第五章 夏の夜会
夏季休暇前の大夜会は、その年だけ例年より規模が大きかった。
王太子が母校へ戻り、北東部整備計画に関わる貴族たちも多数招かれたためである。
王家とアーデルハイド家は、計画の中核を担う家としてまとまって入場することになった。
王太子エドワード。
第二王子ユリウス。
クラリス。
形式上、クラリスをエスコートするのはユリウスだった。
三日前。
エドワードがクラリスへ尋ねた。
「アルベルト君には説明しているな」
「はい」
「彼は?」
「理解しております」
本当は。
『わたくしはユリウス殿下と入場します。あなたは一人で社交をなさってください』
としか伝えていなかった。
なぜ王家と一緒に入るのか。
なぜユリウスなのか。
詳しく説明することはしなかった。
アルベルトなら分かる。
また。
そう思った。
当日。
大広間へ入る。
無数の視線。
ユリウスの腕へ手を添える。
少し後ろをエドワードが歩く。
華やかな入場だった。
囁き声も聞こえた。
「やはり第二王子殿下と」
「お似合いだわ」
クラリスは無視した。
十五分後。
アルベルトが一人で入った。
濃紺の礼装。
胸元には白い花。
クラリスは。
一瞬。
声を失った。
よく似合っていた。
そして。
その白い花が誰のために用意されたものだったのか。
その時の彼女は考えなかった。
聞こえた。
「一人ですの?」
「婚約者は殿下と」
「公爵家から見限られたのでは?」
「次期公爵といっても、結局は子爵家の三男でしょう」
クラリスは眉を寄せた。
違うと。
言いに行こうとした。
しかしエドワードに話しかけられ、その場を動けなかった。
アルベルトは。
何も聞こえていないように振る舞っていた。
一人ずつ挨拶する。
領地について話す。
商人とも。
高位貴族とも。
以前なら気後れしていた相手と、今では自然に会話している。
やがて。
セルディア侯爵令嬢エレノアと話し始めた。
二人は長く話していた。
アルベルトが笑った。
柔らかく。
クラリスが見たことのない顔だった。
胸の中が狭くなった。
「誰ですの」
「エレノア嬢」
ユリウスが答える。
「何を話していますの」
「たぶん水利だろ。セルディア領は計画の隣接地だからな」
「随分楽しそうですわ」
ユリウスが横目で見た。
「行くなよ」
「なぜです」
「今のお前、嫉妬してる」
「しておりません」
「じゃあ放っておけ」
クラリスは歩き出した。
「クラリス」
止まらなかった。
あの時。
ユリウスの言葉を聞いていれば。
それだけで。
その後のすべてが変わっていたかもしれない。




