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手札が多めのビクトリア 2 【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
【ランダル王国からの客】

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149 ヨラナ様の提案

 翌朝、ヨラナ様のお使いが来て、「奥様がお話したいことがあるとおっしゃっています」と告げられた。

 朝一番にヨラナ様の家に寄り、その後バーナード様のお屋敷によって、午後は養成所に行けばいいと考えて、使用人と一緒にヨラナ様のお屋敷に向かった。


「忙しいのに悪かったわね。先日ご一緒したお嬢さんのことで聞きたいことがあって」

「マリエム様のことですか? どんなことでしょう」

「彼女、髪の色が違っていたし顔立ちもお化粧で上手に変えられていたけれど、デルフィーヌ王妃様よね?」


 上品にお茶を飲みながら真実を指摘されて、うっかり動きがとまりかけた。精一杯驚いた顔をして、「まさか」と応じたけれど、ヨラナ様は無表情に私を見ている。


「あなたはデルフィーヌ様の語学教師を務めているから頼まれたのね。デルフィーヌ様は下々の暮らしを知ろうとなさったんでしょう? デルフィーヌ様が聡明なことも誠実なお人柄であらせられることも、息子から聞いています。できれば次もあのような計画があるなら、秘密はこっそり教えてほしいのよ。老人の心臓は油断しているときに驚かされると止まることもあるから」

「……申し訳ございません」


 真顔で物騒なことを言ったヨラナ様は苦笑して、「あなたが言うわけにいかなかった事情はわかっています」と続けた。

 そこからはヨラナ様が引き取った子供たちの話になった。二人にはここで使用人としての将来を見据えて学びながら暮らすか、安心できる施設で他の仲間と暮らすかを尋ねたそうだ。

 子供が答えを出す前に施設を回って見学させた結果、二人は施設で同年代の子供たちと暮らすことを望んだという。


「私とスーザンはあの子たちを引き受けるつもりでいたので残念だったけど、子供は子供同士がいいのでしょうね」

「そうかもしれませんね」

「半分は残念だったけど、残り半分はホッとしてもいるのよ。私は三年後に生きているとは限らないし。ううん、来週だって怪しいものだわ」

「ヨラナ様……縁起でもないことを」


 するとヨラナ様が「いずれあなたもわかるわ」と笑う。


「明け方に足が攣ったり、何もないところで躓いたり、ちょっと無理をすると心臓が苦しくなったり。神様はちゃんと『お前もそろそろだぞ。そのつもりで生きろ』と知らせてくださる。体の不調を愚痴る老人は多いけれど、私は神様からのありがたいご配慮と思っているの。充実したいい人生だったから、不満はないのよ。私に何かあった時のために、あなたにはそれを知っていてほしいし、息子にもそう伝えてほしいの」

「覚えておきます」

「これからバーナードさんのところに行くんでしょ? あの人はそれをわかっているのかしらね。いまだに住み込みの使用人も置かずに歴史の研究に没頭してるから、私は心配しているのよ」

「そうですよね。私も心配です。でも、エバ様が同居しようと申し出ても断っていらっしゃるそうです」

「ねえ、あなたからバーナード様に、私と同居する気はないか聞いてくれる?」


 バーナード様は「エバの家に行けばやたら過保護にされて、自由がなくなる気がする。だから同居はしない」とおっしゃっていた。

 ヨラナ様の提案は願ってもないことだけれど、それは貴族の間で格好の噂のタネになるのでは。エバさまやエドワード様だって困惑するだろう。ジェフは……賛成するような気がするけれど。


「貴族たちは陰で何かしら言うでしょうけど、いつ神に召されるかもしれないって歳で噂なんて気にしないわ。コリンが宰相なんですもの、表立って私を批判する人なんていませんよ。こうなってみると、息子が宰相に選ばれたのはいろいろと便利ね。ほほほ」


 ヨラナ様のこういうところが大好きだ。

 バーナード様の助手を務める時間が近づいたので、短い時間でヨラナ様のお屋敷を出た。見送りに出てくれたヨラナ様が私に、短い言葉を耳打ちした。

 それを聞いて思わず笑った私を、ヨラナ様が「ふふん」といたずらっ子みたいな顔で送り出してくれた。


 


 助手の仕事をしながら、バーナード様にヨラナ様のご提案を伝えた。バーナード様は歴史の本を読んでいたが、話を聞いて固まっている。


「バーナード様?」

「いや、驚いたな。女性からそのような申し出をさせてしまうとは。とても申し訳なく思ってね。そうだな、さすがに一人暮らしは無理だと思うことが続いていたところだ。うん、同居させてもらえたらありがたい。この家で私が独りで息絶えたら、エバが後悔で苦しむだろう」

「まあ! いったい何があったんですか?」


 気まずそうなお顔でバーナード様が話してくれたのは、立て続けに三回も転んだ話だった。

 夜中にトイレに起きて部屋に戻る時、ラグに躓いて転んだこと。

 仕事中にペンを落として、椅子に座ったまま拾おうとしたら椅子から崩れるように床に落ちたこと。

 運動しようと思って庭に出たら、ごくわずかな段差につまづいて転んだこと。


「どれも大怪我には至らなかったが、数年前までなら転ばずに済んだことばかりだ。情けないよ。だが、どうかなあ、エバの申し出を断っておいてヨラナ様と同居したら、エバはどう思うだろうか」

