動き始めた国々
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
合衆国の使者たちは、同じ内容の書状を携えて各国へ散っていった。ヤタガラス帝国の女帝は世界征服を企み、魔族と妖を率いて周辺諸国を支配しようとしている。ジャスティス共和国との同盟も、侵略の足掛かりに過ぎない。書面には根拠のない言葉が並びながらも、中央評議会の紋章だけは堂々と押されていた。権威を借りれば、嘘も事実へ変えられると信じているようだった。
最初に書状が届いたのは、ポンパドゥール王国だった。
「一宮椿が世界征服を企んでいるだと?」
「はい。バルガム合衆国中央評議会からの正式な警告です。今後ヤタガラス帝国との交流を続けるなら、貴国も敵対国と見なすとのことです」
「そうか。では、返事を持ち帰れ」
「どのようにお伝えすれば」
「くだらない嘘を考える暇があるなら、自国の立て直しでもしていろとな」
国王は書状を二つに破り、そのまま使者の足元へ落とした。椿がどのような人物か、直接言葉を交わした者には分かっている。彼女が望むのは支配ではなく、種族に関係なく共に生きられる国だ。脅しへ屈して友好関係を捨てれば、今度はポンパドゥール王国自身が合衆国の顔色を窺い続けることになる。使者は何も言い返せず、破られた書状を拾って宮殿を後にした。
同じ頃、ジャスティス共和国でも同様の書状が開かれていた。
「世界征服ねぇ。随分と大きく出たもんだ」
「俺たちと同盟を結んだことまで、侵略の証拠に仕立てている」
「それだけ焦ってるんだろ。交易封鎖が空振りに終わって、次は噂話に頼るしかなくなった」
「だが、俺たちが信じなくても意味はない。ツバキを知らない国は、この話を疑いながらも距離を取る」
「ああ。嘘の目的は信じ込ませることだけじゃねぇ。何が本当か分からなくして、動けなくさせることだ」
ジャックは円卓へ置かれた書状を見下ろし、静かに拳を握った。革命軍は力による支配を終わらせるために戦った。その共和国が、侵略を企む女帝へ協力していると広まれば、民の間にも不安が生まれる。嘘だと一蹴するだけでは足りない。誰が、どこへ、どのような噂を流しているのかを突き止めなければ、見えない毒は国境を越えて広がり続ける。
「ジャンク、各国へ人を出してくれ。噂の出所と、信じ始めている国を調べたい」
「もう動かしてる。特に厄介なのは中立国だ。合衆国を信用していなくても、ヤタガラスのことも知らない。戦へ巻き込まれるくらいなら、両方から離れようとする」
「ツバキにも知らせる」
「宝珠を使うのか」
「ああ。これは二国だけの問題じゃない」
夜を迎えたヤタガラス帝国で、椿は世界樹の根元へ座っていた。七日間の緊張が途切れた反動か、身体には戦場とは異なる疲れが残っている。隣ではコマが丸くなって眠り、少し離れた場所にはスクナが黙って立っていた。静かな葉擦れの音へ、微かな震動が重なる。懐へ収めていた宝珠が、淡い月光を放ち始めていた。
宝珠の向こうから届いたジャックの声は、革命を終えた朝よりも険しかった。
「ツバキ、聞こえるか」
「聞こえてます。何があったん?」
「合衆国が各国へ書状をばら撒いている。お前が魔族と妖を率い、世界征服を企んでいるという内容だ。俺たちとの同盟も、侵略へ向けた準備だと書かれている」
「随分と立派なお話を作らはったんやねぇ」
「笑い話で済めばいいが、ジャンクの調べでは中立国のいくつかが警戒を始めている。俺たちとポンパドゥール王国は信じない。だが、お前を知らない国々までは止められない」
「それだけやないんやろ?」
「……ああ。お前の名で書かれた偽の檄文も出回っている。奴隷にされた獣人へ、主人を殺して蜂起しろと呼び掛ける内容だ」
椿の表情から、穏やかな笑みが消えた。世界征服を企む野心家へ仕立てられるだけなら、まだ根拠のない噂として退けることもできる。だが、虐げられた獣人へ殺人を唆したことにされれば、各国で流れる血も起きる混乱も、全て椿の責任へ押し付けられる。合衆国が狙っているのは信用を失わせることだけではない。椿が掲げてきた獣人解放の思想そのものを、人々が恐れる暴力へ塗り替えようとしていた。
「その檄文、見たら偽物やと分かるようなもん?」
「いや。印章まで精巧に真似られている。文章も、お前が獣人解放を訴えてきた事実へ寄せてある。事情を知らない者なら、本物だと思ってもおかしくない」
