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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第四章 革命編

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入城

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。

「ならば試してやろう」


 玉座の間へ乾いた靴音だけが響いた。赤い外套が床をなぞり、窓辺へ歩み寄る。その瞳はなお鐘楼を見据えている。


「革命軍側へ食料、水、薬草、一切運ぶことを禁ずる。市場は閉鎖しろ。倉庫は兵で封鎖せよ。境を越えようとする荷馬車は全て差し押さえ、従わぬ者は反逆者として処刑しろ」


「御意!」


 近衛兵たちは一斉に玉座の間を飛び出した。


 命令は瞬く間に城内を駆け巡る。市場、倉庫、井戸。兵士たちは王都中の物資を封鎖するため散っていった。王は民の命ではなく、生きる術そのものを奪おうとしていた。

 クリムゾンは窓へ手を添え、笑う。


「その言葉の重さを教えてやろう」


 ほどなくしてジャンクが鐘楼へ戻る。


「報告!王城が動いた。市場も倉庫も押さえ始めた。兵糧攻めにするつもりらしい」


 報告を聞いても幹部たちは動じなかった。

 王都を二つへ分けた時点で、その一手は誰もが予想していた。椿は頷き、穏やかに口を開く。


「せやけど、その心配はいりまへん。時計台の西側にある大きな商会の食糧庫も、境の内側へ入れてあります」


 ジャンクが目を見開く。


「……そこまで読んでたのか」

「食べるもんだけは絶対に残しとかんと」


 一人の商人が人垣を抜けて進み出た。


「失礼いたします。西区で商会を営んでおります。食糧庫は私どものものです」


 商人は深く頭を下げる。


「どうか、お使いください」


 広場が静まり返る。


「今日まで見て見ぬふりをしてきました。ですが皆さんを見て決心がつきました。あの食料は、人を生かすために使ってください」


 椿は商人へ歩み寄り、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます。必ず皆さんのお気持ちに応えます」


 商人は部下へ指示を飛ばし、荷車が次々と運び込まれる。穀物、干し肉、保存野菜、水瓶。兵糧としては十分すぎる量だった。食料庫の鍵を受け取ったジャックも静かに一礼し、商人は何も言わず人混みの中へ戻っていく。


「ジャック」

「なんだ」

「避難が終わるまでに役割だけ決めときましょ」

「ああ」


 幹部たちは自然と輪になり、椿はコモンへ向き直る。


「コモン」

「はい」

「悪いんやけど、ここお願い。境の維持も、避難して来はる皆さんのことも、怪我した人も全部任せるわ」


 コモンはしばらく黙り込み、肩を落とした。


「胃薬だけ……お願いできますか……」


 泣きそうな声にジャンクが吹き出し、セデスも小さく笑う。

「約束ですよ……?」

「約束や」


 コモンは杖を握り直し、大きく頷いた。


「ここは私が責任を持って守ります」


「セデスは一緒に来てもらえたら嬉しいんやけど」

「ああ、最初からそのつもりだ」


 役目は決まった。あとは避難が終わるのを待つだけだった。やがて鐘楼へ兵が駆け上がる。


「コモン様! 最後の避難、完了しました!」


 コモンは安堵したように頷き、椿たちへ向き直る。


「皆さん。こちらはもう大丈夫です」


 椿は笑みを浮かべる。


「ほな、ここ頼むね」

「お任せください」

「胃薬、帰ったらちゃんと渡すさかい」

「……絶対ですからね!!」


 憂いは消えて舞台は整った。


「……行こうか」


 ジャックが静かに剣を抜く。

 革命軍は鐘楼を降り、王城への道を歩き始めた。

 王城への大通りは静まり返っていた。境の向こうでは精霊たちの淡い光がなお揺らめき、人々は固唾を呑んでその背中を見送っている。誰も呼び止めない。誰も泣き叫ばない。ただ革命軍の足音だけが石畳へ静かに響いていた。


 やがて王城正門が姿を現す。


 巨大な鉄門は固く閉ざされ、その前には幾重にも兵士たちが隊列を組んでいた。盾兵が前列を固め、その後方には槍兵と魔導士が並ぶ。正門前は、もはや一つの要塞と化している。


