↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『聖剣リコール ~その聖剣、次に振れば折れます~』  作者: 心瑛タケハル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/15

第6話 使用禁止を、解除します

 山道の先から、黒い煙が上がっていた。


「……ルノア」


「はい。村があります」


 追手を避けて旧街道を進んでいたルノアとアレンは、馬を走らせた。


 全聖核の一斉起動まで、あと九十六時間。


 遠回りをしている余裕はない。


 それでも、近づくにつれて聞こえてきた悲鳴を、無視することはできなかった。


 村の入口にあったはずの防壁は、半分以上が失われていた。


 太い丸太は内側へ折れ、家屋が二軒、屋根ごと押し潰されている。広場には負傷者が並べられ、女たちが引き裂いた布を傷口へ押し当てていた。


 穀物倉庫の壁際には、動かない三人が横たわっている。


 顔まで、布で覆われていた。


「父ちゃん! 目を開けて!」


 少年が、血に濡れた男の手を握っている。


 そのすぐ横を、折れた槍を抱えた自警団員が駆け抜けた。


「防壁の穴を塞げ! 使える荷車は全部運べ!」


「縄が足りない! 納屋から持ってこい!」


 第一波は、すでに村の中まで入り込んでいた。


 辛うじて追い返しただけだ。


「馬をあそこへ!」


 アレンが、石造りの貯蔵庫を指した。


 二人は三頭の馬を裏手へ繋ぐ。荷馬の左右には、赤札の貼られた聖剣と聖弓を収めた木箱が固定されている。


 ルノアが縄を確かめた直後、崩れた家屋の陰から黒い影が飛び出した。


「危ない!」


 傷ついた岩殻獣だった。


 岩盤のような外殻に覆われた四足獣。顎から突き出した二本の牙を振り上げ、負傷者の列へ走り出す。


「そいつは俺がやる!」


 一人の男が、その進路へ割り込んだ。


 青い外套。


 手にしているのは、長大な聖槍。


 男は魔力を使わず、岩殻獣の牙を槍の柄で受け流した。そのまま身体をひねり、露出していた顎の下へ穂先を突き入れる。


 魔獣が地面へ崩れ落ちた。


 引き抜かれた穂先が、外殻の端を叩く。


 チィン――。


 澄んだ金属音。


 その一拍後。


 ギィン……。


 穂先の奥から、低く濁った第二音が返ってきた。


 ルノアの鞄の中で、共鳴核を仕込んだ検査槌が震える。


「その音……」


 王都で破断した旗艦聖剣。


 ギルバートの聖剣。


 ミラの聖弓。


 すべてと同じ音だった。


 男が槍を引いた時、聖核との接合環に刻まれた文字が見えた。


《E-731》


「バロン!」


 アレンが男の名を呼んだ。


 男が振り向き、目を見開く。


「アレンか。どうしてここに……」


「話は後だ」


 男は百勇部隊の聖槍使い、バロンだった。


 ルノアが聖槍を指す。


「その槍、今日は何回起動しました?」


「あ?」


 バロンがルノアを見る。


「聖核へ魔力を流した回数です。何回ですか?」


「まだ二回だ」


「二回も、全出力で?」


「岩殻獣を二頭倒した」


 バロンが広場の端を顎で示した。


 外殻を砕かれた二頭の岩殻獣が、黒い血を流して倒れている。


「使わなきゃ、防壁はもっと前に抜かれてた。村の半分じゃ済まなかった」


 その時、見張り台から鐘が鳴った。


 カン、カン、カン――!