「ジャンクさんは出所を追えてはる?」
「今も追わせている。ただ、流された場所が多すぎる。全てを回収する頃には、噂の方が先に国境を越える」
「ほな、追いかけるんはやめましょう」
「何だと?」
「嘘を一枚ずつ拾うより、うちらが何者なんかを見せた方が早い」
椿は宝珠を掌へ置いたまま、頭上に広がる世界樹の枝葉を見上げた。月光に照らされた根元では、妖とエルフが同じ火を囲み、遅い夕餉を分け合っている。ここには隠さなければならない牢も、命を商品として並べる市場も存在しない。異なる種族が同じ国で暮らし、互いの違いを理由に鎖を掛けることもない。その日常こそ、合衆国が作り上げた偽物の椿を打ち消す、何より確かな証拠になるはずだった。
「ジャックさん、中立国へ伝えて。ヤタガラス帝国は、望む国の使節を受け入れる。世界樹も町も、ここで暮らす人らの姿も、好きなだけ見てもろたらええ」「危険だ。使節を装った合衆国の間者まで入ってくるぞ」
「来るやろねぇ。せやけど、怖がって門を閉ざしたら向こうの思う壺や。見せられへんものがあるから隠してる、そう言われたら終わりやもの」
「ツバキ、簡単に外の人間を入れるな。お前を狙う奴も必ず混ざる」
「分かってるよ、スクナ。せやから守ってくれるんやろ?」「……当たり前だ」
「私も異論はない。虚偽へ言葉だけで対抗しても、互いの主張をぶつけるだけになる。事実を見せる方が早い」
「コマも案内するの! みんな仲良しだって見せるの!」
スクナは険しい表情を残したまま、それ以上は反対しなかった。閉鎖的に暮らしてきたヤタガラス帝国へ他国の者を招くことは、この国にとって小さくない変化となる。まして今は、合衆国が椿の命と国の信用を狙っている最中だった。それでも、恐怖を理由に異なる者を拒絶すれば、椿たちが否定してきた国々と同じ道へ足を踏み入れることになる。危険を理解した上で門を開くからこそ、ヤタガラス帝国が掲げる理想は言葉ではなく生き方として伝わるのだ。
「分かった。共和国からも正式な使節を送る。ポンパドゥール王国へも俺から連絡する」
「お願いします。それから、偽の檄文を一枚こっちへ送ってくれへん?」
「何に使う」
「中立国の使節へ直接見せる。うちは奴隷制度を許さへん。せやけど、誰かを殺せやなんて言うた覚えはない。その違いを、うちの言葉で伝える」
「ツバキ、もう一つある」
「まだ何かあるん?」
「ジャンクが確認した最初の檄文についてだ。見つかったのは合衆国領内じゃない。北方にある中立国だ。ヤタガラス帝国とは、これまで一度も国交を結んでいない」
「……うちを何も知らん国から狙うたんやね」
「ああ。市場、兵舎、礼拝所。人が集まる場所へ同じ夜に貼られていた。翌朝には、隣国でも同じ檄文が見つかっている」
宝珠の光が一度だけ大きく揺れ、椿の黒い瞳へ淡い月色を映した。ヤタガラス帝国を知る者へ嘘を流しても、簡単には信じてもらえない。だから合衆国は、椿の顔も声も知らない国から狙い、偽物を先に本物として植え付けたのだ。複数の国で同じ話が語られ始めれば、人々は出所を確かめるよりも、多くの者が話しているという事実だけを信じてしまう。敵は噂を流しただけではない。最初から噂が育ち、世界を巡るための道まで用意していた。
「随分と手回しがええこと」
「噂の出所を断つだけでは止まらない。すでに各国が自分たちの判断で写しを作り始めている」
「せやったら、急がなあかんねぇ」
「どう動く」
「うちらを知らん人らに、うちらの姿を見てもらう。偽物のうちが世界を歩き回る前に、本物のうちが会いに行く」
「お前が国外へ出るつもりか」
「今すぐやないよ。まずは使節を迎える準備をする。それから、必要やったらうち自身が話しに行く」「……その時は俺も行く」
「俺たちも協力する。合衆国だけに世界の声を握らせるわけにはいかない」
宝珠を通じた会話が途切れると、世界樹の根元へ静かな夜が戻った。だが、椿の胸に先ほどまでの安らぎは残っていない。国境の外では、彼女の名を騙る檄文が人々の手から手へ渡り、顔も知らない女帝への恐怖を育て始めている。剣も矢も届かない場所で、戦はすでに始まっていた。椿は掌の宝珠を握り締め、世界樹の向こうに広がる夜空を見据えた。
偽物の一宮椿は、本物より先に世界を歩き始めていた
新連載!【獄門道中閻魔大王への道】を始めました!
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