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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第一章 新たなる世界編

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よう食べはる人、好きやよ

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。

 

 市場はすっかり朝の熱を帯びていた。焼けた肉の匂いと人の声が重なって、空気が少し重たい。椿は露店をゆっくり眺めながら歩いた。威勢のいい呼び込みの声が飛び交い、荷車を押す人々が忙しなく行き交っている。道端には野菜を積み上げた店が並び、その隣では獣の皮や武器が売られていた。


「……思うてたより、ちゃんとしてはりますね」


「これでもマシな方だ」


 椿は小さく頷いた。もっと荒れた場所を想像していたのだ。奴隷商が堂々と店を構え、人攫いが平然と歩いているような街なのだから。けれど実際には子供が走り回り、夫婦らしき人間が買い物をしている。だからこそ余計に不思議だった。


「変わった街やねぇ」


 スクナは何も答えなかった。ただ周囲を警戒するように目を動かしている。奴隷として長く生きてきた癖なのだろう。人混みの中にいても、どこか気を抜けない様子だった。


 椿は一つの露店の前で足を止めた。焼きたてのパンと串に刺さった肉が香ばしい匂いを漂わせている。ぐう、と小さく腹が鳴った。


「これ、いくらやろか?」

「パンは鉄貨二枚、肉は三枚だ」

「……鉄貨が一番下なんやね」


 袋の中の硬貨を指で転がす。まだ慣れない感触だった。日本円とは形も重さも違う。


「鉄が一番下で、銅、銀、金……で合うてます?」

「だいたいな。鉄十で銅一、銅十で銀一、銀十で金一だ」


「ほな、この前の銀貨八枚は……」

「そこそこだな」

「なるほど。しばらくは困らへんやろか」


 椿は少し安心したように笑った。異世界に来てからずっと手探りだった。寝る場所も食べ物も、全部が不安だったのだ。だから金があるというだけで少し肩の力が抜ける。


「まぁ、無駄遣いしなければな」

「それなら大丈夫やよ」


 そう言いながら、椿はパンを三つと肉を三本頼んだ。


「おおきに」


 店主から受け取ると、そのうち一本をそのままスクナへ差し出す。


「どうぞ」


 スクナは動かなかった。ただ差し出された肉と椿の顔を交互に見ている。まるで何か裏があるのではないかと疑っているようだった。


「……いいのか」

「買うたもんやし」


 椿は当たり前みたいに答える。だがスクナはすぐには受け取らない。長い間、誰かに施しを受ける側ではなかったのだろう。奴隷に与えられる食事は生かすための餌でしかない。誰かの善意で渡されたものではなかった。


 しばらくしてから、ようやく手が伸びる。


「……そうか」


 ぽつりと呟き、肉を受け取った。


 椿はその様子を見て、何も言わずもう一本差し出す。


「こちらも、よろしければ」

「……いいのか」

「よう食べはる人、好きやよ」


 スクナの手が一瞬止まる。何を言われたのか理解できないような顔だった。けれど結局、黙って受け取った。


 椿はしゃがみ込み、今度はコマへパンをちぎって差し出した。


「ほら、あんたも」

「わふっ!」


 コマは嬉しそうに飛びつく。ぱくりと食べて、尻尾をぶんぶん振った。


「ええ子やね」


 頭を撫でると、さらに機嫌が良くなる。椿は思わず笑った。


「コマ、パン好きなん?」

「わふっ!」

 コマは胸を張る。何故か得意げだった。


 その様子に椿はくすりと笑う。こういう時間は嫌いじゃなかった。異世界へ来てから大変なことばかりだったけれど、こうして誰かと食事をする時間だけは妙に心が落ち着く。


 ふと椿は袋の中を探った。そして一本の短剣を取り出す。

「これ、持っとき」

 スクナの視線が刃へ落ちた。


「……なんのつもりだ」

「護身用やよ。丸腰やと落ち着かへんやろ」

「俺は奴隷だ」


 スクナは動かない。


「……俺を信じるのか」

「信じる、いうほどのことやあらへんけど」

「裏切るかもしれない」


 椿は少しだけ困ったように笑った。


「そうやね。裏切るかもしれへんね」


 その答えはスクナの予想外だったらしい。一瞬だけ目が見開かれる。

 椿は一歩近づいた。そして手を取るみたいに短剣を握らせる。


「それでもうちは、スクナのこと信用してはりますから」


 スクナは言葉を失った。手の中に短剣の重みが残る。武器を持つのは久しぶりだった。自由に持つのは、もっと久しぶりだった。


 椿は何事もなかったように離れる。


「それに、本気でやるなら昨日やってはるやろ」


 スクナは何も言えない。ただ短剣を握る手に少しだけ力が入った。


 椿はくるりと背を向ける。


「ほな、もうちょい買い足そか」

「……もう食ってるだろ」

「足りてへんやろ」


 露店へ戻り、商品を眺める。


「おじさん、これも、それも頂けます?」

「……全部か?」

「全部やよ」


 店主が呆れた顔をした。

 しばらくして戻ってきた椿は、抱えた食べ物をそのままスクナへ押しつける。


「はい」

「……多い」

「足りへんよりええやろ」


 コマの前にも肉を置く。

「ほら、遠慮せんでええよ」


 コマは待ちきれない様子で食べ始めた。

「ええ食べっぷりやね」

 スクナは食べ物と椿を見比べる。

「……なんで」

「お腹空いてる人がおったら、食べさせたなるだけやよ」


 椿は本当に不思議そうに答えた。特別な理由なんてないと言わんばかりだった。


 スクナは黙る。


「ご飯いうんは、皆で食べた方が美味しいもんやろ?」


 その言葉に返事はない。けれどスクナは視線を落とし、また食べ始めた。さっきより少しだけゆっくり噛んでいる。


 椿はもう一本、肉串を差し出す。


「これもどうぞ」

「……いいのか」

「うちが食べてほしいだけやし」


 椿はコマの頭を撫でた。


「いっぱい食べて、元気になりや」

 それからスクナを見る。

「……あんたもやよ」


 スクナは手を止めた。差し出された肉をしばらく見つめる。やがて無言で受け取り、一口噛んだ。


 飲み込んでから小さく息を吐く。


「……変なやつだな」


 さっきより、ほんの少しだけ柔らかい声だった。

 椿はくすりと笑う。


「よう言われる」


 少し考えるように首を傾げる。そして改めてスクナを見た。


「……ねぇ、スクナ」

「なんだ」


「少し、頼みがあるんやけど」

 スクナは肉串を持ったまま視線を向ける。椿の表情はいつも通り穏やかだった。けれど、その目だけは少し真剣だった。

書き溜めはありますが、暫くは様子を見ながら1日1話から2話を目安に投稿しようと思っています!


毎日20時更新です!


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― 新着の感想 ―
京言葉のはんなりした語り口と、静かな怒りの落差が良いです。買い取ったスクナが飯だけで泣く場面が忘れられません。続き、楽しみにしています。
お金まわりも何もかも手探りで大変そう……。 新たな収入源も確保したいところですね。 (・∀・) 買い食いシーンがとても良いですね〜。 少しスクナとの距離も縮まってほっこりします。 (*´ω`*) …
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