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手札が多めのビクトリア 2 【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨
【ランダル王国からの客】

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148/150

148 記憶

 六人の子供たちはバーサが男の子を、私が女の子を受け持って全身を洗った。


「お風呂、初めて。気持ちよかった」とうっとりしている女の子はホリー。五歳。六人の中で最年少だ。ホリーの兄のチャドは八歳。二人とも茶色の髪に茶色の瞳だ。湯上りに彼らの爪を切ったが、どの子も爪が伸びていた。


 どうして子供だけで暮らしていたのか、親とはどうやって別れたのか。

 知りたいことはどれも、子供たちの心の傷に触れることばかりだ。私は子供たちが話すなら聞く、という態度にしようと思っている。それを伝えたバーサが何度もうなずいた。


「おっしゃるとおりですわ、奥様。あの子たちは好きでそんな生活をしていたわけじゃありませんもの。明日は散髪の人を頼んでいるのですが、余計なことを聞かないように頼んでおきます」

「ありがとう。それがいいわね」


 子供たちが夕食を食べているときに、「おなかいっぱい食べなさい。お代わりもできるわよ」と伝えたら、全員が喜ぶよりもぽかんとしていた。

 ホリーが「怒らない?」と聞いてきた時は思わず抱きしめてしまった。

 食事を終えて子供たちは男女別の部屋に分かれてベッドに入った。


 明日からのことをバーサと話し合っていたら「お母さん、ちょっといい?」と言ってノンナが居間に入ってきた。


「どうしたの?」

「ホリーがお兄ちゃんのチャドと一緒のベッドがいいって泣いているの。しばらくは私がホリーと一緒のベッドに寝てもいいかな」

「私が添い寝してもいいわよ?」

「ううん。私が一緒に寝てあげたいの」

「そう。じゃあ、お願い」


 子供たちを男女別の部屋で寝かせると決めたときから、ホリーが寂しがることは予想していた。ホリーは兄のチャドと寄り添って生きてきたのだ。二人の結びつきが強いのは当然だ。それも、まだ八歳と五歳だもの。

 我が家の全員が口にこそ出さないが、「この子たち全員、よくぞ今まで生き延びた」と思っているはずだ。

 

 ノンナは保護した当時六歳だったが、最初は今のホリーよりも口数が少なかった。体も今のホリーと同じくらいで、そのノンナがホリーの世話を買って出てくれたことに、しみじみと感動してしまう。

 どんな様子かなと女子部屋を覗いたら、ノンナがそっと起きてきた。


「ホリーは泣かずに眠った?」

「うん。私が抱きしめてあげたらすぐに眠った」


 そう言ってノンナが私の胸に顔を埋める。


「私もあのくらいだったよね?」

「体格はあのくらいだったわね。あなたは文句を言わなかったし、泣かなかった。当時はそれが切なかったわ」

「私、お母さんと出会う前の記憶がほとんどないの。今あるのは、お母さんと暮らすようになってからの記憶だけ」

「そう……」

「五歳って、あんなに小さいんだね」

「そうね」


 ノンナが顔を押し付けている胸のあたりが、じんわりと温かくなった。

 廊下で立ったまま、ノンナは声も出さずに泣いている。


「私を産んだお母さんは、私を捨てるときに、少しは悩んでくれたかな。苦しんだかな」

「とても悩んだだろうし、苦しんだはずよ」


 ノンナはどうにか泣き止んだ。私は「よしよし。なにか温かいものをおなかに入れましょう」と、ノンナの手を引いて居間に入った。

 バーサに「スープを持ってきて」と頼んだ。バーサはハンカチで涙を拭いているノンナに驚いていたが、何も言わずにすぐスープを運んできた。


 バーサが立ち去らずにノンナを心配そうに見ているから、「昔のつらいことを思い出しちゃったみたい」と説明した。バーサはノンナの生い立ちを知っている。バーサと暮らすようになってすぐ、ノンナが自分から伝えたのだ。

 

 私は「別に言わなくていい」と一度は止めたけれど、「誰がどう見たって私とお母さんは似ていないもの。あれこれ想像されるより、最初に本当のことを伝えておきたい」と言って、バーサに自分の生い立ちを説明した。私が聞いていないほうが説明しやすいと言ったから、具体的にどう自分の生い立ちを話したのかは聞いていない。

