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暁の女帝〜狛犬と異世界革命〜  作者: 春と桜
第四章 革命編

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恐怖政治

どうもはじめまして春と桜です。

初めての作品なのであたかかく見守って頂けたらなと思っています。よろしくお願いします。


「セデス!」

「ああ」


 地下牢へ警鐘が響き渡る。階段を駆け下りてくる兵士の足音は一つや二つではない。怒号が石壁へ反響し、無数の松明が闇を照らし始める。狭い通路は逃げ場など無かった。だがセデスは一歩も引かない。静かに前へ出ると、深く息を吐いた。


 次の瞬間、その姿が消えた。


 踏み込みは一歩。拳が鳩尾へ沈み、兵士が宙に浮く。その勢いを利用するように身体を回転させ、肘が顎を砕き、返す手刀が首筋を正確に打ち抜いた。さらに横へ踏み込み、迫ってきた兵士の槍を紙一重でかわす。そのまま手首を掴んで引き寄せ、肩越しに投げ飛ばした。狭い通路では倒れた兵士が壁となり、後続は身動きすら取れなくなる。


「な、何だこいつは!」

「囲め! 一斉に掛かれ!」


 兵士たちが雪崩れ込む。


 だが人数は武器にならなかった。通路が狭すぎる。前へ出られるのは二人ずつ。その二人が瞬きをする間に崩れ落ちる。剣すら抜かない。最小限の動きだけで急所を打ち抜き、意識だけを刈り取っていく。


「コモン!」

「任せてください!」


 杖が静かに輝いた。


 地下通路へ青白い霧が流れ込む。それは煙ではなく魔力だった。兵士たちの視界は白く霞み、壁も階段も味方の姿すら見えなくなる。右から足音が聞こえたと思えば左から悲鳴が響き、目の前にいた仲間が突然消える。幻惑、防音、気配遮断。エルフの里長だけに受け継がれる秘術が一瞬で王都の精鋭たちを混乱へ叩き落とした。


「敵はどこだ!」

「分からん! 後ろだ!」

「違う、前だ!」


 兵士たちは互いへ剣を向け始める。


 誰が敵で誰が味方か、その区別すら失われていた。コモンは額へ汗を浮かべながらも魔法を維持し続ける。百人以上を逃がしながら王都中の兵を欺くなど、本来なら不可能に近い。それでも杖を握る手は震えなかった。エルフの里長として守り続けてきた誇りが、その小さな身体を支えていた。


「立てる人から前へ。怪我した人は支え合うて。焦らんでええ、必ず全員連れて帰る」


 椿の一言で、人々は動き出した。


 誰も押し合わない。誰も置いていかない。貴族が老人へ肩を貸し、商人が子どもを抱き上げ、学者が負傷者を支える。処刑を待つだけだった人々が、今は互いを助けながら出口を目指していた。その光景を見たジャックは胸の奥が熱くなるのを感じる。革命とは剣で起こすものではない。人が人を信じた時に始まるものなのだと、初めて実感した。


「退路は確保しました!」

「行くぞ!」


 革命軍は一斉に地下牢を飛び出した。


 南区では陽動部隊がなおも兵士を引き付けている。鐘の音と怒号が王都中へ響き渡り、兵の大半はそちらへ向かっていた。コモンは最後の力を振り絞り、百人を超える足音を夜の闇へ溶かしていく。セデスは最後尾で追撃を防ぎ、一歩たりとも敵を通さない。そして誰一人欠けることなく、一団は王都外れの廃倉庫へ辿り着いた。


「全員いるか」

「怪我人はおりますが、死者はおりません」

「……そうか。よくやった」


 張り詰めていた空気が、ようやくほどけた。誰かがその場へ座り込み、誰かは安堵したように大きく息を吐く。牢から救い出された人々は互いの顔を見つめ、生きて外へ出られた事実をまだ信じ切れずにいた。泣き崩れる者、震える肩を抱き締める者、何度も空を見上げる者。昨夜まで処刑台しか未来になかった命が、今も確かに息をしていた。


 ジャックは静かにその光景を見渡す。

 胸の奥が焼けるように熱かった。


 十年以上戦い続けてきた。仲間を失い、拠点を焼かれ、何度も敗走し、それでも前へ進み続けた。革命軍が積み重ねてきた戦いの中で、これほど多くの命を一度に救えたことは一度もない。初めて、自分たちの戦いが誰かの未来へ繋がったと実感できた。


「革命軍……本当に来てくれたんだな」

「もう家族には会えないと思っておりました」

「命を救っていただいた。この御恩は決して忘れません」

「私も戦わせてください。このまま終わりたくはない」


 次々と頭が下がる。


 商人も学者も貴族も関係なかった。肩書きを失った今、この場にいる全員がただ一人の人間として感謝を伝えていた。ジャックは困ったように小さく笑い、ゆっくりと首を横へ振る。その顔には勝者の誇りではなく、仲間を迎え入れる安堵だけが浮かんでいた。


