第四章 噂と空席
学園では、クラリスとユリウスの噂が絶えなかった。
幼い頃から親しい。
学園でもよく話す。
王城へ一緒に向かうことも多い。
しかも、二人とも名門の生まれである。
事情を知らない者から見れば、恋仲に見えても不思議ではない。
「第二王子殿下とクラリス様、本当にお似合いですわね」
廊下で聞こえた。
「どうしてレイヴァン様と婚約なさったのかしら」
「政治的な事情では?」
クラリスは足を止めそうになった。
違う。
政治的事情などではない。
自分が頼んだのだ。
アルベルトが好きだから。
振り返ってそう言いたかった。
しかし。
できなかった。
その日の放課後。
中庭でアルベルトを見かけた。
一人で本を読んでいる。
声をかけようとした時。
少し離れたところをユリウスが通った。
「クラリス」
「あら」
「今日、兄上が例の輸送税について――」
そこでアルベルトが顔を上げた。
目が合った。
クラリスは笑おうとした。
けれど。
アルベルトは先に本へ視線を戻した。
王城へ向かう馬車の中。
ユリウスが言った。
「今日、アルベルトと話したか」
「いいえ」
「声くらいかければよかっただろ」
「あなたがお急ぎでしたでしょう」
「俺のせいにするな」
クラリスは窓の外へ目を向けた。
「お前」
ユリウスの声が少し低くなる。
「噂、知ってるだろ」
「あなたとの?」
「ああ」
「くだらない話です」
「お前にはな」
クラリスが振り返る。
「アルベルトにも、そう説明したか」
「説明する必要がありますの?」
ユリウスが黙った。
「わたくしとあなたが幼馴染であることくらい、知っています」
「だから何をしても平気だと思ってる?」
「何をしたと言うのです」
ユリウスはしばらく答えなかった。
「何もしてない」
やがてそう言った。
「でも、何もしないことが問題になる時もある」
王城に着いた。
その日はエドワードから、アルベルトの作った資料について褒められた。
「彼は数字だけでなく、実際に人がどう動くかを考えている。珍しい」
クラリスは胸が熱くなった。
「アルベルトは、昔から真面目な方です」
自然に答えた。
エドワードが少し笑った。
「本人にもそう言っているのか」
言葉が止まる。
隣でユリウスが目を閉じた。
クラリスは、
「もちろんですわ」
と答えた。
その夜。
自室へ戻ってから。
初めて。
自分が嘘をついたことに気づいた。