「もうひとつ、ヨラナ様からの伝言がございます。『私たちはすでに世間から偏屈で頑固と思われているのです。ここに非常識という悪口が増えたところで、たいした違いはありません』と」

「はっはっはっは。そう言われてみれば、彼女も私も偏屈な頑固者だと言われている。今さらだったな。わかった。では彼女の申し出を感謝して受け入れよう。時々この屋敷に帰ってくるのもいい。この家には思い出がありすぎて手放せない」


 つくづくヨラナ様は聡明なお方だと思う。ヨラナ様が直接バーナード様に同居を提案したら、バーナード様は世間体やエバ様への気遣いを理由に断っただろう。気心の知れた私を間に挟むことで、バーナード様が受け入れやすくしたのだ。


「では今日中にヨラナ様にお伝えしますね」

「いや、自分で返事を伝えに行くよ。そのくらいは世話になる側の務めだ」


 ちょっと頬を赤らめつつキリリとした表情のバーナード様が微笑ましい。

 書類の整理と翻訳をして、午前中でお屋敷を出た。バーナード様は今日の昼食をヨラナ様から招待されているのだとか。

 午後の養成所の授業までまだ時間がある。お城の食堂で食べてみるかと、御者のリードに「お城に行くわ」と告げた。


 お城の門をくぐる際、門番が「あっ」という顔をして、「アッシャー子爵夫人、奥の出入り口へお願いします」と言う。奥の出入り口は王家に関係がある際に指定される場所だ。何かあったのだろうか。

 急いで階段を上り、デルフィーヌ様のいらっしゃる区画に着いた。私に気づいた護衛騎士さんが「こちらへ」と案内してくれて、すぐにデルフィーヌ様にお会いできた。


「忙しいところに呼び出して悪かったわ。あなたに直接伝えたいことがあるの。子供たちの保護施設を、頻繁に訪問して運営を監視することにしたわ」

「お早いご決断ですね」

「私の息子たちと同じような年齢の子供が、理不尽に殴られているんですもの。一刻も早く手を打たないと。文官から三人を選んで、交代で施設を訪問させるつもりよ」

「それについて、どなたかに相談なさいましたか?」

「いいえ、まだ誰にも。私の直属の組織にすることだけ、決めただけ」


 それを聞き、出過ぎたことを承知の上でデルフィーヌ様に忠告した。

 三人は期限を決めて入れ替えたほうが、施設との癒着が生まれにくいこと。賄賂を受け取って施設の暴力を見逃したら厳罰に処すこと。三人ではなく四人にして、二人一組で行動させること。


「抑止力を用意しておくのは大切なことですわ。誘惑に弱い人もいれば、お金が喉から手が出るほど欲しい状況の人もいますので」

「確かにそうね。はぁ、私はまだまだ甘かったわ」

「デルフィーヌ様にはこの先たっぷりお時間があるのですから、焦らなくても大丈夫です」

「そういえば、先日は助けに行った先で子供たちに嫌われてしまったでしょう? あれはなぜだと思う?」

 

 その質問に正直に答えた。

 元平民の私と年齢を重ねたヨラナ様に比べて、デルフィーヌ様は王妃としての迫力が滲み出ていた。子供たちは本能で「この人は他の二人とは違う」と感じ取ったのだろうと。


「私に迫力なんてあったかしら」

「おありです。特に、軍部の反乱を経験なさってからは、私もデルフィーヌ様の気迫を感じております」

「あら」


 無自覚だったらしいが、デルフィーヌ様はあの件から雰囲気が変わった。真綿に包まれるように育てられ、嫁いでからも言われるがままに生きてきた彼女が、生きるか死ぬかという経験をした。そして王子様たちを守るために、言いなりになるのをやめた。その強い覚悟は雰囲気に出る。


「せっかくあなたに変装してもらったのにね」

「変装ではごまかせないものもございますので」


 今日は昼食抜きになるなと思ったところで、料理が運ばれてきた。


「これから養成所の教官の仕事でしょう? 用意させておいたわ」

「ありがとうございます。では遠慮なくいただきます」


 一見よくあるメニューだった。キジを焼いてソースをかけたもの、青菜のスープ、カリッと焼いたパンとバター、ジャムを数種類。

 見慣れたメニューだが、食べれば違いがわかった。特にバターとジャムの素晴らしさに驚いた。


「バターとジャムが美味しくて驚きました」

「王家用の牧場と農園から届けられたものを、料理人が仕上げたものだからかしら。今日のうちにアッシャー子爵家に届けさせるわ」

「それは……ありがとうございます」


 遠慮しようかと思ったが、人の好意は受け取るものかなと思い直してありがたくいただくことにした。

 満腹しない程度に食事をとり、厩舎の上に移動した。今日は体術の助手を務める日だ。


 さあ、準備運動をしよう。子供たちが怪我をせずに敵と戦う、または逃げる方法を実演するのだ。

 

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