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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第一章 新たなる世界編

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8/100

おはようさん

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。


 コマが静かにその様子を見ていた。しばらくスクナを見つめていたが、やがて立ち上がると椿の方へ歩いていく。そのまま守るように足元で丸くなり、小さく鼻を鳴らした。


 薄い朝の光が窓の隙間から差し込み、床に細い線を引いている。光の中では埃がゆっくりと舞い、部屋の空気はまだ眠りの温度を残していた。外は動き出す前の街の気配だけが漂い、遠くで聞こえる物音もどこか穏やかだ。昨日までの喧騒が嘘みたいに静かな朝だった。


「……おはようさん」

「……ああ」


 椿はゆっくり目を開いた。見慣れない木の天井が視界へ入る。そうだった、と少し遅れて思い出す。神社でも自宅でもない。異世界の宿だ。昨日の出来事が夢ではなかったことを改めて実感して、小さく息を吐いた。


 視線を横へ向ける。スクナは起きていた。壁にもたれたまま目を閉じているが眠ってはいない。耳も気配も周囲へ向いている。まるで少しでも油断したら死ぬと身体が覚えているみたいだった。


「寝てへんの?」

「少しは寝た」

「そうは見えへんけど」

「寝られる場所じゃねぇだろ」


 昨日より声が柔らかかった。ほんの少しだけだが確かに違う。椿は小さく笑いながら水差しを持ち上げる。冷たい水を器へ注ぐ音が静かな部屋へ響いた。喉を潤すと少しだけ頭が冴える。


 異世界へ来て二日目の朝だった。たった二日なのに、何日も経った気がする。神隠しに遭って、コマと出会って、獣人奴隷を助けて。普通の人生なら一生経験しないことばかりだった。


「冷とうて気持ちええよ」

「……そうか」


 椿は器を差し出した。スクナは一瞬だけ迷う。警戒する癖が染み付いているのだろう。それでも最後には受け取った。


「うまいな」

「やろ?」

「わふ」


 スクナは器を見つめたまま少しだけ黙り込んだ。ただの水だ。特別なものじゃない。それなのに妙に記憶へ残る。誰かから当たり前みたいに何かを渡されることなんて、いつ以来だったか思い出せなかった。


 必要だから与えられることはあった。命令だから食事が出ることもあった。だが理由もなく差し出される親切は知らない。だからこそ落ち着かなかった。


「なあに?」

「……別に」

「難しい顔してはる」

「元からだ」


 椿はくすりと笑う。その笑い方には探る色がない。聞きたくないことは聞かないし、無理に踏み込んでもこない。昨日から見ていて、そういう人間なのだと少しずつ分かってきていた。


 コマがのそのそ歩いてくる。そして当然みたいに椿の膝へ顎を乗せた。撫でてほしいのだろう。椿は慣れた手つきで頭を撫でる。コマは気持ち良さそうに目を細めた。


「甘えたさんやねぇ」

「わふぅ」

「賢いやろ?」

「そうか」


 その様子を見ながらスクナは小さく鼻を鳴らした。獣は人を見る。本当に危険な相手には近付かない。それなのにコマは最初から椿を信じ切っているように見えた。


 コマはきっと自分よりずっと人を見る目があるはずだ。そう考えると、少しだけ不思議な気持ちになる。


「人を見る目もあるんよ」

「……なら俺は嫌われてるな」

「わふ」

「肯定しとるやん」


 椿が吹き出した。スクナも呆れたように息を吐く。昨日なら考えられなかった。こんな他愛もないやり取りをしている自分が一番信じられなかった。


 コマは満足そうに尻尾を振る。たぶん何も考えていない。だが、その無邪気さが部屋の空気を柔らかくしていた。


「変なやつらだな」

「よう言われるわ」


 椿は窓の外へ目を向ける。朝日が少しずつ街を照らし始めていた。行商人らしき声も遠くから聞こえてくる。街がゆっくり目を覚ましている。


 知らない世界だ。知らない街だ。知らない人ばかりだ。それでも怖さより先に知りたい気持ちが湧いてくる。昔からそうだった。未知のものを見ると足が止まらなくなる。


「……昨日、名乗りそびれてしもたね」

「……ああ」

「うちは一宮椿。好きに呼んでくれたらええよ」

「……ツバキ」


 名前を呼ばれて椿は少しだけ目を細めた。たったそれだけのことなのに不思議と嬉しい。昨日は生き残ることに必死だった。こうして落ち着いて話す余裕なんてなかった。


 目の前にいるのは異世界の住人だ。家族でも友人でもない。不思議な縁だと思った。


「スクナは?」

「何がだ」


 椿はじっと見つめる。スクナは嫌そうな顔をした。続きを待たれていることに気付いたらしい。


「ほな年齢は?」

「知らねぇ」

「知らへん?」

「数えたこともねぇ」


 そこで会話が途切れた。椿は何も言わない。奴隷になってから何年経ったのかも分からないのだろう。聞けば痛い話になる。そんな気がした。


 スクナも少しだけ気まずそうに視線を逸らした。


「うちは二十五やよ」

「聞いてねぇ」

「えー」


 即答だった。椿は不満そうに唇を尖らせる。だがスクナの肩から少しだけ力が抜けた。気付けば昨日より会話が増えている。


 人を信用するつもりはない。そう決めていたはずだった。それなのに、この部屋の空気は不思議と居心地が悪くない。スクナ自身がそれを一番理解できていなかった。


「この子はコマ」

「わふっ」

「……コマか」


 コマは嬉しそうに尻尾を振った。その様子に椿は思わず笑う。まるで挨拶が成功した子どもみたいだった。スクナもそんな様子を見ていたが、追い払うことはしなかった。


「賢いやろ?」

「変わってるだけだ」

「褒め言葉やね」


 部屋には穏やかな空気が流れていた。昨日なら考えられなかったことだ。スクナはまだ警戒している。それでも逃げようとはしていない。ここにいることを選び始めているように見えた。


「少し、外見に行こか」

「……外?」

「ええ」


 スクナの眉が僅かに寄る。昨日の視線を思い出したのだろう。この街は優しくない。獣人にとっては特にそうだ。

次回は今日の20時更新予定です!

スクナ甘やかし回になります!

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― 新着の感想 ―
25歳だったのか! (´⊙ω⊙`)! 達観している感じから、勝手に30歳ちょいかと思ってました。 それだけ修羅場をくぐってきた人生なんでしょうね〜。 (・∀・) 知らない世界をコマと3人でどう生き…
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