第三章 認められていく人
アルベルトの評価は、クラリスが考えていた以上の速度で上がっていった。
公爵邸の家令が、彼を「若様」と呼ぶようになった。
最初はアルベルト本人が困った顔をして、
「まだそう呼ばれる立場ではありません」
と訂正していた。
しかし老家令は、
「正式な日付が少し先にあるだけでございます」
と取り合わなかった。
文官たちも変わった。
以前は父から与えられた課題について教える側だった者たちが、今ではアルベルトに意見を求めている。
「東倉庫の改築費ですが、若様はどう思われます」
「この数字なら建て直しより補修の方がよいと思います。ただ、現地を見てから決めた方が」
「では一度ご一緒いただけますか」
そんな会話を何度も耳にした。
誇らしかった。
本当なら。
自分の選んだ人なのだと、誰彼構わず言いたいくらいだった。
学園でも。
五位。
二位。
そして首席。
順位が上がるたび、クラリスは誰より先に掲示板を見た。
けれど本人には。
「五位では足りません」
「首席ではないのですね」
「学問だけでは公爵家の当主は務まりません」
としか言えなかった。
そのたびにアルベルトは、
「分かった」
と言った。
そして、本当に次の努力を始める。
それが次第に怖くなった。
ある日。
王城での会議に、ハインリヒ公爵がアルベルトを伴ってきた。
正式な会議への同席は初めてだった。
クラリスは父の後ろに立つ彼を見て、思わず息を止めた。
アルベルトは緊張していた。
それでも求められれば資料を開き、質問には慎重に答える。
エドワードが一枚の報告書を持ち上げた。
「この河川迂回案を書いたのは誰だ」
父が答える。
「アルベルトです」
王太子が彼を見る。
「君が?」
「はい」
「実地を見たのか」
「二度ほど」
「費用試算も?」
「文官の方々に確認いただきましたが、基礎計算は僕です」
エドワードはもう一度紙を見る。
「卒業後、王太子府へ少し貸してもらえませんか、公爵」
半分冗談のような口調だった。
父がすぐに返す。
「困ります。こちらも人手不足ですので」
「残念だ」
会議室に小さな笑いが生まれた。
アルベルトだけがどう反応すればよいか分からず、困ったように立っている。
その姿が。
クラリスには愛おしかった。
会議後。
廊下で二人になった。
アルベルトが言った。
「王太子殿下に質問されて、緊張したよ」
「そうでしょうね」
「でも」
少し笑う。
「資料は悪くなかったみたいだ」
今だと思った。
よくやりましたわ。
殿下も評価していました。
言えばいい。
しかし。
「殿下が評価なさったのは、これからの可能性でしょう」
また。
口が先に動いた。
「今のあなたが完成したわけではありませんわ」
アルベルトの笑顔が薄くなった。
「……うん」
「公爵家を背負うのでしたら、その程度で満足されては困ります」
「分かってる」
以前より返事が短かった。
クラリスは気づいた。
目の下に薄い影がある。
「アルベルト」
「何?」
「……いえ」
休んでいますか。
そう聞こうとした。
けれど。
言えなかった。
彼はその夜も、公爵邸の執務室に残った。
クラリスが自室へ戻る途中。
まだ灯りがついていた。
翌朝。
朝食の席で父が言った。
「アルベルト君は、少し働き過ぎだな」
クラリスの手が止まる。
「そうでしょうか」
「昨日も私より遅くまでいた」
「お父様がお仕事をお与えになるからではありませんの」
「私が帰れと言っても残るのだ」
父は娘を見た。
「何か焦っているように見える」
クラリスは視線を落とした。
胸の奥に。
小さな棘のようなものが残った。