「止まれ! これより先は王命により立ち入りを禁ずる! 一歩でも踏み込めば反逆者として討つ!」


 兵士たちが一斉に武器を構える。

 張り詰めた空気の中、椿は歩みを止めることなく静かに口を開いた。


「セデスさん、派手に踊ってええよ」


 セデスは静かに一歩前へ出ると、背負っていた大剣をゆっくり握り直した。その姿を見た兵士たちの間へ緊張が走る。誰もが本能で理解した。目の前に立つ男は、格が違うと。


「総員、迎え撃て!」


 怒号と共に兵士たちが雪崩のように押し寄せる。


 だが、セデスは動じない。


 大剣を一閃すると、轟音と共に前列の盾兵が盾ごと吹き飛び、衝撃は後方の兵まで巻き込みながら一直線に広がった。崩れた隊列へ槍兵が飛び込むが、振り下ろされた二撃目が石畳ごと敵陣を叩き割る。


 兵士たちは次々と弾き飛ばされ、誰一人セデスの足を止められない。


 その背中を追うようにジャックたちも静かに歩みを進める。道は無理やり切り開いたのではない。ただ一人の戦士が前へ進んだだけで、兵士たちは左右へ退かざるを得ない。


 重厚な鉄門は、もう目の前だった。王城正門を守っていた部隊は壊滅していた。静寂の中へ響くのは荒い息遣いだけ。折れた槍や砕けた盾が石畳へ散らばり、戦いの激しさを物語っている。それでも命を落とした兵は一人もいない。セデスは大剣を肩へ担ぎ直すと、倒れた兵士たちを一瞥した。


「心配するな。峰打ちだ」


 低い声だけを残し、巨大な鉄門の前へ歩み寄る。


「開くぞ」


 短く告げ、大剣を振り下ろした。


 重い一撃が鉄門へ叩き込まれる。轟音が王城全体を揺るがし、蝶番は耐え切れず砕け散った。巨大な鉄門は土煙を巻き上げながら内側へ倒れ込み、王城への道が大きく開かれる。


 革命軍は崩れた門を越え、中庭へ足を踏み入れた。手入れの行き届いた庭園は異様なほど静まり返り、噴水だけが水音を響かせている。待ち構えているはずの近衛兵は一人もいない。その静けさが、かえって不気味だった。


 革命軍は足を止めることなく玉座の間への大階段を上がる。重厚な扉は、まるで最初から迎え入れるつもりだったかのように開かれていた。

 赤い絨毯の先、黄金の玉座へ悠然と腰掛ける男が一人。クリムゾンは頬杖をつき、革命軍を静かに見下ろしている。その表情に焦りはなく、侵入者を迎える王というより、招いた客を待つ主人のような余裕だけがあった。


「……ようやく来たか」


 低い声が玉座の間へ響く。


 その傍らへ白い影が音もなく降り立った。雪のような毛並み。首へ巻かれた赤いしめ縄。神々しい霊気を纏う一匹の神獣だった。


 椿の瞳が大きく揺れる。


「……コマ」


 コマは椿を見つめたまま、ゆっくりと階段を下りてくる。青い瞳だけが何も映していないように虚ろだった。玉座の間へ足音だけが響き、革命軍は誰一人として動かない。椿もまた、黙ってコマだけを見つめ続けていた。


「神獣よ。……殺せ」


 クリムゾンの低い声が玉座の間へ響く。


 コマは何も応えない。


 命令に従うように一歩、また一歩と椿へ近づいていく。その姿を見てジャックは静かに剣へ手を掛け、ジャンクも短剣を抜きかける。セデスは椿を庇うように半歩前へ出たが、椿は小さく片手を上げて制した。


「待って」


 短い一言だった。


 張り詰めた空気が玉座の間を包む。誰も動かない。コマは勢いよく地を蹴り、真っ直ぐ椿へ飛びつく。


 眩い光が玉座の間いっぱいへ広がった。白銀の毛並みが光へ溶け、小さな身体がゆっくりと人の姿へ変わっていく。椿へ抱きついたまま現れたのは、銀色の髪を揺らす幼い少女だった。


「ツバキー!! コマ頑張ったの!! ずっと我慢してたの!! ちゃんと騙せたの!! お城にいた獣人さんたちにも声かけて、みーんな逃がしたの!! 任務、完了したの!!」


 玉座の間が静まり返る。


 椿が抱きついたままのコマの頭をそっと撫でると、コマは気持ちよさそうに目を細め、尻尾を元気よく振った。


「よう頑張ったね、コマ」

「えへへ!」


 得意そうに胸を張るコマとは対照的に、クリムゾンの笑みは静かに消えていく。赤い瞳が鋭く細められ、肘掛けへ置いた指先がわずかに軋んだ。

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