待つだけなんて御免だ
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
ルシフェルの言葉を受け、ジャックは掌の宝珠を静かに見下ろした。
「分かりました。この国だけでは抱えきれない事態が起きた時、その時は迷わず頼ります。ですが、それまでは俺たち自身の手で、この国を守ります」
「ああ。それでいい」
短い返事と共に、ルシフェルは一歩退いた。宝珠の中では淡い月光がゆっくりと揺れ、まるで新たに結ばれた二国の縁を確かめるように明滅している。ジャックはそれを大切そうに懐へ収めると、改めて椿たちへ向き直った。革命を共に戦った仲間でありながら、今からは別々の国を背負う者として向き合わなければならない。その事実が、戦いの終わりを何より鮮明に告げていた。
「椿、本当にありがとう。お前たちがいなければ、俺たちはここまで来られなかった」
「それは違います。ここまで来はったんは、ジャックさんたちが諦めへんかったからです。私は少し、背中を押しただけやねぇ」
「少し、で済む働きじゃなかったけどな」
「ほな、その分はこれから返してもらいます。ジャスティス共和国を、誰もが安心して暮らせる国にしてください。それが一番嬉しいお返しです」
椿の柔らかな笑みに、ジャックもようやく肩の力を抜いた。背後ではモーリスたちがそれぞれ椿たちへ声を掛け、別れを惜しんでいる。革命軍として共に過ごした時間は終わろうとしていたが、その縁まで消えるわけではない。離れた場所で別の国を守りながら、同じ未来を目指して歩いていく。それは別れというより、新しい関係の始まりだった。
「ツバキ、あの子たち、ちゃんと逃げられたの!」
コマが小声で椿の袖を引く。
「うん。誰にも見つかってへんみたいやねぇ。コマのおかげや」
「よかったの! もう檻には戻らないの!」
「そうやね。これからは、自分たちの行きたい場所へ行ける」
椿は王都の外へ続く街道を見つめた。救い出された獣人たちが今どこを歩いているのかは分からない。けれど、誰かに命じられた道ではなく、自ら選んだ道を進んでいる。それだけで十分だった。いつか彼らが安心して名を名乗り、笑いながら暮らせる場所を見つけられるように。その未来を守るためにも、椿には帰らなければならない国があった。
「行こう、ツバキ」
ルシフェルの足元へ、淡い月光の魔法陣が広がる。
「うん。ジャックさん、皆さん。また会いましょう」
「ああ。次に会う時までに、少しは国らしくしておく」
「期待してます」
月光が椿たちを包み込む。コマは名残惜しそうに何度も前足を振り、革命軍の仲間たちも笑いながら手を上げた。眩い光が視界を埋め尽くし、次の瞬間には王城の崩れた玉座も、朝日に輝く共和国の旗も遠ざかっていく。こうして椿たちは、新たに生まれた国へ別れを告げた。
だが、ヤタガラス帝国ではすでに、次の戦いが始まろうとしていた。
眩い月光が世界樹の根元へ降り注ぐ。
幾重にも重なった光の粒は朝風へ溶けるように消え、その中心へ椿たちの姿が静かに現れた。何百年もの時を生きる世界樹は静かに枝葉を揺らし、柔らかな木漏れ日が戦いを終えた彼女たちを包み込む。土と草木の匂い、葉擦れの音、どこまでも穏やかな空気。そのどれもが懐かしく、胸の奥で張り詰めていた糸が少しずつほどけていく。ようやく帰ってきた。その実感が、椿の心へ静かに染み渡った。
「……ツバキ!」
聞き慣れた低い声が広場へ響く。
椿が振り向くより早く、一人の影が世界樹の根を蹴った。風を切るような速さで駆け抜けてきたその姿を見て、椿は自然と口元を緩める。スクナだった。いつもなら冷静に歩いてくるはずの彼が、そんなことも忘れたように必死な形相で駆けてくる。その姿だけで、この数日間どれほど気を張り続けていたのかが伝わってきた。
