売られた喧嘩は買うてやる!
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
世界樹の枝葉はしばらく揺れ続けていた。
ざわめきはやがて穏やかな葉擦れへ戻り、張り詰めていた空気も少しずつ和らいでいく。椿は大樹を見上げたまま静かに目を閉じ、小さく息を吐いた。何を伝えようとしたのかは分からない。それでも、この国を見守り続けてきた世界樹が理由もなく騒ぐことはない。その違和感だけは胸の奥へ静かに刻み込み、椿はゆっくりと皆へ向き直った。
「待たせてしもうたねぇ。ルシフェルから話は聞いた。売られた喧嘩は買うまでや。せやけど、またみんなを危ない目に遭わせてしまう。ほんま、ごめんな」
椿の言葉が広場へ静かに響く。
誰もすぐには返事をしなかった。謝罪を受け止めるように、それぞれが椿を真っ直ぐ見つめている。戦いへ向かう重さを理解しているからこそ、軽い慰めの言葉は誰も口にしない。それでも、この場へ流れる空気は決して暗くはなかった。
「ガハハハッ! 何を今さら謝ってんだ! 喧嘩売られたんなら買うしかねぇだろ!久しぶりに暴れられそうじゃねぇか!」
「お頭は戦しか頭にないな!!」
「そこがカザンやろ!」
豪快な笑い声が世界樹の広場へ広がる。
そのやり取りを見つめながら、椿も思わず笑みを零した。変わらない。どれほど大きな敵が現れようと、この国の仲間たちは誰一人として怯えて立ち止まることはない。不安はある。それでも笑い飛ばし、支え合い、前を向く。その姿こそが、椿の守りたかったヤタガラス帝国だった。
「ありがとう。ほな、七日で全部整えましょう」
その一言で広場の空気が変わる。
笑みを浮かべていた者たちの表情から迷いが消え、一人、また一人と歩き出した。武具の点検を始める者。結界の様子を見に走る者。各地へ散っている妖たちへ連絡を飛ばす者。世界樹の根元は、瞬く間に戦へ向けた準備の場へ姿を変えていく。
迫り来る嵐を迎え撃つため、それぞれが自らの役目を果たそうと静かに動き始める。
世界樹の広場は、それまでの穏やかな空気が嘘のように引き締まっていた。誰もが椿の言葉を受け止め、それぞれが何を成すべきかを考えている。七日という時間は短い。だが、悲観する者は一人もいなかった。この国は何度も困難を乗り越えてきた。その度に支え合い、笑い合い、前へ進んできたのだから。
「七日しかあらへん。せやけど、七日もある。みんな、それぞれ出来ることをしてほしい。カザンは戦える者を集めて前衛の編成をお願い。スクナは騎士団の鍛錬と国境の警戒。マメツブたちは各地の妖のみんなへ伝令を頼む。ルシフェル、コマ、結界はお願いできるやろか」
「任せろ」
「ガハハッ! 腕が鳴るぜ!」
「やっと暴れられるんやな!」
「だから違うやろ! まずは準備や!」
「分かってる分かってる!」
「……行くぞ」「了解なの!」
椿の指示を受けると、皆は迷うことなく動き出した。カザンは部下を引き連れ訓練場へ向かい、スクナは騎士団の詰所へ足を向ける。マメツブ兄弟は豆狸らしい身軽さで枝から枝へ飛び移り、各地へ散っていった。ルシフェルは世界樹へ静かに手を添え、淡い銀色の魔力を幹へ流し込んでいく。広場は瞬く間に慌ただしさを増し、誰もが自らの役目を果たすため走り始めた。
椿はその様子をしばらく見守り、小さく笑みを浮かべる。革命軍もそうだった。一人では何もできなかった。けれど、仲間がいたから未来を掴めた。それは、この国でも変わらない。
「ツバキ」
振り返ると、スクナが足を止めていた。
「どうしたん?」
「夜になったら来い」
「え?」
「一本付き合え」
それだけ言い残し、スクナは振り返ることなく歩いていく。
椿は少し驚いたあと、小さく笑った。
「……うん、分かった」
その背中はいつも通りぶっきらぼうだった。
けれど、その言葉に込められた想いは痛いほど伝わってくる。革命へ向かう椿を見送るしかなかった後悔。今度こそ隣で戦うという覚悟。そして、自分の強さをもう一度確かめたいという騎士としての誇り。その全てを、スクナは「一本付き合え」の一言へ込めたのだろう。
翌朝、ヤタガラス帝国は昨日までとはまるで違う空気に包まれていた。
