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『聖剣リコール ~その聖剣、次に振れば折れます~』  作者: 心瑛タケハル


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第1話 その聖剣、次に振れば折れます

「その聖剣に、魔力を通さないでください!」


 ルノアの声は、大歓声に呑み込まれた。


「アレン! アレン! アレン!」


 王都の大広場を埋め尽くす人々が、一人の勇者の名を叫んでいる。


 その頭上では、巨大な魔導掲示板に赤い文字が浮かんでいた。


《魔獣大侵攻まで――あと十日》


 だが、誰もそちらを見ていない。


 人々の視線は、白亜の壇上へ集まっていた。


「百勇部隊を率いる若き英雄――勇者アレン!」


 拡声魔道具を通した司会者の声が響き渡る。


 純白の外套をまとった青年が進み出ると、歓声がさらに大きくなった。


「そして王立武具工房・検査部門長、ゲイツ卿より授けられるのは――我が国の希望! 百勇部隊の象徴となる《旗艦聖剣(フラッグシップ・セイバー)》である!」


 銀髪の男が掲げた木箱が、ゆっくりと開かれる。


 現れたのは、陽光を弾く一振りの剣。


 刀身に埋め込まれた聖核から、青白い光が脈打っている。


「だめ……!」


 ルノアは群衆の隙間へ身体をねじ込んだ。


「どいて! 道を開けてください!」


 肩をぶつけ、足を踏まれ、それでも前へ進む。


 喉の奥に血の味が広がった。


 壇上では、アレンの手が聖剣の柄へ伸びている。


「間に合って……!」


 警備兵の列が見えた。


 ルノアは速度を落とさない。


「止まれ!」


 交差された槍の隙間へ飛び込み、肩から兵士へぶつかった。


 一人目を抜ける。


 二人目の腕を振り払う。


 壇上へ続く階段を駆け上がったところで、左右から伸びた手に両腕を掴まれた。


「離して!」


 石床へ膝をつきながら、ルノアは顔を上げた。


 聖剣を受け取ったアレンが、今まさに天へ掲げようとしている。


「製造ロットE-731は不合格です! その聖剣を起動しないでください!」


 アレンの動きが止まった。


 歓声も、遅れて静まっていく。


「誰だ?」


 アレンがルノアの胸元へ目を向けた。


 乱れた上着に、銀色の胸章が残っている。中央には、三級を示す三本の線。


「王立武具工房の検査官……?」


「アレン殿」


 ゲイツが一歩進み出た。


「その者は三日前、検査業務から外されています。今の彼女に、聖剣を判定する権限はありません」


「私がE-731を不合格と報告したから、師匠が私を外したんです」


 ゲイツの眉が、わずかに動く。


「連れていけ」


「待ってくれ」


 アレンが兵士たちを制した。


「権限がなくても、剣が安全だとは限りません。検査だけでもさせるべきです」


 ゲイツが黙った。


 アレンはルノアへ向き直る。


「確かめられるのか?」


「はい」


 兵士の手が離れた。


 ルノアは一度だけ、大きく息を吸った。


 腰の鞄を開き、小さな検査槌を取り出す。


 壇上まで走ってきた時の震えは、もう指先に残っていなかった。


 聖剣の鍔元(つばもと)へ目を寄せる。


 角度を変える。


 検査槌を振った。


 チィン――。


 澄んだ音が広場へ伸びる。


 その直後。


 ギィン……。


 一度しか叩いていないはずの刀身から、遅れてもう一つの音が漏れた。


 低く、濁った音だった。


 広場のどこかで、誰かが息を呑んだ。


 ルノアは鞄から赤い札を取り出した。


《使用禁止》


 青白く輝く刀身の中央へ、迷いなく貼り付ける。


「使用禁止です」


 アレンが聖剣を見る。


「どこに異常が?」


「内部です。表面からは見えません」


 ルノアは告げた。


「この聖剣は、次に振れば折れます」


 ざわめきが広がった。


「聖剣が折れる?」


「まさか……」


「大侵攻まで、あと十日しかないんだぞ」


 ゲイツの指が、空になった木箱の縁を強く掴んでいる。


「師匠」


 ルノアはゲイツを見た。


「今の音が、聞こえなかったとは言わせません」


「取り押さえろ」


 ゲイツは答えなかった。


「資格停止中の者による無許可検査だ。その判定に効力はない。式典を続行する」


 兵士が再びルノアの腕を掴む。


「待って! せめて正式な再検査を――」


 その時。


 壇上に、巨大な影が落ちた。


 青空を引き裂く絶叫。


 ギャアアアアアッ!