 その後バーサが私に、「奥様は天の蔵に宝を積まれましたね」と言ったことがあったっけ。

 ノンナは温かいスープを飲み、甘くてふわふわのケーキを食べ、お茶を飲んで落ち着いた。


「私ね、もう一人のお母さんのこと、ずっとどう考えたらいいのかわからなかった」

「自分から話題にしたことがなかったわね」

「うん。小さい頃はお母さんに会いたいと思ってた気がする。でも今はもう、あのお母さんの顔を全然思い出せないの」

「そうなの……」

「お母さんは? 八歳まで暮らしていた家族の顔を覚えてる?」


 私はゆっくり首を振った。


「私もほとんど思い出せない。両親は忙しくて私に手をかける余裕がなかったはず。小さい妹がいたから、余計にね」

「親の顔を覚えていないって、悲しいことだよね」

「どうかしら。親に酷い目に遭わされて育った子が養成所にいたけれど、自分を殴る時の親の顔が、くっきりと夢に出てくると言っていたわね」

「うわ、それは嫌だね」


 ノンナのすべすべした手を握った。


「親に愛されたかどうかをちゃんと覚えていないのは残念だけど、私は運がいいことにあなたとジェフを愛することができた。それで満足しているわ」

「ふうん」

「つらい過去は忘れるに限る。忘れられなかったら考えないようにする。私はそうしているの。不幸を握りしめているせいで、手の中にある今の幸せを落としてしまったら大変だもの。それに、過ぎてしまったことを百万回思い出したところで、過去は変わらないわ」


 私をランコムに渡したときの両親が悲しんでいたのか、お金を受け取って「これでしばらくはしのげる」と思ったのかを思い悩んだところで、私の人生は変わらないのだ。

 幸いなことに、私は親の嫌な記憶もない。私の両親はきっと、その日その日を暮らすことでいっぱいいっぱいだったのだろうと思っている。


「前から思っていたけど、お母さんは精神的に強いよね」

「そうかもね」

「だから……カディスの海でお母さんが泣いたのは、よっぽどつらかったんだろうなって、大きくなってから気づいた」

「ふふっ。あの日はノンナの前で、思いきり泣いたわね」

「お母さんがあんなに泣いたのは、あの時だけだよね」

「そうね。今はノンナとジェフがいるもの。泣きたいことなんてないわ」


 二人でしばらく無言になった。


「お母さん、私ね、あの子たちを全力で可愛がりたい」

「いい考えだわ。私もそうするつもり」

「あの子たちを連れて、羊牧場に行っていい?」

「いいわよ。私も行っていいかしら?」

「いいけど、お母さんは週に六日は用事があるでしょ? いいよ、私が連れていく」


 そうだった。バーナード様の助手と教官の仕事で、ほぼ毎日塞がっている。

 そこに加えて、デルフィーヌ様の語学講師の仕事も二週に一度ある。

 

「マイルズさんは、きっとあの子たちを可愛がってくれるよ」

「そうね。そんな気がするわね」

「勉強とかマナーとかより、あの子たちを好きなだけ遊ばせたいの」

「いいんじゃない?」

「ありがとう、お母さん」


 ノンナが張り切っている。

 

 私は子供たちが眠れているかどうか、部屋を見回った。

 女子部屋で五歳のホリー、八歳のリンダ、九歳のチェルシーがぐっすりと眠っていた。

 男子部屋には八歳のチャド、同じく八歳のテリー、七歳でテリーの弟のトビーが眠っている。


 新しい家族を迎えたとたんに過去のことを思い出すのは、どういう仕組みなのだろう。

 ノンナが母親の話をしたのは、いったいいつ以来か。

 そういう私も、風呂上がりで柔らかくなった子供たちの爪を切りながら、母に爪を切ってもらった時の光景を唐突に思い出した。


 お日様が出ている明るい時間に、母は庭で爪を切ってくれた。

 そんなこと、今まで一度も思い出したことがなかった。

 親の顔は思い出せないものの、私は母の膝の上で、包み込まれるような格好で手足の爪を切ってもらっていた。


 ジェフが帰ってきたので玄関まで出迎えに出た。ジェフは私を見るなり「あれ? なんだかとても幸せそうな顔をしているな」といって私の頬にキスをしてくれた。


「私、子供たちの爪を切っていたら、幼い頃に私が母の膝の上で爪を切ってもらったことを思い出したの。神様に贈り物をいただいたような気分なのよ」


 ジェフは喜んでいるような、切なそうな複雑な顔をして、いきなり私を持ち上げて横抱きにした。


「俺の奥さんが可愛くて、本当に困る」

「そうなの? ジェフ? 下ろしてくれるかしら」


 階段を下りてきたノンナが「あらあら」と大人みたいなことを言っているし、バーサは「まあ、旦那様」と驚いているではないか。

 


 

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