一難去ってまた一難
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
歓声はいつまでも王都へ響き渡っていた。
革命軍は互いの無事を喜び合い、民は家族を抱き締めながら涙を流す。帝国兵たちも静かに武器を置き、それぞれが長い悪夢の終わりを噛み締めていた。ジャックはその光景を静かに見渡すと、時計台の階段を駆け下り、待っていた仲間たちの元へ歩み寄る。
「みんな、無事か」
「何とかねぇ」
ジャンクが肩を回しながら笑う。モーリスは腕に巻いた包帯を締め直し、ジョセフとデルベも小さく頷いた。セデスが合流し、その少し後ろでは、ローブを土埃だらけにしたコモンが両膝へ手をつき、大きく肩で息をしている。
「はぁ……はぁ……。皆さん、ご無事で何よりです……」
そう言った次の瞬間、コモンは両手で胃を押さえ、その場へ崩れ落ちた。
「胃が限界ですぅぅぅ!!」
一瞬だけ、その場へ笑いが広がる。
張り詰めていた空気がほどけ、仲間たちはようやく生き残った実感を噛み締めた。ジャックも思わず苦笑を漏らすが、その視線はすぐ王城へ向く。夜空には、まだ白金色の光が静かに残っていた。
「……ツバキのところへ行こう」
ジャックを先頭に、一行は崩れた城門をくぐる。激戦の爪痕が刻まれた回廊を進み、瓦礫を越え、崩れかけた階段を一段ずつ上っていく。その足取りは疲弊しているはずなのに、不思議と軽かった。仲間が待っている。ただそれだけが、彼らを前へ進ませていた。
歓声を背に、ジャックたちは王城へ向かっていた。崩れた城門を潜り、砕けた柱を避けながら静まり返った回廊を進んでいく。先ほどまで命を奪い合っていたとは思えないほど城内は静かで、響くのは瓦礫を踏み締める足音だけだった。やがて最上階へ辿り着き、半ば崩れ落ちた玉座の間へ足を踏み入れる。
城壁から吹き込む夜風が黒髪を揺らす。その先には椿が立っていた。無事な姿を認めた瞬間、ジャックは胸の奥に張り詰めていたものがふっとほどける。だが、その隣へ視線を移した途端、今度はジャンクの表情が大きく変わった。
「……ルシフェルさん? なんでここに……」
思わず漏れた声だった。コモンは目を見開き、驚いたまま静かに一礼する。セデスも僅かに眉を動かしただけで、その紅い瞳をルシフェルへ向けたまま黙っていた。三人の反応を見たジャックたちは顔を見合わせる。この男を知っているのは、ヤタガラス帝国の者たちだけらしい。
「ツバキ、その人は誰なんだ」
椿は一度だけルシフェルを見上げ、小さく微笑んだ。その表情には飾りも気負いもない。ただ、心から信頼している相手へ向ける穏やかな眼差しだけがあった。
「この人はルシフェル。私が信頼してる、大切な仲間どす。それに……今回も、この人がおらへんかったら、私はここへ立ててへんかった。」
静かな一言だった。
けれど、その言葉だけで十分だった。
椿が誰かをここまで信頼している。その事実を知り、ジャックは改めてルシフェルへ視線を向ける。黒衣の男は何も語らず、ただ静かに立っているだけだったが、その場を包む空気だけは誰よりも重く、王すら退けた男であることを雄弁に物語っていた。
ジャックは黙ってルシフェルへ向き直ると、一度だけ深く頭を下げた。
「革命軍を助けていただき、本当にありがとうございます。この恩は決して忘れません」
ルシフェルは静かに首を横へ振る。
「礼は不要だ。私はツバキを守りたかった。それだけだ」
それ以上、言葉は続かなかった。互いに多くを語る性格ではない。ただ、その短いやり取りだけで十分だった。ジャックはゆっくりと顔を上げ、改めて目の前の男を見据える。クリムゾンを討ち、この戦いへ終止符を打った人物。それほどの力を持ちながら、その佇まいには驕りも威圧もなかった。
ルシフェルは窓の外へ目を向ける。
王都では今も勝利を喜ぶ歓声が夜空へ響き渡っていた。戦いを終えた兵士たちの声。家族の無事を喜ぶ民の声。その穏やかな光景をしばらく見つめたあと、小さく息を吐く。
ルシフェルは静かに全員を見渡した。
「一つ、急ぎ知らせておくことがある。私がこちらへ向かう前、ヤタガラス帝国へバルガム合衆国の使者が現れた。要求は降伏か、蹂躙か。その返答を待っている」
椿の表情が強張る。耳飾りがルシフェルを呼んだ時、ヤタガラスではそんなことが起きていたのか。故郷の名を聞いただけで胸の奥がざわつき、思わず月詠を握る手へ力が入った。玉座の間へ静かな空気が流れる中、一人だけ考え込むように視線を落としていたジャンクが、小さく息を吐く。
「……妙だな」
ジャックが横を見る。
「何がだ」
「一つ聞かせてくれ、ルシフェルさん。その使者は確かにバルガム合衆国を名乗ったんだな?」
「ああ」
「クリムゾン軍でも、帝国軍でもなく?」
「間違いない」
ジャンクは腕を組み直し、何かを確信したように目を細めた。革命が始まってから今日まで、頭の片隅へ引っ掛かっていた違和感がようやく形になり始める。各国へ何度も使者を送り、援軍を求めた。それでも返ってきたのは曖昧な返事か沈黙ばかりだった。あの不自然さが、今になってようやく繋がる。
「……ジャック。革命を起こしてから、俺たちは何度も各国へ援軍を要請したよな。それなのに、一国も兵を動かさなかった」
「そうだ」
「ずっと気になってたんだ。クリムゾンほどの男が戦を始めたってのに、合衆国の連中が静かすぎるってな」
「だから援軍が来なかったのか」
ジャンクは小さく頷いた。
「多分な。俺たちは援軍が来ない理由を、みんなクリムゾンの圧力だと思ってた。でも違った。あいつが各国へ兵を出すよう命じていたなら、同じように援軍を送らせることだってできたはずだ。それをしなかったのか、できなかったのかは分からねぇ。ただ一つ言えるのは、合衆国はクリムゾン一人で動いてたわけじゃなかったってことだ」
玉座の間へ重い空気が流れる。革命軍は最後まで援軍を信じて戦ってきた。返事が届くたび、「次こそ来るかもしれない」と希望を繋ぎ、その度に裏切られ続けた。それでも誰一人諦めなかったからこそ、この勝利がある。その積み重ねを思い返しながら、ジャックはゆっくりと拳を握り締めた。
「じゃあ……今になって使者が動いた理由は何や」
椿の問いに、ジャンクは静かに息を吐く。
「クリムゾンを見限ったんだ。そして奴らの想定通りの結果になったって訳だ。独裁者が消えた以上、各国はもう顔色を窺う必要がなくなった。それぞれが、それぞれの思惑で動き始める。その最初の一手が、ヤタガラス帝国への使者だったんだろうな」
誰も言葉を返せなかった。革命は終わった。そう思っていた矢先に突き付けられた現実は、あまりにも皮肉だった。ようやく自由を手にしたと思えば、今度は合衆国そのものが牙を剥こうとしている。勝利の余韻は静かに薄れ、それぞれが新たな戦いの気配を胸の内で噛み締めていた。
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