女帝の名を騙る檄文
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
翌朝、世界樹の根元にはヤタガラス帝国の主だった者たちが集められていた。夜が明けたばかりだというのに、誰の顔にも眠気は残っていない。合衆国がばら撒いた偽の檄文は、剣よりも早く国境を越え、椿を知らない人々の中へ根を張り始めている。放置すれば、真実が届く頃には偽物の女帝像が完成してしまう。椿は皆の顔を見渡し、膝の上へ置いていた月詠を静かに握った。
「中立国から使節を受け入れる。せやけど、好き勝手に国中を歩かせるわけやない。入国する者は身元を調べ、武器は門で預かる。見てもらうんは世界樹と、その周辺で暮らすみんなの姿や。うちらが何者なんか、言葉やのうて自分の目で確かめてもらう」
「危険すぎる。合衆国の間者が混ざることを前提に考えろ」
「もちろんや。せやからスクナには、使節が滞在する間の警護を任せたい」
「警護じゃ足りねぇ。お前の傍から離れない」
「それでええよ」
「私は入国者の魔力を調べる。偽装も呪具も見逃さない」
「セデスは身元と書状の確認をお願い。カザンは外周の守りを頼める?」
「中へ入ってきた奴を殴る役じゃねぇのか」
「絶対に殴ったらあかんよ」
「先に言われたか」
「言われなくてもやめろ!」
間髪を入れずマメツブ兄弟の声が重なり、張り詰めていた空気が僅かに緩んだ。カザンは不満そうに鼻を鳴らしたものの、戦闘以外の役割を軽んじるつもりはないらしく、すぐに国境周辺の地図を広げ始める。セデスは受け入れる人数や滞在範囲を書き留め、ルシフェルは世界樹へ入り込む魔力を遮断する術式を静かに組み立てていた。コマも自分の役目を求めるように椿の膝へ前足を掛け、青い瞳で真っ直ぐ見上げている。
「コマもお手伝いするの! みんなを案内するの!」「お願いしよか。せやけど、怖がらせたらあかんよ」「大きくならないの!」
「牙も出さない、唸らない」
「分かってるの! 普通のコマでいるの!」
「普通って何だろうな」
「そこを考え始めたら終わらないぞ」
コマは納得したように胸を張り、マメツブ兄弟は顔を見合わせて小さく首を傾げた。椿はその様子へ微笑みながらも、頭の中では招待状へ記す言葉を選び続けている。自分たちは潔白だと声高に叫べば、かえって疑いを深める者もいるだろう。信じてほしいと頼むつもりもない。ただ疑う権利があるのなら、確かめる機会も同じように差し出す。その姿勢を示すことが、最初の一歩になる。
「書状には何と記す」
「難しいことは書かへんよ。『ヤタガラス帝国に疑いがあるなら、自分の目で確かめに来てほしい。歓迎も説得もせぇへん。見たものを、そのまま持ち帰ってほしい』それだけでええ」
「随分と強気だな」
「下手に取り繕う必要あらへんもの。信じるかどうかを決めるんは、うちらやのうて向こうさんや」
「合衆国の嘘と同じ土俵には立たないということか」「ええ。声の大きさで勝負したら、向こうの方が慣れてはる。うちらは、ほんまのことだけ見せたらええ」
その日のうちに、招待状はジャスティス共和国とポンパドゥール王国を通じて各国へ送られた。ヤタガラス帝国には広い外交網がなく、直接書状を届けられる国も限られている。だからこそ、二つの友好国がヤタガラスの言葉を保証し、安全な道を繋いでくれる意味は大きかった。共和国からはジャンクが情報を添え、ポンパドゥール王国は使節の往来に必要な通行証を発行する。合衆国が孤立させようとした三国は、攻撃を受けたことでかえって一つの道を作り始めていた。
返事が届き始めたのは、それから五日後だった。
合衆国との関係を恐れ、招待そのものを拒む国。判断を先延ばしにし、周囲の出方を窺う国。返書すら寄越さず、沈黙を選ぶ国も少なくなかった。それでも三つの中立国が、使節を送る意思を示した。その中には、偽の檄文が最初に見つかった北方の国も含まれている。椿は届いた返書を一枚ずつ読み終えると、最後の書状へ視線を留めた。
