第14話 今は、使える
チィン――。
澄んだ一音が、大広場へ伸びていく。
ルノアは息を止めて待った。
一拍たっても、濁った第二音は返ってこない。
「完璧とは言いません。でも――今は、使えます」
ルノアは通常長剣を、アレンへ差し出した。
「それで十分だ」
アレンは長剣を受け取ると、そのまま中央通りへ走り出した。
「北大通りは第一再編隊が維持しろ!」
軍司令官の命令が飛ぶ。
「ギルバート、ミラ、バロンは中央通りへ回れ!」
「私も行きます」
検査鞄をつかんだルノアを、アルドが制した。
「危険だ。お前はここに残れ」
「バロンさんの槍は残り一回です」
ルノアは検査槌を握った。
「使う場所と、止める時を見極めます」
遠くから、角冠獣の咆哮が響く。
アルドは回収隊へ向き直った。
「動ける者は俺に続け! ルノア、お前は俺から離れるな!」
*
中央通りでは、角冠獣が家屋を壊しながら、逃げ遅れた住民の列へ迫っていた。
「住民を脇道へ逃がせ!」
アルドたちが通常盾を並べ、避難路を作る。
道端には、瓦礫の撤去に使われていた工兵用荷車が横転していた。その荷台には、太い牽引用鎖が積まれている。
「あの鎖を使う!」
ギルバートが叫んだ。
「中央を輪にして石畳へ置け! 両端は左右の石柱へ回せ!」
兵士たちが荷台から鎖を引きずり下ろす。
ミラは通り脇の建物へ駆け込み、二階の窓へ向かった。
「準備に時間がかかる!」
兵士の声に、アレンが角冠獣を見据えた。
「それまでは俺が引きつける」
通常長剣を手に、角冠獣の正面へ躍り出る。
「こっちだ!」
角冠獣が二本の角を突き出し、アレンへ向かって突進した。
アレンはぎりぎりまで引きつけ、横へかわす。
巨体が背後の石壁へ激突した。
ドォンッ!
石片が飛び散る。
角冠獣が体勢を立て直す間にも、兵士たちは鎖を運んでいた。
「右、石柱へ回した!」
「左も固定する!」
鎖の中央が、大きな輪となって石畳へ置かれる。
角冠獣が首を振り、再びアレンへ向き直った。
片方の蹄が石畳を掻く。
「準備できたぞ!」
ギルバートの声が飛ぶ。
「こっちだ!」
アレンが鎖の輪へ向かって走る。
背後から角冠獣が追ってくる。
アレンは輪の中央を駆け抜け、その先へ飛び退いた。
角冠獣の両前脚が、輪の内側へ入る。
シュッ!
二階の窓からミラが放った矢が、角冠獣の片目を射抜いた。
巨体が体勢を崩す。
「今だ! 引け!」
兵士たちが、石柱へ回した鎖の両端を引いた。
石畳に置かれていた輪が跳ね上がり、角冠獣の両前脚を束ねるように締まる。
角冠獣は前へ進めなくなり、その場で激しく頭を振った。
「後脚を崩す!」
ギルバートが古い鉄剣を手に、巨体の右側へ回り込む。
硬い外甲は狙わない。
角冠獣が踏ん張っている右後脚。その甲殻が途切れた関節の内側へ、鉄剣を斬り込んだ。
右後脚から力が抜ける。
前脚を鎖に縛られた角冠獣は体勢を支えられず、左脇腹から石畳へ倒れた。
ズズンッ!
