその場へ膝をついた。


「俺は怖くて、署名してしまった。隊長に助けてもらった俺が、隊長を逃亡者にしたんだ!」


「違います」


 ルノアは、はっきりと否定した。


「兄さんが命を懸けて守った人を、私は責めません」


 男が顔を上げる。


「あなたが生きて、この破片を守ってくれたから、兄さんが残した音が私まで届きました」


「……ルノア」


「兄さんは間違っていません。この盾には、戦う前から異常があったんです」


 目元に浮かんだ涙を、ルノアは袖で拭った。


「兄さんは、盾を捨ててなんかいなかった」


 しばらく、誰も言葉を発しなかった。


 ルノアが破片を布へ戻そうとした時、指先が小さな金属板に触れた。


「……これは?」


 煤を拭うと、盾の内側から、手のひらほどの真鍮板が現れた。


「ルノア、それは何だ?」


「《製造履歴板》です。簡単に言えば、この盾の検査記録です」


「三年前の記録が残っているのか?」


「分かりません。でも、誰がこの盾を調べ、どんな判定を出したのかが残っている可能性があります」


「ここで読めるのか?」


 ルノアは首を横に振った。


「専用の解析機が必要です」


「どこにある?」


「封鎖された旧王立検査工房です」


 ルノアは、三年前の盾の破片を布で包み直した。


「そこで、誰が兄さんの再検査を退け、《使用可》にしたのかを調べます」


「それが分かれば、E-731の欠陥を追う手がかりになるな」


「はい」


 ルノアは検査鞄を閉じ、立ち上がった。


「三年前、誰が兄さんの盾に《使用可》を出したのか。確かめにいきます」


 王都の聖武具が一斉起動されるまで、あと七十二時間。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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