「礼はいらない。生きてくれ。それだけで十分だ。その命は、お前たち自身のために使え。」


 その一言で、堪えていた涙が溢れた。


 廃倉庫へすすり泣く声が静かに広がっていく。椿は少し離れた場所から、その様子を穏やかな目で見つめていた。人は命を救われただけでは動かない。その先に未来を見つけた時、初めて自分の足で立ち上がる。今ここにいる者たちの瞳から絶望は消え、新しい光が静かに灯り始めていた。


「よう頑張らはりましたな」


 椿が優しく微笑む。


 その一言だけで十分だった。誰も責めない。遅かったとも弱かったとも言わない。ただ生きていてよかったと受け入れてくれる。その温かさが、凍り付いていた心を少しずつ溶かしていく。


 やがて遠くで鐘が鳴った。


 夜明けを告げる鐘だった。


 東の空はゆっくりと白み始め、王都にも新しい朝が訪れようとしている。


 だが、その朝は希望だけを運んでは来ない。

 囚人が消えたことに気付けば、クリムゾンは必ず動く。


 昨日までとは比べものにならないほど苛烈な一手を。


 ジャックは夜明けの空を見上げ、静かに拳を握った。



 翌朝。


 王都中央広場には再び民衆が集められていた。


 昨日と違うのは、処刑台へ並ぶはずだった囚人が一人もいないことだった。兵士たちは顔を青くし、貴族たちは落ち着きを失い、民衆は何が起きたのか分からぬまま互いの顔を見合わせている。やがて赤い外套を翻したクリムゾンが静かに姿を現した。その足取りに焦りはなく、むしろ全てを見通しているかのような余裕さえ漂わせていた。


「昨夜、王都へ鼠が紛れ込んだ。地下牢を襲撃し、囚人どもを連れ去った。実に愚かな行いだ」


 怒鳴り声ではなかった。


 穏やかな声だった。


 それでも広場全体が凍り付く。王の瞳には怒りすら浮かんでいない。ただ冷たく澄み切った殺意だけが宿っていた。クリムゾンはゆっくりと片手を掲げ、その先に繋がれた白銀の神獣へ視線を向ける。


「神獣よ。我が命に従え」


 感情を失った神獣の身体から白銀の光が溢れ出す。


 光は天へ昇り、巨大な紋様となって王都全体を包み込んだ。透明な壁が街を覆い、空そのものが閉ざされていく。民衆は息を呑み、兵士たちでさえ畏怖に膝をついた。その神威は誰の目にも絶対だった。


「今日この時より王都は完全に封鎖する。外から侵入することはできん。内から逃げ出すこともできん。この街そのものが檻となる。鼠どもは、この王都で朽ち果てるしかない」


 誰も声を上げられない。


 逃げ道は消えた。


 王都そのものが巨大な牢獄へ変わったのだ。


「さらに命じる。鼠を捕らえた者には黄金千枚と終身の庇護を与える。命を奪う必要はない、生け捕りでよい。奴らへ手を貸した者は家族も含め裁く。居場所を密告した者には帝国幹部の座を与えよう」


 広場は静まり返る。


 その褒賞は兵士だけへ向けられたものではなかった。商人も職人も貴族も平民も、誰もが互いを疑うよう仕向けられている。王は革命軍ではなく、人の心を壊そうとしていた。


「まだ分かっておらぬ者がいるようだ」


 クリムゾンは処刑台を降りる。


 兵士たちが無言で道を開け、民衆は震えながら後ずさる。やがて最前列にいた一人の男の前で足を止めた。突然のことに男は膝から崩れ落ち、必死に命乞いを始める。


「お、お許しください……私は何もしておりません……」

「そうだろうな」


 クリムゾンは微笑んだ。


 その笑みはあまりにも穏やかだった。


 次の瞬間、剣が一閃する。


 男の首が石畳を転がり、鮮血が広場を赤く染めた。悲鳴があちこちで上がる中、クリムゾンは血の付いた剣を静かに振り払う。その表情は一切変わらない。


「今日から鼠が捕まるまで、毎日この広場で一人ずつ処刑する。貴族でも平民でも赤子でも関係ない。その日、私の目に留まった者が死ぬ。恨むなら私ではなく鼠どもを恨め」


 民衆は恐怖に震え、自分の順番が来ないことだけを祈り始めていた。


「覚えておけ。鼠を匿う者だけが罪人なのではない。鼠を見つけながら黙っている者も同罪だ。貴様らが沈黙を選ぶたび、この広場には新たな死体が転がる」


 クリムゾンはゆっくりと民衆を見渡して静かに笑った。


「さあ始めよう。狩る者と、狩られる者の時間を」

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