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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第四章 革命編

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死にゆく呪

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。

 

 コマは白亜の塔の頂へ飛び乗ると、大きく息を吸い込んだ。青い瞳が王都の隅々まで駆け巡る。燃え盛る街、逃げ惑う人々、悪魔へ立ち向かう革命軍。そのすべてを映し終えると、小さく頷いた。


「みんな、コマが絶対守るの!」


 眩い神気が小さな身体から溢れ出す。白い光は夜空へ舞い上がり、無数の光粒となって王都中へ降り注いだ。悪魔の爪が子どもへ振り下ろされる寸前、その身体は柔らかな結界へ包まれる。崩れ落ちる瓦礫の下敷きになりかけた老人も、逃げ遅れた親子も、一人ひとりへ白い加護が宿り、迫る災厄を静かに退けていく。


 神気はなおも王都へ流れ続ける。


 やがてコマの鼻先から、ぽたりと赤い雫が石畳へ落ちた。


 限界を超える力を使っている証だった。


 それでもコマは拭こうとしない。鼻血を流したまま真っ直ぐ前を見据え、小さな身体で王都を守り続ける。その青い瞳だけは炎のように輝き、決して揺らぐことはなかった。


「王都中の人間一人ひとりへ加護を施すとは……見事だ。さすが神獣と言うべきか」

「みんなはコマが守るの! ツバキは安心して戦うの!」


 その声に呼応するように、一筋の白い光が玉座の間へ舞い降りた。


 光は椿を優しく包み込み、身に纏っていた赤い着物が淡く輝き始める。袖が風へ溶けるように揺らぎ、紅は純白へ染まり、やがて赤と白を基調とした巫女装束へ姿を変えた。胸元を彩る緋色の紐、風になびく長い袖。神獣の加護を宿した戦装束が、静かに椿へ力を与える。


「……ありがとう、コマ」


 椿は小さく微笑むと、そっと月詠へ手を添えた。


「月詠」

「オイラニマカセロ!」


 銀の弓が柔らかな光へ溶けていく。輝きは椿の両手へ集まり、二振りの白銀の短刀へ姿を変えた。月光を映した刃が澄んだ音色を響かせる。椿は逆手に握り、ゆっくりと腰を落とした。


「弓を捨てるか」

「捨てるんやない。ここからは、この方が戦いやすいだけや」

「面白い。なら存分に見せてもらおう、女帝」「後悔しても知らんで」


 クリムゾンが剣を構える。


 濃密な魔力が玉座の間を満たし、床は低く唸るように震えた。壁には細かな亀裂が走り、転がる瓦礫までも軋み始める。椿は二振りの短刀を握り直し、静かに呼吸を整えた。


 もう迷いはない。


 守るべきものも、倒すべき相手も、すべて目の前にある。


「来い、女帝」


 その言葉を合図に二人が同時に地を蹴った。赤と銀の軌跡が一直線に交差し、剣と短刀が激しくぶつかり合う。轟音が玉座の間を揺らし、王と女帝による最後の決戦が幕を開けた。


 赤と銀の軌跡が幾度となく交錯する。


 剣と短刀がぶつかるたび甲高い金属音が玉座の間へ響き渡り、火花が夜空の星のように散った。クリムゾンの一撃は重く、一振りごとに石畳を砕くほどの威力を秘めている。対する椿は真正面から受け止めず、身体を滑らせるように捌き、二振りの短刀で斬撃を受け流していく。床を蹴るたび巫女装束の袖が大きく翻り、その姿は舞うようでありながら、一歩間違えれば命を落とす死線の上にあった。


 互いに一歩も譲らない。


 クリムゾンが横薙ぎに剣を払う。椿は身を沈めて紙一重でかわすと、そのまま懐へ潜り込み、右の短刀を脇腹へ走らせた。しかし刃は寸前で赤い剣に弾かれる。返す左の短刀も受け止められ、至近距離で視線がぶつかった。


