開戦
どうもはじめまして春と桜です。
初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。
クリムゾンはゆっくりと玉座から立ち上がる。赤い外套が絨毯を滑り、一段、また一段と階段を降りていく。その足音だけが静まり返った玉座の間へ重く響いた。革命軍を一人ずつ見渡し、最後に椿へ視線を止める。その赤い瞳には怒りも焦りもない。ただ絶対の自信だけが宿っていた。
「見事だ。余の前まで辿り着いたことには敬意を払おう。だが、そこまでだ。王へ剣を向けた時点で貴様らの結末は決まっている。この玉座へ届いた程度で、国を覆したつもりか」
静かな声だった。それなのに広間の隅々まで染み渡り、誰一人として口を開けない。怒鳴る必要などない。その一言一言に、この男が積み上げてきた支配の歳月が滲んでいた。クリムゾンにとって王とは地位ではない。そこに立つ自分こそが国家であり、秩序そのものだった。
椿はコマをそっと隣へ下ろし、ゆっくりとクリムゾンを見つめた。その瞳は穏やかなまま揺らがない。玉座の間を包む静寂の中、小さく息を吸い、静かに口を開く。
「……悲しいお人やね。誰も信じられへんかったから、恐れで国を治めるしかあらへんかったんやろね。せやけど、うちはそないな国、国やとは思えしまへん。うちらは、この革命でようけ見てきました。鎖に繋がれた獣人さんも、居場所を奪われた亜人さんも、人の都合で傷つけられる幻獣さんや聖獣さんも。そして、苦しみながら生きる人たちも」
コマは椿の袖をぎゅっと握る。ジャックたちも黙って二人を見つめていた。玉座の間には椿の穏やかな声だけが静かに響いている。
「命は命どす。人も、獣人さんも、亜人さんも、幻獣さんも、聖獣さんも。誰一人、あんたの道具なんかやあらしまへん。……せやから、うちらはここまで来ました。この国を、みんなが笑うて生きられる国に変えるために」
クリムゾンは椿を見つめたまま、小さく笑った。その笑みには怒りも焦りもない。静かに視線を外すと、革命軍の最後尾へ立つ一人の男へ赤い瞳を向ける。玉座の間へ重苦しい静寂が落ち、誰も口を開かなかった。
「……なるほど。だから貴様は、ここまで来られたのだろう。弱き者へ手を差し伸べ、人のために剣を振るう。その甘さが民を惹きつけた。実に見事だ。だが、その隣に立つ男だけは違う」
クリムゾンはゆっくりと口角を上げる。その視線を受けたジャックは微動だにしない。ただ真っ直ぐ王を睨み返していた。革命軍の誰もが二人を見比べ、張り詰めた空気の中で次の言葉を待つ。
「なぁ、愚息」
その一言だった。
ジャンクの目が大きく見開かれる。セデスも僅かに眉を動かし、革命軍の視線が一斉にジャックへ集まった。当の本人だけは何も答えない。その沈黙が、何より雄弁だった。
「余の血を引いてなお、その程度か。王の器も持たず、己一人では何一つ成し遂げられぬ。革命ですら他人の力を借りねば起こせず、今もその女の背に隠れている。貴様は生まれた時から変わらぬな。余を越えることもできず、王にもなれず、ただ敗者として余の前へ戻って来た」
玉座の間は水を打ったように静まり返る。誰もその事実を知らなかった。革命軍の総長ジャックが、この国を支配する王クリムゾンの実の息子だったなどと、想像した者は一人もいなかった。
「俺はずっと、お前に認めてもらいたかった。強くなれば見てもらえる。役に立てば笑ってもらえる。……そう信じていた。だが、お前は俺を捨てた」
ジャックの声はどこまでも静かだった。恨みをぶつける響きはない。ただ、長い歳月を胸にしまい続けてきた事実を、一つひとつ確かめるように口にしていた。革命軍の誰も言葉を挟まない。玉座の間には、ジャックの声だけが静かに響いている。
「……だから、ありがとう。お前に捨てられたから、俺は仲間に出会えた。お前に認められなかったから、人の痛みを知れた」
そう言うと、ジャックは腰の剣へ静かに手を添えた。ゆっくりと鞘から引き抜かれた刃が、玉座の間の光を受けて鈍く輝く。
