格の違い
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
玉座の間を、黒と紅の閃光が幾度となく駆け抜ける。
死神の大鎌と吸血鬼の魔剣がぶつかるたび、雷鳴にも似た轟音が城を揺るがした。衝撃は石床を砕き、崩れかけた柱をさらに軋ませる。互いの魔力は真正面から激突し、押し合い、食らい合いながら広間そのものを支配していた。誰かが割って入れる戦いではない。ただ二人だけが、その極限の領域へ立っている。
「見違えたな、王弟。封印の中で牙を失ったと思っていたが、少しは楽しませてくれるらしい」
「その軽口も、いつまで叩いていられるか」
刃が離れる。
次の瞬間には再び交差する。
クリムゾンは吸血鬼の始祖として積み重ねた剣技を惜しみなく振るう。一撃ごとに必殺の意志が宿り、わずかでも隙を見せれば首を刎ねられる速度だった。しかしルシフェルは最小限の動きだけでそれを捌く。大鎌とは思えぬ軽やかさで刃を滑らせ、王の斬撃を寸分違わず受け流していく。
均衡は崩れない。
それが、クリムゾンには面白くなかった。
「ならば、これはどうだ」
王が左手を剣へ滑らせる。
裂けた掌から流れた鮮血は宙へ浮かび、瞬く間に数え切れぬ刃へ姿を変えた。赤黒い切っ先は生き物のように蠢き、四方八方からルシフェルを囲み込む。一本一本へ刻まれた呪は、掠めるだけで肉体も魂も蝕む吸血鬼秘奥の魔法だった。
「余の血は命を喰らう。逃げ場はない」
無数の血刃が一斉に牙を剥くが、ルシフェルは動かなかった。ただ静かに大鎌を持ち上げる。刃先が半円を描いた、その一振りで、漆黒の魔力が波紋のように広がる。
迫る血刃は触れた瞬間に形を失い、呪ごと霧散して闇へ溶けていく。紅い粒子だけが儚く宙を漂い、やがて何事もなかったように消え去った。
「……ほう」
自らの呪が届かなかった。目の前の相手を侮るべきではないと悟る。
「余の呪を受けぬとはな」
「受ける価値もない」
次の瞬間、ルシフェルの姿が掻き消える。
クリムゾンは反射で剣を構えた。
遅い。
黒き刃はすでに懐へ入り込んでいた。
咄嗟に赤い魔剣を差し込む。
轟ッ!!
凄まじい衝撃が腕を貫き、王の身体が大きく弾き飛ばされた。石床を削りながら後退し、砕けた柱へ激突する。城壁まで一直線に刻まれた溝が、その一撃の重さを物語っていた。
砂煙が立ち込める。
やがて、その奥からクリムゾンがゆっくり姿を現した。
胸元には深い裂傷。
吸血鬼の再生能力が肉を繋ぎ始めている。それでも黒い魔力だけは傷へ食い込み、再生するたび激痛を刻み続けていた。
それでも王は笑う。
「良い……実に良い。これほど昂ったのは、何百年ぶりか」
剣を握る力がさらに強まる。
赤黒い魔力が広間を埋め尽くし、床一面へ血の紋様が浮かび上がった。壁を伝う血は蛇のように蠢き、天井からは紅い雫が雨のように滴り落ちる。玉座の間そのものが、吸血鬼の領域へ塗り替えられていく。
「王弟よ。余を失望させるな」
次の瞬間には黒と紅の魔力が再び激突し、王城全体を揺るがす本当の死闘が幕を開けた。
クリムゾンが剣を天へ掲げる。
床一面へ広がっていた血が一斉に浮かび上がり、巨大な渦となって玉座の間を覆い尽くした。赤黒い奔流は天井を這い、無数の牙を持つ獣のように唸りを上げる。その中心で王は静かに目を閉じると、薄く笑みを浮かべた。
「見せてやろう。吸血鬼一族が数千年受け継いできた真の血魔法を」
次の瞬間、血の渦が一斉に降り注ぐ。
一本一本が槍となり、刃となり、蛇となってルシフェルへ襲い掛かった。避けても軌道を変え、斬っても瞬時に形を取り戻す。広間そのものが巨大な生物へ変貌したかのように、あらゆる方向から牙を剥いてくる。
ルシフェルは大鎌を振るう。
漆黒の斬撃が幾筋も走り、血の槍をまとめて両断した。しかし次の瞬間には裂かれた血が再び蠢き、数を増やして押し寄せる。途切れることのない猛攻が、わずかずつルシフェルの間合いを削っていった。
「終わりが見えぬか。余の血は尽きぬ。王都の民から流れた血、その全てが余の糧となっている」
赤い奔流が死角から迫る。
ルシフェルは身を捻ってかわすが、一筋だけが外套を裂いた。漆黒の布が宙を舞い、そのまま血が爆ぜる。轟音と共に爆風が広間を駆け抜け、床を抉り取りながらルシフェルを包み込んだ。
砂煙が晴れる。
そこへ間髪入れずクリムゾンが踏み込む。赤い魔剣が唸りを上げ、大上段から振り下ろされた。
ギィィンッ!!