「また来るぞ!」


 見張りの男が、声を裏返して叫ぶ。


「谷の向こうに岩殻獣! 小型が五! 群れ長もいる!」


 広場の空気が凍りついた。


 怪我人を運んでいた村人たちが、一斉に谷の方角を見る。


 バロンは聖槍を握り直した。


「奴らはまた来る」


 荒い息を吐く。


「次で、この村を潰すつもりだ」


「その槍を見せてください」


「時間がない」


「三秒で構いません!」


 バロンは険しい顔をしたが、聖槍を横へ倒した。


 ルノアは検査槌を抜く。


 接合環を正確に打った。


 チィン――。


 ギィン……。


 二つの音が、近い。


 すでに亀裂が進んでいる。


 ルノアは検査帳を開き、赤い札を取り出した。


《使用禁止》


 聖槍の柄へ貼り付ける。


「通常出力での使用は禁止です。このまま全出力で起動すれば、槍が破断します」


「使用禁止だと?」


 バロンが赤札を睨んだ。


「槍を置いたら、何を使ってあいつらを止める」


 自警団員が構えているのは、刃の欠けた槍や農具ばかりだった。


 折れた防壁の向こうには、まだ避難できていない村人がいる。


「ですが、このまま使えば、あなたも周りの人も巻き込みます」


「だったら教えろ」


 バロンがルノアを見据えた。


「どこまでなら使える?」


「……」


「使えないで終わらせるな。限界を教えろ、検査官!」


 ルノアは聖槍へ貼った赤札を見た。


 判定は間違っていない。


 通常出力では使えない。


 だが、ここで終わらせれば、この村に残るのは素手で死ぬことだけだ。


「……三分ください」


 ルノアは検査槌を握り直した。


「使える条件を調べます!」


 アレンが制式剣を抜いた。


「三分だな」


「はい!」


「分かった。バロン、槍を預けろ!」


 バロンが聖槍をルノアの前へ置く。


 アレンは自警団へ振り返った。


「動ける者を二手に分けろ! 半分は小型を引き離す! 残りは荷車と丸太で、群れ長の進路を塞げ!」


「そんなもので止まるのか!?」


「倒す必要はない! 三分だけ通さなければいい!」


 自警団員たちが走り出した。


 壊れた荷車が、防壁の穴へ押し込まれる。太い縄が道の両側へ張られ、斜面には丸太が並べられた。


 ルノアは聖槍の接合部へ検査槌の共鳴核を押し当てた。


「一段階目」


 共鳴核から、一秒にも満たない微量の検査魔力を流す。


 チィン――。


 遅れて、ギィン……。


 返ってきた振動を検査帳へ書き込む。


「二段階目」


 少しだけ出力を上げる。


 チィン――ギィン。


 二つの音の間隔が縮まった。


 魔力を通すたび、内部の亀裂が押し広げられている。


 カン、カン、カン――!


 見張りの鐘が再び鳴った。


「谷を越えた! もう来るぞ!」


 地面が震え始めた。


 崩れた防壁の向こうから、土煙が上がる。


「まだか、検査官!」


「最後です!」


 三段階目。


 検査用魔力を通す。


 濁った第二音が、第一音へ重なりかける。


 ルノアはすぐに通電を止めた。


 検査槌から返る微振動。


 亀裂の進み方。


 すでに行われた二回の全出力起動と、今の検査通電による損耗。


 すべてを検査帳へ書き込む。


 防壁の向こうから、岩殻獣の群れが姿を現した。


 小型が五頭。


 その中央を、体長三メートルを超える群れ長が進んでくる。


 背中を覆う外殻は、小型個体よりも厚い。


 顎から湾曲した二本の牙を突き出し、荷車で塞がれた防壁へ向かって速度を上げていく。


「算出できました!」


 ルノアは赤札の余白へ、刻限と署名を書き込んだ。


《判定変更・条件付き使用へ移行》


 赤札を静かに剥がし、検査帳へ収める。


 代わりに取り出したのは、黄色い札だった。


《条件付き使用》


 聖槍の柄へ貼り付ける。


「《使用禁止》を解除します!」


 バロンが聖槍を掴んだ。


「ただし、安全になったわけではありません」


 ルノアは条件を告げる。


「出力三割。連続十秒以内。次に起動するまで三十秒以上。現在の状態から、最大三回です」


「三割。十秒。三十秒休ませて、ここから三回だな」


「はい。ですが、この条件でも破断の危険は残ります」


 岩殻獣の群れが迫る。


 荷車の向こうで、自警団員たちが震える槍を構えていた。


「槍を置くか、この条件で使うか――あなたが選んでください」


 バロンは黄札を見た。


 次に、負傷者が並ぶ広場を見る。


「使う」


 聖槍を構えた。


「この危険ごと、俺が選ぶ」


 群れ長が荷車へ激突した。


 木材が砕け、車輪が宙へ舞う。


「来るぞ!」


 アレンの声で、自警団が動いた。


 小型個体へ火矢が放たれる。


 三頭が火を避け、群れ長から離れた。残る二頭へ、自警団員たちが左右から縄を投げる。


 バロンは群れ長へ向かって駆けた。


「前脚を崩す! そのあとは任せたぞ、アレン!」


「了解!」


 聖槍の穂先へ、抑えられた青白い光が集まる。


「一回目!」


 バロンが踏み込み、群れ長の左前脚へ穂先を叩きつけた。


 ズドォンッ!


 岩の外殻に、大きな亀裂が走った。


「五秒! 六秒!」


 ルノアが数える。


 群れ長が前脚を振り上げる。


 バロンは槍を引かず、亀裂をさらに押し広げた。


「八秒!」


 バロンが魔力を切り、後方へ跳ぶ。


 群れ長が怒りの咆哮を上げた。


「再起動まで三十秒です!」


「聞いたな! 三十秒稼ぐぞ!」


 バロンは聖槍を胸元へ引き寄せ、突き出された牙を横へかわした。


 だが、続けて振られた群れ長の肩が身体をかすめる。


 バロンは地面を転がった。聖槍だけは衝撃から庇い、離さなかった。


「バロン!」


「まだ動ける!」


 アレンが横から踏み込んだ。


 正面からは受けない。


 制式剣を牙へ斜めに当て、その軌道を地面へ滑らせる。


 ガァンッ!


