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『聖剣リコール ~その聖剣、次に振れば折れます~』  作者: 心瑛タケハル


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第2話 九十九点の行方

「本日をもって、お前を王立武具工房から解雇する」


 冷ややかな声が、薄暗く湿った地下牢に響いた。


 鉄格子の向こうに立つゲイツが、一枚の書面を差し入れる。


「胸章を返せ」


 ゲイツが鉄格子の隙間から、静かに手を差し出した。


 ルノアは胸元の銀色へ触れた。


 指が動かない。


 兄を失ってから、検査官として積み重ねてきた年月そのものだった。


 いつか一人前の検査官になり、自分の検査室を持つ。


 壊れる武具を見逃さず、それを使う人の命を守る。


 ゲイツのもとで学び続ければ、いつかそこへ辿り着けると信じていた。


「ルノア」


 その一言に、ルノアは息を呑み、留め具を外した。


 銀色の胸章が、ゲイツの掌へ落ちる。


 ゲイツの指が閉じる。その小さな音だけが、地下牢に響いた。


「それだけではない」


 胸章を握る指に、わずかに力がこもる。


「本日限りで、お前を破門する」


 ルノアの呼吸が止まった。


「……師匠」


「その呼び方をするな。お前はもう、私の弟子ではない」


 ルノアは唇を噛んだ。


 胸章だけではない。


 夢へ続くと信じていた道まで、目の前で断ち切られた。


「師匠についていったら、夢が叶うって信じてたのに……なんで」


 声が、かすかに震えた。


「お前に検査槌を持たせ、三級まで教えた。その答えが、国中の前で私の判断に赤札を貼ることか」


「教わったから、止めたんです」


 ルノアは顔を上げた。


「濁った音を聞いたら、相手が誰でも止めろ。一つの見落としが、その先で人を殺す。そう教えたのは、あなたです」


 ゲイツの眉が、わずかに動いた。


「だから、見なかったことにはできませんでした」


「……随分な恩返しだ」


「私を辞めさせても、E-731の内部亀裂は消えません」


 ゲイツはしばらく答えなかった。


 やがて、ルノアの胸章を懐へ収める。


「旗艦聖剣が破断したことは認める」


 その表情から、感情は消えていた。


「だが、一本の破断だけでは、同じロットすべてを欠陥品とは断定できない。軍上層部から期限付きの追加検査を命じられた。二日間だけ猶予を与える。同じロットから、共通欠陥の証拠を持ち帰れ」


 鍵が回り、牢の扉が開く。


「証明できなければ、式典妨害と聖剣破壊の罪で再び拘束する」


 地下牢を抜けたルノアを待っていたのは、アレンだった。


 彼の腰に収まっているのは聖剣ではなく、昨日の混乱の中で魔獣を倒した、傷だらけの王国軍制式剣だ。


「あなたが、追加検査を要求してくれたんですか?」


「目の前で折れたんだ。見なかったことにはできない」


 アレンは一巻の羊皮紙を取り出した。


「だが、礼を言われる立場でもない。俺はあなたの監視役だ。欠陥が確認できなければ、王都へ連れ戻す」


 アレンが広げたのは、E-731の出荷台帳と、王国全土の地図だった。


 そこには、残る九十九点の届け先が、血のような赤い印で示されている。


 大侵攻まで、あと九日。


 たった九日で、この九十九点を回る。


 ルノアの指が、最も近い赤印で止まった。


「まずは、ここです」


《元勇者ギルバート・辺境開拓村》


「引退した老いぼれまで百勇部隊へ復帰招集するとは、王国も相当追い詰められているらしい」


 アレンが呟く。


 さらにその北、国境砦にも赤い印が押されていた。


「確かめられるなら、どこへでも同行する」


 二人は馬に跨がり、静まり返った街道を駆け出した。


 茜色に染まる夕暮れ時、二人は魔獣の脅威が間近に迫る開拓村へ到着した。


 村人たちが必死で防壁の補修に追われる中、村の鍛冶場から澄んだ槌音が漏れていた。


 老いた鍛冶師が、一本の古い鉄剣を研いでいる。


 刃には無数の傷が刻まれ、柄の革紐は何度も巻き直されていた。ギルバートが現役時代から使い込んできた愛剣だ。


「まだ使えるようにしてあるぞ」


 鍛冶師が差し出すが、鎧をまとった老勇者ギルバートは首を横に振った。


「気持ちだけ受け取っておく。今度は国から聖剣を授かったんだ。そいつの役目は終わりだよ」


 村の中央、広場に置かれた豪華な木箱。


 開かれた蓋の奥で、美しい聖剣が青白い光を脈打たせていた。


 形も装飾も、折れた旗艦聖剣とは違う。


 それでも、埋め込まれた聖核の光を見た瞬間、ルノアの指が検査槌へ伸びた。


「若い連中は一人も死なせん。最後くらい、俺が先頭に立つ」


「最後、か」


 アレンの手が、腰の制式剣へ触れた。


 ルノアが静かに歩み寄り、木箱へ手を伸ばそうとする。


 だが、ギルバートが巨体でその進路を遮った。


「触るな。お前が旗艦聖剣を壊したという検査官だな。俺の剣には触れさせん」


「壊したのではありません! 壊れる前に止めようとしたんです!」


「同じことだ!」


 その時、村の見張り台からけたたましい警鐘が鳴り響いた。


「魔獣だ! 防壁の外に集まってきているぞ!」


 村全体が激しい混乱に包まれる。


 ギルバートは木箱の中の柄へ手を伸ばした。


「話は終わりだ」


 その一瞬の隙を突き、ルノアは腰の鞄から検査槌を引き抜いた。


 手首を返し、聖剣の鍔元を正確に打つ。


 チィン――。


 澄んだ音が、夕暮れの広場へ伸びていく。


 ギルバートが鼻で笑った。


「何が欠陥だ。きれいな音ではないか」


「待て」


 アレンだけが笑っていなかった。


「まだ、終わっていない」


 ほんの一拍、遅れて。


 ギィン……。


 刀身の奥から、低く濁った第二音が漏れた。


 ギルバートの顔から笑みが消える。


 ルノアは躊躇なく鞄から赤い札を取り出すと、青く光る美しい刀身へ容赦なく貼り付けた。


《使用禁止》


「二点目も、同じ内部亀裂です」


 防壁の向こうから、地鳴りのような魔獣の咆哮が届く。


 ギルバートの目に、頑なな光が宿った。


「折れる前に使い切る。この村が生き残るなら、俺の命など安いものだ」


「あなたが先に死にます!」


「そのために、老いぼれが呼び戻されたんだ」


 ギルバートは《使用禁止》の札をつかんだ。


 真ん中から引き裂く。


 そして聖剣を木箱からつかみ上げた。


 青白い光が、ルノアたちの顔を照らす。


 直後。


 凄まじい破壊音とともに、村の防壁が内側へ弾け飛んだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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