死神の大鎌が真正面から受け止める。
火花が弾け、互いの顔が息の掛かる距離まで近付く。紅い双眸と紅い双眸が正面からぶつかり合い、押し合う魔力だけで周囲の空気が歪み始めた。
「その程度か、王弟。貴様の怒りはそんなものではあるまい」
「黙れ」
短い一言だった。
しかし、その瞬間だった。
ルシフェルの魔力が一段と膨れ上がる。
大鎌から溢れた漆黒の奔流が赤い魔力を押し返し、クリムゾンの身体が初めて大きく仰け反った。
王の瞳から笑みが消える。
その一瞬の隙を、ルシフェルは見逃さなかった。
漆黒の奔流が赤い魔力を押し返した瞬間、ルシフェルは一歩踏み込む。その踏み込みだけで石床が砕け、死神の大鎌が唸りを上げた。斬撃は一つ。しかし軌跡は幾重にも重なり、空間そのものを切り裂くようにクリムゾンへ迫る。王は剣を振り上げ迎え撃つが、衝突と同時に腕へ凄まじい衝撃が走り、身体ごと後方へ弾き飛ばされた。
「面白い……実に面白い。この程度では収まらぬか」
「まだ笑っていられるとは感心する。ならば、その余裕ごと刈り取ってやる」
クリムゾンは空中で体勢を立て直し、そのまま床へ着地した。裂けた胸元は再生している。しかしルシフェルの魔力は傷口へ深く残り、肉を繋ぐたび激痛を与え続けていた。吸血鬼の再生能力をもってしても完全には消えない。その事実にクリムゾンは歓喜すら覚え、口元をゆっくりと吊り上げる。
「余をここまで傷付けた者は久しい。褒美をやろう」
クリムゾンが両腕を広げると、玉座の間一帯へ広がっていた血が轟音と共に渦を巻く。天井、壁、床、その全てが赤黒く染まる。その光景は魔法というより、クリムゾンの領域であった。
「これが余の世界だ。この中で余に勝てる者など存在せぬ」
「世界だと?」
ルシフェルは小さく鼻で笑う。その視線は周囲の血ではなく、ただ一人クリムゾンだけを捉えていた。ゆっくりと大鎌を肩から下ろし、柄を握る指へ静かに力を込める。次の瞬間、漆黒の魔力が足元から溢れ出し、椿の眠る場所だけを避けるように広間を覆い始めた。
「児戯もいいところだ。本物の世界というものを教えてやる」
漆黒の魔力は音もなく広がり、血に染まった玉座の間をゆっくりと侵食していく。床を埋め尽くしていた赤黒い奔流は、その闇へ触れた途端に動きを止めた。まるで絶対的な支配者を前にしたかのように、暴れていた血が静かに震え始める。クリムゾンは初めて眉を動かし、足元へ視線を落とした。
「……余の血が、怯えているだと」
答えはない。
ルシフェルは鎌を静かに構えたまま、一歩ずつ歩みを進める。その歩幅は変わらない。しかし距離が縮まるたび、黒い魔力はさらに濃さを増し、広間を支配していた血の世界を少しずつ塗り潰していく。椿の眠る場所だけは優しく避けるように闇が流れ、その周囲だけが静寂に包まれていた。
「貴様は勘違いしている」
低い声が広間へ響く。
「支配しているつもりだったのは、自分だけだと」
クリムゾンは鼻で笑う。
「減らず口を。余は吸血鬼一族の始祖に連なる古き貴族だ。数千年積み重ねた力を、その程度の魔力で覆せると思うな」
剣を振り上げる。
その動きに呼応し、止まっていた血が再び荒れ狂った。巨大な津波となってルシフェルへ襲い掛かり、天井を埋め尽くすほどの血槍が一斉に降り注ぐ。逃げ場などない。広間そのものが牙を剥き、侵入者を喰らおうとしていた。
それでもルシフェルは足を止めない。
静かに鎌を横へ払う。
ただ、それだけだった。
漆黒の一閃が世界を横切る。
轟音は響かなかった。
血の津波は音もなく両断され、無数の血槍は触れた瞬間に形を失う。赤黒い世界は一本の黒い線を境に左右へ割れ、その奥で立ち尽くすクリムゾンの姿が露わになった。
赤い双眸が見開かれる。
血魔法が破られたのではない。
支配そのものを切り裂かれた。
そんな感覚を、クリムゾンは初めて味わっていた。
「……馬鹿な」
思わず漏れた声は、先ほどまでの余裕を欠いていた。
ルシフェルは鎌を肩へ担ぎ直す。
「貴様は血を支配しているつもりでいたようだが、その程度では世界は従わん」
静かな声音だった。
しかし、その一言には揺るぎない確信があった。
「支配とは力ではない。格だ」
次の瞬間、ルシフェルの姿が再び掻き消える。クリムゾンは反射で剣を構えたが、すでに遅い。漆黒の刃は真上から振り下ろされ、王は咄嗟に剣を交差させて受け止める。
激突。
衝撃だけで床が陥没し、王城全体が大きく沈んだ。二人の足元を中心に蜘蛛の巣状の亀裂が一気に広がり、玉座そのものが轟音と共に崩れ落ちる。
「……っ!」
クリムゾンの膝が、初めて石床へ触れた。
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