世界樹の広場では、朝早くから多くの妖やエルフが行き交っている。武器を抱えて走る者、荷車へ食糧を積み込む者、地図を広げて話し合う者。それぞれが忙しく動き回っているにもかかわらず、不思議と混乱はなかった。誰かの指示を待つのではなく、自分の役目を理解し、自ら動いている。その姿を眺めながら、椿は静かに広場を歩いていく。
「おはようございます」
椿が声を掛けると、作業をしていた者たちは一斉に顔を上げた。
「おはよう、ツバキ!」
「おはようございます!女帝様!」
その笑顔に、椿も柔らかく微笑み返した。
「みんな、ありがとう。無理だけはしたらあかんよ」
穏やかな声が広場へ溶けていく。
椿はそのまま世界樹の周囲を歩き続ける。幹の周囲では数人のエルフが地面へ複雑な魔法陣を描き、世界樹へ魔力を流し込んでいた。淡い光は根から幹へと吸い込まれ、巨大な枝葉へ静かに広がっていく。結界は目には見えない。それでも、この国を守るために欠かせない命綱だった。
「結界の調子はどうです?」
「順調です。七日後までには今まで以上の強度まで引き上げられます」
「お願いします」
短く言葉を交わし、椿は再び歩き出す。今度は乾いた金属音が耳へ届いた。訓練場では、木剣が何度もぶつかり合っている。
スクナが、騎士たちを相手に、一切手加減することなく剣を振るっている。打ち込まれた木剣を受け切れず転ぶ者もいれば、歯を食いしばって立ち上がる者もいた。それでもスクナは手を止めない。戦場で敵は待ってくれない。そのことを誰より知っているからこそ、今だけは厳しくあることを選んでいた。
「立て」
その一言だけだった。
倒れた騎士はすぐ立ち上がり、再び木剣を構える。
椿は少し離れた場所から、その光景を静かに見守る。
革命へ向かう自分を見送るしかなかった青年は、今、自分にできる方法で国を守ろうとしていた。その背中は、以前よりも少しだけ大きく見える。
スクナはふと椿の気配に気付き、ゆっくり振り返った。
視線が合う。
言葉は交わさない。
それでも互いに小さく頷くだけで十分だった。
訓練が一段落すると、騎士たちは一礼して広場を後にした。残された訓練場には、木剣が打ち合わされた跡と、踏み締められた土だけが残っている。夕暮れは少しずつ空を茜色へ染め、世界樹の長い影が静かに地面へ伸びていた。椿はゆっくりと歩み寄り、訓練場の端へ立つスクナを見つめる。
「約束どおり来たで」
スクナは短く頷くと、木剣を一本放り投げた。
「受け取れ」
椿は危なげなく受け止め、軽く握り直す。
「弓やのうてええの?」
「今日はそれでいい」
「一本だけやよ?」
「ああ」
二人は静かに距離を取った。
風が吹き抜け、世界樹の葉がさらりと鳴る。互いに構えたまま動かない。焦れるような沈黙が流れた次の瞬間、スクナが地を蹴った。鋭い踏み込みと同時に木剣が振り下ろされる。椿は紙一重で受け流し、その勢いを利用して身体を半歩ずらした。乾いた音が訓練場へ響き、一合、二合と打ち合いは続いていく。そこには手加減も遠慮もなかった。言葉では伝えられないものを、互いの剣へ乗せるように刃を交えていた。
「……強くなったな」
「スクナもや」
「違う」
スクナは木剣を下ろす。
「前より迷いがねぇ」
椿もゆっくりと構えを解いた。
革命を経て失ったものもあった。守れた命もあった。その全てを抱えたまま前へ進むと決めた今の椿には、かつての揺らぎはない。その変化を、誰より近くで見てきたスクナだからこそ感じ取っていた。
「……今度は置いていくな」
ぽつりと漏れた一言だった。
視線は逸らしたまま、それでも確かな願いだけが込められている。
「一人で背負うな。俺は騎士だ。お前の背中を守るためにいる」
椿は少し驚いたように目を丸くし、それから柔らかく微笑んだ。
「うん。約束する。今度は一緒や」
スクナは照れ隠しのように鼻を鳴らし、木剣を肩へ担ぐ。
「……忘れるなよ」
その背中を夕陽が静かに照らしていた。二人の間に交わされた約束は誰にも聞こえない。それでも、その約束は七日後に訪れる戦いを支える、何より強い絆になろうとしていた。
新連載!【獄門道中閻魔大王への道】を始めました!
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