 激しい衝撃が刃を走った。


 柄を握るアレンの掌に、鈍い震えが残る。


 アレンは一瞬だけ剣へ目を落としたが、すぐに群れ長へ視線を戻した。


「十秒!」


 群れ長が牙を引き抜く。


 その後ろで、小型個体が一頭、縄を引き千切った。


 避難所へ向かって走り出す。


「行かせるな!」


 自警団員たちが丸太を転がした。


 小型の岩殻獣が丸太を踏み越え、一人を弾き飛ばす。


「父ちゃん!」


 広場にいた少年の声が響いた。


 岩殻獣が倒れた男へ牙を向ける。


「二十秒!」


 アレンは群れ長から離れられない。


 バロンも聖槍を起動できない。


 若い自警団員が、折れた槍を手に小型個体の前へ飛び出した。


「こっちだ!」


 刃のない槍で外殻を叩き、岩殻獣の注意を自分へ向ける。


 牙が迫る。


「二十五秒!」


 横から投げられた縄が、岩殻獣の前脚へ絡みついた。


 三人がかりで引き、牙の軌道を逸らす。


「三十秒です!」


「二回目!」


 バロンが聖槍へ魔力を通した。


 青白い穂先を、先ほど作った外殻の亀裂へ突き入れる。


 群れ長が前脚を振り上げた。


「五秒!」


 亀裂が広がる。


「六秒!」


 バロンが聖槍を深く押し込んだ。


「七秒!」


 群れ長の前脚から、鈍い音が響いた。


 関節が折れ、巨体が前のめりに崩れ落ちる。


 バロンはすぐに魔力を切り、聖槍を引き抜いた。


「最後の一回は残す!」


 地面に倒れた群れ長が、頭を持ち上げる。


「今だ、アレン!」


 アレンが巨体の内側へ滑り込んだ。


 岩の外殻が途切れた、首の付け根。


 露出した急所へ、制式剣を正確に突き入れる。


 岩殻獣の身体が大きく震えた。


 咆哮が途切れる。


 群れ長は数歩もがき、地響きを立てて倒れた。


 小型個体たちが動きを止める。


 自警団が一斉に槍を構えた。


「押し返せ!」


 火矢が放たれる。


 統率者を失った岩殻獣たちは背を向け、壊れた防壁から谷の向こうへ逃げていった。


 誰も追わなかった。


 追える者など、残っていなかった。


 静かになった広場へ、負傷者のうめき声が戻ってくる。


 アレンは制式剣を抜き、刃についた黒い血を払った。


 バロンが膝をつく。


 ルノアはすぐに駆け寄った。


「聖槍を見せてください」


 接合部へ検査槌を当てる。


 チィン――。


 ギィン……。


 第二音は、戦闘前より第一音へ近づいていた。


 ルノアは黄札と検査帳を見比べる。


「同じ条件で、あと一回です。ただし、次に使ったあとは必ず再検査を受けてください」


「分かった」


 バロンは黄札の貼られた聖槍を見つめた。


「限界が分かったから、二回で止められた」


 広場を見る。


 泣きながら父親へ駆け寄る少年。


 傷ついた仲間を支える自警団員。


 潰された家屋。


 それでも、生き残った者たちは立っている。


「まだ一回残ってる。村も、俺も生きてる」


 バロンがルノアへ笑いかけた。


「十分すぎる判定だ。助かったぜ、検査官」


 村人たちはすぐに負傷者の手当てと、防壁の補修を再開した。


 ルノアとアレンが石造りの貯蔵庫へ戻ると、三頭の馬と、荷馬に固定した二つの木箱は無事だった。


「王都へ向かうんだろ?」


 バロンが二人を村外れの古い道標へ案内した。


「正面の街道には検問がある。この先の鉱山道を抜けろ。狭いが、荷馬でも通れる。王都近くの旧街道へ出られるはずだ」


「ありがとうございます、バロンさん」


「礼を言うのはこっちだ」


 バロンは外套の内側から、固く封じられた手紙を取り出した。


「そうだ。これを預かっていた」


「私に、ですか?」


「ああ。王都へ向かう途中、旧北方詰所の近くで昔の仲間に呼び止められた。三年前まで、あの詰所にいた男だ」


「旧北方詰所……」


 三年前、兄が聖盾を捨て、仲間を置いて逃げたと記録された場所だ。


「式典で赤札を貼った検査官が、E-731を追っている。お前も同じロットを持っているなら、出会うかもしれない――そう言って、俺に預けた」


 ルノアは手紙を受け取った。


 封蝋には、兄が所属していた北方防備隊の意匠が残されている。


「俺も村の守りを整えたら、王都へ向かう」


 バロンが黄札の貼られた聖槍を担いだ。


「出陣式で、また会おう」


 バロンは片手を上げ、壊れた村へ戻っていった。


 夕暮れの迫る道標の前で、ルノアは手紙の封を切った。


 中に収められていた羊皮紙を開く。


 短い文章が、震えるような筆跡で記されていた。


『お前の兄は、盾を捨てていない』


 ルノアの指が止まる。


『真実を知りたければ、旧北方詰所へ来い』


 山道を抜ける風が、羊皮紙を揺らした。


 ルノアは手紙を検査帳へ収める。


「行きましょう、アレン」


「ああ。真実を確かめにいこう」


 二人は馬へ跨がった。


 そして、兄の部隊が壊滅した旧北方詰所へ向け、再び走り出した。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


少しでも「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、いいねとブックマークで応援していただけると嬉しいです!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。