クリムゾンは黙ってそれを見つめている。その赤い瞳から、一瞬たりとも視線を逸らさない。
「……だから今日、この革命を率いる者としてお前へ剣を向ける」
クリムゾンは向けられた剣を見つめ、ふっと笑みを零す。その表情に怒りはない。むしろ、どこか愉快そうですらあった。
王はゆっくりと両腕を広げる。その仕草は全てを見下ろす王の余裕そのものだった。赤い瞳がジャックを捉え、やがて革命軍全員へ静かに向けられる。
「ならば見せてみよ。余を討ち、この国を変えるだけの力が貴様らにあるというのなら」
クリムゾンはゆっくりと口角を上げた。
「来い」
その一言が合図だった。
ジャックは石畳を蹴る。迷いのない一歩が一気に間合いを詰め、銀の剣が一直線にクリムゾンの喉元へ走る。速い。革命軍の誰もが見慣れた総長の剣だった。しかし、クリムゾンは微動だにしない。
刃が届く、その刹那。
甲高い金属音が玉座の間へ響き渡る。
クリムゾンが腰の剣を抜いたのは、その瞬間だった。誰の目にも映らぬほどの居合。その一閃だけでジャックの剣は弾かれ、火花が赤い絨毯へ散る。
ジャックは勢いを殺さぬまま身を捻り、すぐさま二撃目を放つ。袈裟斬り、返す刃、下段からの斬り上げ。流れるような三連撃。しかしクリムゾンは半歩も退かない。最小限の剣筋だけで全てを受け流し、乾いた剣戟だけが広間へ何度も響いた。
「……速い」
椿は小さく息を呑んだ。ジャックの剣は止まらない。喉元を狙う突き、返す刃、足を払う薙ぎ払い。一撃必殺の斬撃が嵐のように降り注ぐ。だが、クリムゾンは動かない。腰から抜いた剣だけで全てを受け流していく。甲高い剣戟が何度も玉座の間へ響き、火花が赤い絨毯へ散った。
「……その程度か」
クリムゾンは淡々と呟く。
その足は、一歩たりとも動いていなかった。
ジャックは間合いを切らない。踏み込み、斬り込み、途切れることなく剣を繋ぐ。鋭い連撃が幾重にもクリムゾンへ襲いかかり、玉座の間へ絶え間なく剣戟が響いた。火花が散り、刃と刃がぶつかるたび衝撃が広がる。それでも王は、その場から動かない。
「剣は悪くない。鍛錬も積んだのだろう。凡百の兵なら敵ではあるまい」
クリムゾンは受け流しながら静かに告げる。その声音には嘲りすらない。ただ事実を述べるような冷たさだけがあった。
「だが、足りぬ」
その瞬間だった。
クリムゾンの剣が初めて攻勢へ転じる。
目で追えないほど鋭い一閃。
ジャックは咄嗟に剣を差し込み受け止める。しかし衝撃は受け切れなかった。全身へ凄まじい力が叩き込まれ、身体が宙へ浮き、そのまま何度も石畳を跳ね、剣を突き立ててようやく勢いを殺した。口元から血が伝う。それでも視線だけはクリムゾンから逸らさなかった。
「……まだだ」
再び踏み込もうとした、その時だった。
「一人で終わらせる気か」
低く落ち着いた声が響く。
セデスが大剣を肩から下ろし、ジャックの前へ並ぶ。その背後へモーリス、ルイ、ジョゼフ、ジグー、デルベも無言のまま武器を構えた。
「革命は七人で始めた」
モーリスが静かに言う。
「最後まで七人だ」
ジョゼフが肩を鳴らし、口元を吊り上げる。
「勝手に格好つけんなよ」
ジャックは小さく息を吐き、口元を緩めた。
「……悪い」
その様子を見ていたジャンクは静かに踵を返す。
椿が横目で見つめると、ジャンクは一度だけ頷いた。
「外は任せろ」
それだけ告げると、玉座の間を駆け抜けた。結界が消えた以上、外の戦況は一刻を争う。ジャンクの姿は瞬く間に廊下の奥へ消えていった。
クリムゾンは革命軍をゆっくりと見渡した。
「……ほう」
クリムゾンの視線が初めてセデスで止まる。
セデスは何も答えない。ただ静かに大剣を構える。その足元から白い霜が石畳を覆い始めた。
次の瞬間。
革命軍が一斉に地を蹴った。
新連載!【獄門道中閻魔大王への道】を始めました!
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