「北方の国は、三日後に到着するそうだ」
「偽の檄文も持参すると書いてある」
「ちょうどええね。その場で本物との違いを見てもらお」
「簡単に証明できるのか」
「国璽は世界樹の枝から作られたものや。押した印には、おじいちゃんの神気が残る。見た目だけ真似ても、そこまでは作られへんよ」
「相手がそれを信じればな」
「信じさせる必要はあらへん。触ってもろたら分かる」
三日後、世界樹へ続く門の前へ一台の馬車が止まった。豪奢な装飾も軍旗もなく、同行する護衛は僅か四人。先頭に立つ使節は武器を預けるよう求められても異を唱えず、自ら腰の剣を外してスクナへ差し出した。警戒はしている。それでも、合衆国の使者が見せた侮蔑や傲慢さはなかった。門が開かれると、使節たちは声を失ったように世界樹を見上げた。
巨大な枝葉の下では、エルフの職人と妖の商人が並んで道具を修理していた。幼い子どもたちは種族の違いなど気にも留めず、コマの尻尾を追いかけながら広場を走り回っている。鎖に繋がれた者も、誰かへ跪く者もいない。使節たちが想像していたのは、魔族に支配された不気味な国だったのだろう。目の前に広がっていたのは、噂とはあまりにかけ離れた穏やかな暮らしだった。
「歓迎はせぇへん言うたけど、長い道のりやったやろ。まずは休んでください」
「……あなたが、一宮椿女帝か」
「そうや」
「我々は、あなたを信じて来たわけではありません」「それでええよ。信じるためやのうて、確かめるために来はったんやろ」
「では、最初にこれを見ていただきたい」
使節は革の筒から一枚の紙を取り出し、椿の前へ広げた。そこには獣人奴隷へ主人の殺害を呼び掛ける文章と、ヤタガラス帝国の国璽を模した赤い印が押されている。言い回しは巧妙に椿の思想へ寄せられ、知らない者が読めば本物だと思っても不思議ではない。椿は文章へ一度だけ目を通すと、本物の国璽を取り出し、隣へ新たな印を押した。
「触ってみてください」
「触る?」
「ええ。偽物の方から」
使節は戸惑いながら、檄文へ押された印へ指先を置いた。乾いた蝋の硬さが返るだけで、特別な感触は何もない。続いて本物の印へ触れた瞬間、淡い緑色の光が指先を包んだ。小さな葉脈のような模様が印の内側を走り、世界樹の枝葉が呼応するように柔らかく揺れる。使節の瞳が大きく見開かれた。
「ヤタガラス帝国の国璽は、生きとる。おじいちゃんの枝から作られた、うちの国に一つしかない印や。形は真似できても、この光までは真似できへん」
「では、この檄文は……」
「うちが書いたもんやあらへん。せやけど、それを信じて傷付いた人がおるなら、偽物や言うて終わらせるつもりもない。誰が何のために書いたんか、最後まで調べる」
使節はすぐには返事をしなかった。目の前に並べられた二つの印を見比べ、やがて偽の檄文を静かに畳んでいく。疑いが全て消えたわけではない。それでも、少なくとも合衆国の書状だけを真実として持ち帰ることはなくなった。その変化を確かめた椿は、急かすことなく次の言葉を待った。
「……我が国で、この檄文を信じた獣人が一人、主人を殺しました」
広場から子どもたちの笑い声が遠ざかったように感じられた。
「そして処刑される直前、その獣人はこう証言しました。檄文を貼った者から、女帝が必ず救いに来ると聞かされた、と」
椿の指先が、月詠の弦へ静かに触れる。
偽の檄文を作った者は、噂を広げるだけではなかった。
椿の名を餌に、誰かを殺させていた
新連載!【獄門道中閻魔大王への道】を始めました!
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