通り全体が大きく揺れる。
横倒しになったことで、胸部外甲が斜め上を向いた。
外甲には、第一外壁を破った時の石片が食い込み、その周囲へ何本もの亀裂が伸びている。
バロンが、最も大きな亀裂へ聖槍を向けた。
「待ってください!」
ルノアが、その腕を止める。
「その亀裂が、内側まで届いているとは限りません。槍は残り一回です」
「なら、どこを狙う」
「今、調べます」
角冠獣が身をよじり、前脚を縛る鎖が激しく軋んだ。
アルドが角冠獣の頭とルノアの間へ入り、通常盾を構える。
その後ろから、ルノアは胸部外甲へ近づいた。
「分からないまま、最後の一回を使わせません」
最も大きな亀裂へ、検査槌を振り下ろす。
カンッ。
硬く短い音だけが返った。
亀裂は見えていても、その奥はまだ割れていない。
ルノアは一歩横へ移り、別の傷を打つ。
カンッ。
ここも同じだった。
「鎖が持たんぞ!」
鎖を引く兵士が叫ぶ。
角冠獣の前脚が動くたび、石柱の表面が削られていく。
ルノアは、外甲へ食い込んだ石片のすぐ下へ検査槌を振り下ろした。
チィン――。
澄んだ音が伸びる。
その一拍後。
ゴォン……。
外甲の奥から、低く濁った音が返った。
ルノアは槌の先で、その一点を示す。
「ここです! この亀裂だけが、外甲の内側まで届いています!」
「任せろ!」
ルノアが下がると、バロンが入れ替わるように前へ出た。
示された亀裂へ聖槍の穂先を差し込み、体重をかけて固定する。
「出力三割。八秒以内です」
「ああ!」
バロンが聖槍を起動した。
穂先から青白い光が広がり、亀裂の内側へ流れ込む。
「一秒! 二秒! 三秒!」
ルノアはアルドの盾の後ろから、聖槍の音へ耳を澄ませた。
バロンが槍の柄を押し下げる。
穂先を差し込んだ亀裂が、少しずつ左右へ広がっていく。
「四秒!」
角冠獣が暴れ、太い尾を振り回した。
巨尾が横倒しになった身体を越え、ルノアへ迫る。
「させん!」
アルドが盾を斜めに構え、ルノアの前へ割り込んだ。
ガアンッ!
巨尾が盾を叩く。
アルドの足が石畳を滑ったが、盾は倒れなかった。
「アルドさん!」
「槍を見ろ!」
ルノアは聖槍へ視線を戻す。
「五秒! 六秒!」
甲殻の割れる音に混じって、聖槍の接合部から甲高い音が鳴った。
限界が近い。
「バロンさん、あと一秒です!」
「分かった!」
バロンが最後の力で槍の柄を押し下げる。
「七秒!」
バキリッ!
亀裂から外甲が割れ、胸部を覆っていた二枚の甲殻が左右へ開いた。
「止めてください!」
「八秒目はいらねえ!」
バロンが魔力を切る。
聖槍から青白い光が消えた。
槍を引き抜いたバロンは、その場へ片膝をつく。
開いた外甲の奥には、薄い膜に覆われた胸部が見えていた。
「アレン!」
アレンが角冠獣の胸元へ駆け込む。
硬い外甲には刃を当てない。
ルノアが見つけ、バロンが開いた隙間へ、通常長剣を突き下ろした。
切っ先が薄い膜を破り、柔らかな胸部へ深く入る。
そのまま心臓を貫いた。
「グォォォォッ!」
角冠獣が苦しげな咆哮を上げ、巨体を大きく跳ねさせた。
だが、その声はすぐに低いうめきへ変わっていく。
石畳を掻いていた前脚が止まり、持ち上がっていた頭が地面へ落ちた。
鎖が緩む。
角冠獣は、それきり動かなかった。
アレンは長剣を引き抜いた。
黒い血の流れる刀身を、ルノアは見つめた。
折れていない。
目に見える歪みもない。
その事実を確かめ、胸から張りつめていた息がこぼれた。
角冠獣を失い、魔獣群の動きが乱れる。
「押し返せ!」
再編された騎士たちが盾列を押し上げ、魔獣群を破られた第一外壁の外へ追い返していった。
やがて、最後の咆哮が遠ざかる。
黒煙の立ち込める中央通りで、青白い光を持たない長剣は、折れることなくアレンの手に残っていた。
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