第15話 不合格の先に
防衛戦から数か月後。
王都の告示板に、一枚の公文書が掲示された。
『製造ロットE-731・全点使用停止および正式回収命令』
式典で破断した旗艦聖剣の破片、証拠品となったギルバートの聖剣とミラの聖弓、そして大広場で緊急停止された九十七点。
軍の臨時封印庫で、最後の番号が確認された。
軍司令部付きの記録官が、回収台帳へ最後の数字を書き入れる。
《製造数――百点》
《所在確認――百点》
《未回収――零》
ルノアは、その数字を静かに見届けた。
破損品も含め、すべての武具が処分を保留され、再検査と解体調査の対象として封印された。
その後に公表された調査報告書により、事件に関わった者たちの責任も明らかになった。
ゲイツは判定の手動上書きと、再検査申請の不当な却下により、役職と検査資格を剥奪された。防衛戦での全記録開放と協力は考慮されたが、過去の違反とは明確に切り分けて処分が下された。
短縮工程の採用を決定した王立工房の製造責任者たち、北方詰所の生存者へ虚偽証言を強要した当時の軍関係者も、それぞれ別に処罰を受けた。
資格を失ったゲイツは、監視官の立ち会いのもとで最後の製造記録を提出した。
かつてのように武具へ触れることは許されない。
提示された書類と記録についての質問に答えることだけが、彼に残された役割だった。
ルノアとアレンの立入禁止区域への侵入や軍令違反についても、正式な審査が行われた。
違反の事実自体は記録に残されたものの、証拠保全と人命救助、そして王都防衛のために必要な行動だったと認定され、処罰は行わない決定が下された。
*
王都北部の丘に建つ慰霊碑。
ジークの公式記録は、
《盾を捨て、戦線から逃亡》
から、
《欠陥のある聖盾を最後まで掲げ、部下を守って戦死》
へ正式に改定されていた。
元部下の男は、刻み直されたジークの名を見上げ、深く頭を下げた。
「隊長……遅くなりました」
ルノアは、返還された聖盾の破片を両手で取り出した。
黒く焼け、歪んだ金属へ、指先でそっと触れる。
「兄さん。あの音は、ちゃんと届いたよ」
破片を、慰霊碑の台座へ静かに納める。
風が丘を吹き抜けていく。
ルノアは元部下と並び、ジークの名へ深く頭を下げた。
*
製造部門や軍から独立した機関《独立武具検査院》が設立された。
臨時封印庫に置かれていたE-731全百点も、正式に検査院へ移管された。
検査院の壁には、新しい判定規定が掲げられている。
《使用禁止》
《条件付き使用》
《検査合格》
いかなる判定も、現物の再検査と複数の検査官の承認なしには変更できない。
審査委員の机の上には、かつてルノアがゲイツへ返した銀の三級検査官胸章と、アレンが石畳へ置いた黄金の勇者章が並べられていた。
ルノアは返還された古い胸章を受け取り、使い古した検査帳とともに鞄へ収めた。
続いて審査委員から、独立検査院の新しい胸章が差し出される。
ルノアはそれを、現場主任検査官の証として胸元へ留めた。
一方、アレンは差し出された勇者章と、きれいに折り畳まれた純白の外套を受け取らなかった。
「勇者でなくても、守ることはできる」
アレンは勇者章を机へ残した。
*
独立武具検査院の検査室では、朝からいくつもの検査槌が鳴っていた。
武具を抱えた依頼人が検査台の前に並び、検査官たちが一本ずつ状態を確かめている。
「主任、第三検査台の判定をお願いします!」
「今、行きます!」
若い検査官に呼ばれ、ルノアは人と武具の間を縫って第三検査台へ向かった。
台の上には、使い込まれた聖剣が置かれている。
ルノアは打診記録へ目を通し、自らも鍔元へ検査槌を振り下ろした。
チィン――。
一拍遅れて。
ギィン……。
ルノアは記録へ、出力と使用回数を書き込んだ。
「《条件付き使用》です。出力二割、連続五秒以内。残り三回」
若い検査官が黄札へ条件を書き写す。
「持ち主へ直接説明してください。そのうえで、使うか、通常武具へ持ち替えるかを選んでもらいます」
「はい!」
若い検査官は、検査台の向こうで待つ兵士へ向き直った。
判定と条件を一つずつ読み上げ、貸し出し用の通常剣も隣へ並べる。
兵士は二本の剣を見比べ、しばらく考えた。
「今回は通常剣を使う。聖剣は修理へ回してくれ」
「承知しました」
黄札の聖剣が保管台へ運ばれ、検査合格印のある通常剣が兵士へ渡された。
「主任、第五検査台もお願いします!」
呼び声に振り返ったルノアの目に、開け放たれた扉の名札が入った。
《現場主任検査官 ルノア・フェルト》
ルノアは、胸元の新しい章へそっと触れた。
いつか一人前の検査官になり、自分の検査室を持つ。
師匠についていけば叶うと信じ、破門された日に失ったと思った夢だった。
それは今、師匠の背中の先ではなく、ルノア自身の名の下で、いくつもの槌音を響かせている。
「主任?」
若い検査官が、不思議そうにルノアを見ていた。
ルノアは胸章から手を離し、検査槌を握り直した。
「今、行きます!」
小さく笑い、次の検査台へ向かった。
*
夕刻。
最後の依頼人が武具を抱えて帰り、検査官たちも一人ずつ部屋を出ていった。
重なり合っていた槌音が消え、検査室に静けさが戻る。
ルノアが最後の台帳を閉じた時、扉を叩く音がした。
顔を上げる。
アレンが、新しい鋼の長剣を携えて立っていた。
「ルノア。新しい剣だ。診てくれるか?」
「はい」
ルノアは長剣を受け取り、木製の検査台へ置いた。
鍔元を確かめ、刀身に歪みがないかを見て、切っ先へ目を移す。
腰の検査鞄から、小さな検査槌を引き抜いた。
息を整え、まっすぐに振り下ろす。
チィィン――……。
「合格です。今の状態なら、安心して使えます」
「今の状態なら、か」
「使えば状態は変わります。だから、また持ってきてください」
「ああ。また来る」
昼間の槌音が消えた検査室に、澄んだ一音だけが長く残っていた。
(完結)
最後まで『聖剣リコール』をお読みいただき、本当にありがとうございました!
アレン「これで、すべて終わったな」
ルノア「いいえ。まだ大切なことが残っています」
アレン「大切なこと?」
ルノア「私たちの物語を、最後まで見届けてくださった皆さんへお礼を伝えることです」
ルノア「ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました」
アレン「この物語が少しでも心に残ったなら、いいねやブックマークで応援してもらえると嬉しい」
ルノア「作者ページには、ほかにも物語があります」
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