「スクナ……」
名前を呼び終えるより早く、椿の身体は力強く抱き締められた。
「……何してんだよ、お前」
「心配、かけてしもうたねぇ」
「そういう話じゃねぇ」
抱き締める腕は少しも緩まない。離したらまた戦場へ戻ってしまう。そんな恐怖を振り払うように、スクナは黙ったまま椿を抱き寄せていた。肩へ伝わる呼吸は僅かに乱れ、背中へ回された腕には震えが混じっている。戦場では何度も死を覚悟した。クリムゾンの前へ向かったと聞いた時も、自分はこの国で待つことしかできなかった。その無力さを噛み締めながら、ただ帰ってくると信じ続けていた。
「……帰ってこねぇかと思った」
「ちゃんと帰ってきたやろ?」
「約束なんざ、戦場じゃ信用できねぇ」
「もう、心配性やねぇ」
「誰のせいだ」
椿は困ったように笑いながら、そっとスクナの背中へ手を添えた。その温もりに触れた瞬間、スクナの肩からようやく力が抜ける。胸の奥へ押し込め続けてきた不安は、椿の鼓動を感じたことで初めて静かに溶けていった。言葉にするのは苦手だった。大丈夫だったか、と聞くことも。会いたかった、と伝えることも。それでも、この腕だけは嘘をつけなかった。
二人の静かな時間を破るように、豪快な笑い声が世界樹の広場へ響き渡る。
「ガハハハッ! おいスクナァ! 帰ってきた途端に抱きつくとは随分と熱烈じゃねぇか!」
「うるせぇ。」
「見ろ見ろ! 顔まで真っ赤にしてやがる!」
「…赤くなんざねぇよ」
世界樹の広場へ笑い声が広がる。その声を聞きながら、椿はようやく本当に帰ってきたのだと実感した。革命軍と過ごした日々はかけがえのない時間だった。それでも、この場所には戦場では決して味わえない温もりがある。女帝として迎えられる場所ではなく、一人の椿として笑って迎えてくれる家族が、ここにはいた。
ようやくスクナが腕を緩めると、椿は少しだけ乱れた着物を整え、小さく息を吐いた。帰ってきたという実感が胸の奥へゆっくりと広がっていく。それでも、穏やかな時間に身を委ねることはできなかった。ルシフェルから聞かされた話は、まだ胸の内へ重く残っている。女帝として、この国を守る責任が再び椿の心を静かに引き締めた。
「スクナ、一つ聞いてもええ?」
「……何だ」
「使者さんは?」
「帰った。お前が戻るまで返事は待つってよ。七日後、もう一回来るらしい」
スクナは余計なことを話さない。椿も、それ以上は尋ねない。七日という言葉だけが、世界樹の広場へ静かに落ちる。騒いでいたカザンも腕を組み、マメツブ兄弟も顔を見合わせた。革命は終わった。だか、クリムゾン亡き今、水面下では新たな思惑が動き始めている。そのことを、この場にいる誰もが肌で感じ取っていた。
「……今度は俺も行く」
ぽつりと漏れたスクナの声に、椿はゆっくりと顔を上げる。
「次は、待つだけなんて御免だ」
椿は何も返さず、小さく微笑む。その横顔を見つめながら、スクナは静かに剣の柄へ手を添えた。もう二度と、大切な人が命を懸けて戦う背中を、ただ見送るだけの自分ではいたくなかった。
世界樹の枝葉が朝風に揺れる。
その優しい音とは裏腹に、七日後という約束は確実に近付いていた。ヤタガラス帝国へ差し出された選択は、降伏か、それとも蹂躙か。静かな朝は、嵐の前触れのように、ゆっくりと流れていた
本日は更新遅れてしまいました!すみません!
新連載!【獄門道中閻魔大王への道】を始めました!
ギャグ×和風ファンタジーです!よければそちらもご覧ください!
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