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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第四章 革命編

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正義の境界線

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。


 重く低い鐘の音が、王都中へ響き渡る。

 それは警鐘だった。


 兵士たちは一斉に武器を構え、広場を包囲するように隊列を組み始める。民衆は道の端へ身を寄せ、不安げな表情で時計台を見上げている。冷たい夜風だけが街を吹き抜け、先ほど舞い上がった白い花弁を静かに運んでいた。


「総長! 囲まれます!」

「望むところだ」

「ジャック」

「どうした、ツバキ」

「少しだけ場所借りてもええ?」

「……好きにやれ」


 椿は静かに歩み出る。


 鐘楼の縁へ立つと、月詠をゆっくりと掲げた。白銀の霊弓は再び主人へ応えるように淡く輝き始め、その光へ呼応するように街全体の空気が静まり返る。誰も言葉を発しない。ただ、一人の女だけを見つめていた。


 椿はそっと目を閉じる。


「かしこみ、かしこみ、申し上げます。天地を巡る精霊さん方、どうかこの声をお聞き届けください。穢れを祓い、災いを清め、この地に生きる命へ加護を。どうか私に、皆さんのお力をお貸しください。祓いたまえ。清めたまえ。守りたまえ」


 祝詞が終わった瞬間、街路樹が一斉に枝葉を揺らし、噴水の水面が静かに波紋を広げた。石畳の隙間から柔らかな光が滲み出し、王都のあらゆる場所で小さな光が生まれていく。それは人の魔力ではない。この土地へ宿り続けてきた精霊たちだった。


 光は夜空へ舞い上がり、一本、また一本と月詠へ集う。


 椿は静かに弓を引いた。

 番えられた矢は黄金の輝きを帯び、その神々しい光が夜空を照らし出す。


「ここより先は、人を護るための境や」


 王城へ一瞬だけ横目を送り、椿は迷いなく弦を放った。


 轟音が天地を揺らす。


 神矢は流星のように王都を駆け抜け、その軌跡が眩い光となって石畳へ刻まれる。一本の光は真っ直ぐ伸び、王城側と城門側、二つを分かつ巨大な境界へ姿を変えた。淡い光の帯は空高く立ち昇り、その周囲を無数の精霊が楽しげに飛び交っている。


 誰も動けなかった。ただ突然現れた神秘を見つめるしかない。王が築いた結界とは違う。そこには威圧ではなく、優しさと厳かさだけが満ちていた。


「この境は、人の心を映します。誰かを守りたい人、生きたいと願う人、未来を信じる人。その人らを精霊さん方は受け入れはります」


 一呼吸置き、椿は穏やかに続ける。


「せやけど、悪意を持って人を傷付けようとする者だけは、この境を越えられまへん」


 その言葉をかき消すように、一人の兵士が怒鳴った。


「ふざけるな! 突撃しろ!」


 十数人の兵士が一斉に駆け出した。


 剣を振り上げ、光の境界へ飛び込む。その瞬間、境界を漂っていた精霊たちが兵士の周囲へ集まり、柔らかな光が身体を包み込んだ。


 次の瞬間、兵士たちの姿が掻き消える。


 悲鳴も衝撃もない。ただ一瞬の光だけを残し、彼らは境界の向こう、王城側へ戻されていた。


「なっ……!?」

「何が起きた!?」

「通れないぞ!」


 兵士たちは何度も駆ける。


 だが境界へ触れるたび、精霊たちは穏やかに彼らを包み込み、何事もなかったように元いた場所へ送り返してしまう。刃は届かず、怒号だけが虚しく夜へ消えていった。


 広場を埋める民衆がざわめく。


 誰もが目の前で起きた出来事を理解できず、ただ境界を見つめている。そこには怒りも殺気もない。ただ命を守るという祈りだけが静かに息づいていた。


「この境は、人を裁くためのもんやあらへん。命を護るための境です。精霊さん方は、人の心を見て道を分けはります」


 広場の端で、小さな少女が母親の袖を引いた。


「お母さん……」


 母親は娘の顔を見つめる。


 震える手でその小さな手を握り返し、ゆっくりと境界へ歩き始めた。王都中の視線が二人へ集まる。誰一人、息をすることさえ忘れていた。


 二人が光へ足を踏み入れる。


 精霊たちは穏やかに二人を迎え入れ、柔らかな光が母娘を包み込んだ。

 そのまま二人は境界を越え、革命軍側へ静かに立った。


 少女は何が起きたのか分からないまま母親を見上げる。母親は娘を強く抱き締め、その場へ崩れ落ちた。


「……通れた」

「あの親子は無事だ……」

「精霊が受け入れたんだ……」


 ざわめきが王都中へ広がっていく。

 兵士は拒まれたのに母娘は受け入れられたその違いを、誰の目にも否定できなかった。


 椿は母娘へ優しく頷き返すと、革命軍側へ残る人々をゆっくりと見渡した。


「革命軍側へ来はった皆さんは、私ら革命軍が責任を持って守ります」


 一瞬だけ王城へ視線を流し、再び民へ向き直る。


「もう誰にも皆さんの命を好き勝手させへん。皆さんが生きる場所は、皆さん自身で選んでください。その選んだ命は、私らが最後まで守り抜きます」


誰も声を上げられなかった。ただ境界の向こうへ立つ母娘と、鐘楼に立つ椿を交互に見つめている。今まで信じていた常識が音を立てて崩れていくようだった。王の命令ではない。脅しでもない。ただ、自分の意思で未来を選べと言われた。その言葉は、長く鎖に繋がれていた人々の胸へ静かに染み込んでいく。


 一人の老人が震える足で前へ出た。


「……わしは、向こうへ行く」


 誰に言うでもなく呟き、光の境界へ歩いていく。その後ろ姿を誰も止めなかった。老人はゆっくりと一線を越える。柔らかな光が身体を包み、何事もなく革命軍側へ辿り着いた。


 続いて若い夫婦が顔を見合わせる。父親は幼い息子を抱き上げ、母親はその手を握った。


「……行こう」

「ああ」


 三人は境界を越える。精霊たちは祝福するように周囲を舞い、家族は静かに革命軍側へ迎え入れられた。それが始まりだった。

 杖を突いた老人が歩き、親が子どもの手を引き、若者が歯を食いしばりながら前へ出る。ただ、自分で選び、自分の足で歩き始めた。


 兵士たちは、その光景を呆然と見つめていた。


「隊長……止めますか」

「……」


 隊長は答えられない。


 止めようにも境界は越えられない。無理に剣を向ければ、自分たちは送り返されるだけだ。それ以前に、剣を向ける相手は武器を持たない老人や子どもたちだった。


「どうするんですか」

「……命令がない」


 兵士の声には迷いが滲んでいた。


 その迷いは一人だけではない。隊列のあちこちで視線が揺れ、剣先が少しずつ下がっていく。革命軍へ向けていた敵意ではない。初めて、自分たちが守ってきたものは本当に正しかったのかと問い始めていた。


 鐘楼の上で、ジャックは静かにその光景を見下ろしていた。


「……ツバキ、ありがとう」


 椿は小さく首を振る。


「まだ何も終わってへんよ」

その瞳だけは真っ直ぐ王城を捉えている。


 王都の半分近くでは、人々が光の境界を前に立ち止まり、それぞれの答えを探していた。


 そして王城最上階。

 高い窓辺から、その全てを見下ろしていた男がいた。


 クリムゾンは何も言わない。

 ただ赤い瞳だけが、鐘楼へ立つ椿を静かに映していた。

 やがて、その口元がゆっくりと吊り上がる。


「……面白い」

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