「速いな」

「あんたこそ」


 二人は同時に距離を取ることなく踏み込む。


 剣が振り下ろされる。椿は交差させた短刀で受け止めるが、凄まじい衝撃が腕を痺れさせた。石畳が砕け、足元が沈む。それでも踏み込む力は緩めない。受け流した勢いを利用して身体を半回転させると、今度は連続で短刀を繰り出した。首、胸、脇腹、足元。死角を縫うような斬撃が雨のように降り注ぐ。


 クリムゾンは笑っていた。


 剣一本で全てを弾き、時に拳を交え、最小限の動きだけで椿の猛攻を凌いでいく。火花は絶え間なく散り続け、玉座の間は轟音に包まれた。


「その程度か、女帝」

「まだ始まったばっかりや」


 椿は床を蹴り上げる。


 砕けた石片が宙へ舞い、視界を塞ぐ。その陰へ紛れ、一瞬でクリムゾンの背後へ回り込んだ。振り返るより早く短刀が閃く。しかし王は振り向きもせず剣を背中へ回した。


 甲高い衝突音。


 刃と刃が噛み合い、互いの力が真正面からぶつかり合う。


 衝撃波が玉座を砕き、柱へ無数の亀裂を走らせた。


 椿は力比べを避け、すぐさま距離を外す。


 クリムゾンも追撃を選ばない。


 ほんの数歩だけ離れた場所で向き合う二人の間へ、ゆっくりと瓦礫が降り積もる。

 互いに無傷ではない。それでも、その闘気は戦いが始まった時よりなお鋭さを増していた。まるで相手と刃を交えるほど、その実力を認め合っているかのようだった。


 静寂は、瞬きほどしか続かなかった。


 二つの影が同時に駆ける。赤と銀が幾重にも絡み合い、玉座の間を無数の閃光が走り抜けた。喉元を狙う短刀を赤い剣が受け流し、王の一閃を椿は紙一重で身を沈めてかわす。刃は幾度となく交差し、そのたび甲高い金属音が空間を震わせた。舞い上がった瓦礫さえ衝撃に巻き込まれ、細かな砂塵となって宙を漂う。


 椿は相手の剣筋を見切る。


 右の短刀で刃を外側へ流し、その勢いのまま身体を滑り込ませた。死角から左の短刀が閃く。


 クリムゾンは最小限の動きで身を捻る。


 致命傷は避けた。


 それでも白い頬へ細い裂傷が刻まれ、赤い雫が静かに滴り落ちる。


「……なるほど」

「ようやく届いたな」


 椿は距離を取り、短刀を静かに構え直した。


 クリムゾンは頬を指でなぞる。血を確かめるように眺めた後、愉快そうに口角を吊り上げた。


「余へ刃を届かせた者は久しい」

「まだ掠っただけや。次はもっと深ういくで」


 その言葉に王は低く笑う。


 余裕は崩れていない。


 しかし、その瞳から獲物を弄ぶ色は消えていた。


 今そこにあるのは、自らと並び立つ強者へ向ける純粋な闘志だった。


「良い」


 クリムゾンは静かに剣を構え直す。


「余をここまで昂らせた褒美だ。本気で相手をしてやろう」


 空気が一変する。


 濃密な魔力が玉座の間を満たし、重圧だけで周囲の空気が唸りを上げた。壁面には細かな亀裂が走り、柱を覆う装飾が音を立てて崩れ落ちる。椿の巫女装束も荒れ狂う魔力に大きく翻り、その長い黒髪が鋭く揺れた。


「望むところや」


 椿は静かに笑う。


 恐怖はない。


 胸を満たすのは、必ず勝つという揺るぎない覚悟だけだった。


 次の瞬間、クリムゾンの姿が掻き消える。


 椿は考えるより先に二振りの短刀を交差させた。


 轟音。


 凄まじい一撃が腕を痺れさせ、そのまま身体を大きく押し流す。着地と同時に身を翻すと、間髪入れず赤い剣閃が眼前へ迫った。


 椿は身を沈める。


 鼻先を掠める刃をかわし、そのまま懐へ潜り込む。右、左、右。呼吸と一体になった三連撃がクリムゾンを襲う。しかし王もまた一歩も退かず、剣一本で正確に受け切る。


 互いに譲らない。


 攻めては防ぎ、防いでは斬り返す。


 距離は常に腕一本。


 刃と刃が激しく噛み合い、王と女帝は一歩も退くことなく、至近距離の死闘を繰り広げた。


 クリムゾンは剣をゆっくりと下げると、左の掌を刃へ滑らせた。白い肌が静かに裂け、滴り落ちた鮮血は床へ届くことなく空中で止まる。血は生き物のように蠢きながら幾筋もの糸へ分かれ、やがて無数の刃へ姿を変えた。赤黒い切っ先が椿を囲み、逃げ場を一つずつ塞いでいく。