 群衆が一斉に空を見上げた。


 翼長十メートルを超える飛行魔獣が、雲を突き破って現れた。


「魔獣だ!」


「逃げろ!」


 悲鳴。


 怒号。


 押し合う人々。


 飛行魔獣の赤い眼は、青白く脈打つ聖核だけを捉えていた。


 翼を畳む。


 急降下。


 その進路上で、小さな男の子が倒れていた。


「お母さん……!」


 人波に取り残され、立ち上がれずにいる。


 飛行魔獣の鉤爪が開いた。


「アレン!」


 ルノアが叫ぶ。


「その剣を使わないで!」


 アレンは聖剣を見た。


 赤い札が揺れている。


 次に、男の子を見た。


「それでは、あの子が死ぬ」


 アレンが駆け出した。


「待って!」


「待てない!」


 男の子の前へ滑り込み、聖剣を振り上げる。


 聖核へ魔力が流れ込んだ。


 青白い光が爆発する。


 鉤爪と聖剣が激突した。


 轟音。


 石畳が砕け、アレンの両足が沈む。


「今だ! 子どもを!」


 アレンが叫ぶ。


 兵士が我に返り、男の子を抱えて走った。


 飛行魔獣の重量が、聖剣へ押しかかる。


 刀身に貼られた赤い札が、風に剥がれた。


 パァンッ!


 聖剣の鍔元(つばもと)へ亀裂が走る。


 青白い刀身が根元からへし折れ、回転しながら石畳へ突き立った。


「なっ……!」


 アレンの身体が弾き飛ばされた。


 背中から石畳へ叩きつけられる。


 息が詰まる。


 顔を上げた時には、飛行魔獣が大きく顎を開いていた。


 武器はない。


 避ければ、背後の群衆へ突っ込む。


 その時、兵士の一人が飛行魔獣の翼に弾き飛ばされた。


 手を離れた制式剣が、石畳を滑ってルノアの足元へ転がってくる。


 ルノアを押さえていた兵士たちは、魔獣の襲来ですでに離れていた。


 ルノアはすぐさま制式剣を拾い上げ、刀身に刻まれた検査合格印を確認した。


 検査槌を一打。


 チリィン――。


 澄んだ音。


「アレン!」


 ルノアは制式剣を投げ渡した。


「その剣は使えます!」


 アレンが空中で柄を掴む。


「検査済みです。今は、それを信じて!」


 飛行魔獣の鉤爪が迫る。


 アレンは身体を沈めた。


 鉤爪が頭上を掠める。


 硬い鱗は狙わない。


 巨体の内側へ踏み込み、翼と首の境目――呼吸のたびに開く隙間へ刃を突き入れた。


 飛行魔獣が絶叫する。


 アレンは柄を握り込み、そのまま刃を横へ引いた。


 鮮血が噴き上がる。


 魔獣の巨体が傾き、石畳を揺らして倒れた。


 静寂。


 アレンが立ち上がる。


 その手には、血に濡れながらも折れていない制式剣が残っていた。


「……見事だ」


 ゲイツが声を上げた。


「皆の者、安心しろ! 魔獣は勇者アレンによって討ち取られた!」


 まばらな拍手が起こる。


 それは次第に広がり、歓声へ変わっていった。


 ゲイツは兵士たちへ視線を送る。


「その検査官を拘束しろ」


「待ってください」


 ルノアが声を上げる。


「聖剣は、私が叩く前から――」


「資格停止中の検査官が、無許可の打撃で魔力回路を損傷させた疑いがある」


 ゲイツの声が、拡声魔道具を通して広場へ響いた。


「破断原因は工房で正式に調査する。連れていけ」


 兵士がルノアの両腕を掴む。


 今度は、振りほどけなかった。


 アレンは何も言わず、折れた聖剣の柄を拾い上げた。


 破断面の中心だけが、煤けたように黒い。


 たった今ついた傷が、金属の奥まで黒ずんでいる。


 その意味を、アレンは知らない。


 だが、ゲイツの説明を素直に信じることもできなかった。


「歩け!」


 兵士に押され、ルノアがよろめく。


 その視界に、アレンが持つ聖剣の柄が入った。


 鍔の下。


 刻まれた文字。


《製造ロットE-731》


 間違いない。


「アレン!」


 ルノアは振り返った。


「その聖剣だけではありません!」


 歓声が、再び広場を満たしていく。


 それでもルノアは叫んだ。


「同じ製造ロットE-731の聖武具が――」


 アレンと目が合う。


「あと九十九点、すでに出荷されています!」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


残る九十九点にも、同じ欠陥があるのか。


次話から、二人の《聖剣リコール》が始まります。


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