「ここからが本番だ」

「望むところや」


 二人が同時に動く。


 椿は真正面から駆け抜けた。右の短刀で血刃を払い、左で斬り裂き、そのままクリムゾンとの距離を一気に詰める。しかし断ち切られた血は空中で再び形を成し、背後から牙を剥いた。肩を掠め、腕を裂き、脚を狙う。椿は身を翻して避け続けるが、避け切れなかった一筋が肩口を浅く切り裂いた。


「……っ!」


 熱い。


 焼けつくような痛みが傷口から全身へ駆け巡る。ただ切られただけではない。血管の奥を何かが這い回るような不快感が腕を伝い、指先から力を奪っていく。それでも椿は歯を食いしばり、短刀を握り直した。


「まだ終わりやない」

「強がるな」


 クリムゾンが指先を軽く動かす。


 赤い刃が一斉に軌道を変えた。


 横から一閃。


 身を沈めてかわす。


 直後に足元から二本。


 跳躍して避けた先へさらに三本。


 椿は空中で身体を捻り二本を弾く。しかし残る一本が脇腹を裂き、着地した瞬間には太腿へもう一筋の赤い線が刻まれた。白い巫女装束へ鮮やかな紅が滲み、床へ血が滴り落ちる。


 呼吸が乱れる。


 胸が締め付けられるように苦しい。


 視界の端が少しずつ滲み始め、それでも椿は前へ踏み込んだ。


「はぁぁぁっ!」


 二振りの短刀が十字を描く。


 クリムゾンは剣一本で受け止め、そのまま椿を押し返した。体勢が崩れた一瞬を逃さず、再び無数の血刃が四方から襲い掛かる。肩、背中、腕、脚。小さな傷が一つ、また一つと増えるたび、身体の内側を侵す違和感は濃くなっていった。


「まだ立つか」

「……当たり前や」


 椿は笑おうとした。


 しかし唇は震え、呼吸は浅い。


 腕は鉛のように重く、短刀を構えるだけで全身が軋む。耳鳴りが激しくなり、遠くで誰かが叫んでいるような音だけが微かに聞こえた。視界は揺れ、クリムゾンの姿だけが霞の向こうでぼんやりと浮かんでいる。


 クリムゾンはゆっくりと歩み寄る。


 急ぐ必要などない。


 勝利を確信した王の足取りには、微塵の迷いもなかった。


「身体が辛いだろう」

「……何をした」


 椿は震える腕で短刀を構える。


 その切っ先はもう定まらない。


 クリムゾンは愉快そうに目を細め、静かに笑った。


「余の血魔法には呪が込められている。傷を負うたび呪は深く染み込み、肉体も魔力も、やがて命までも蝕んでいく」

「……呪い」

「余が死なぬ限り、その呪が解けることはない」


 椿は前へ出ようとした。


 一歩。


 足が上がらない。


 もう一歩。


 膝から力が抜ける。


 短刀が指先を離れ、乾いた音を立てて床を転がった。視界はゆっくりと暗闇へ沈み、意識もまた深い底へ引き込まれていく。それでも最後までクリムゾンを睨み続けようとした瞳は、静かに閉じられた。


 椿の身体が力なく石畳へ崩れ落ちる。


「ツバキィィィィーーッ!!」


 白亜の塔から響いたコマの叫びが、燃え盛る王都の夜空へ悲しくこだました。

新連載!【獄門道中閻魔大王への道】を始めました!

ギャグ×和風ファンタジーです!よければそちらもご覧ください!


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